第23話 結局あの子のことが

 つくしさんと大野君はどこかぎくしゃくした様子だ。細かい事情は分からないが、つくしさんは相当悩みこんでいるようだった。


「好きだからこそ避けるとか、好きだからこそ嫌われたくないから、自分の嫌な部分とか汚い部分とかを見せたくない。それでぎくしゃくしちゃうと辛いよね」

「それってひどいと思います。何をすれば好きだって本当に思ってるって分かってもらえるのか。どこまですれば好きだって事をちゃんと伝えられるのか。何が気に入らないのか。言葉にせずに分かるなんて、きれいごとじゃないですか」

 私はただうなずいた。


「若葉さんって、たっくんと何歳差なんですか」

「十四歳」

 私の返答につくしさんは息を呑んだ。

「若葉さんはたっくんの事が好きなんですか」

 清楚でおっとりとした見た目に反して、つくしさんは最短で正解を知りたがる性格のようだった。

「嫌いじゃないよ。本当に良い子だと思う」


 まぎれもない本心だった。

 ただ、好きかと問われれば好きだと言いきる事がどうしても出来ない。

 言おうとすれば年齢差が頭を過って、得体のしれない恐怖のような感情が押し寄せてくる。

 だから、嫌いじゃないと言うのが精一杯だったのだ。

「そうですか」

 つくしさんは、一言つぶやいた。


 


「お待たせしました」

 炊飯器が炊き上がりのお知らせ音を奏でると同時に、小鍋とボウルを手にした拓人さんが部屋に戻ってきた。

 大野君は、ジャガイモのガレットを大切そうに抱えながら玄関に入ってきた。


「つくちゃん、これ持って行って」

 つくしさんがガレットの乗った平皿を受け取ってこたつの上に置いた。

「コロッケはもうすぐ出来るよ。拓人さん、ご飯もう炊けてるから」

 拓人さんが四人分の茶碗をこたつに運んだ頃にはコロッケもほぼ揚がって、全部はこたつに乗りきらない程だった。


「いただきます」

 四人で小学校の給食のように声を合わせると、誰からともなく笑いが込み上げてきた。

 

 拓人さんは邪気のない笑顔でコロッケをほおばっていた。

 大きな口にコロッケを放り込む子供のような食べ方を見ながら、私の胸の中心に久しく灯った事の無かった明かりが広がった。

 ああ、結局私はこの子が好きなんだ。ただ愛おしく感じてしまうんだ。

 思いつめた気持ちが一切湧かないから、自分の気持ちに気づく事が出来なかっただけなんだ――。


 それでも、好きだと思った自分の気持ちが怖い。

 あと少し、せめてあと十歳私が若かったなら……。

 自己否定と自己嫌悪が癖になって、恋の季節を世捨て人のように過ごしてしまったことを私は今更ながらに後悔した。

 十四歳差は余りにも大きすぎた。

 愛しい人とずっと一緒に時を刻みたいと思うのに、そう願うことは彼の将来を取り上げるも同然だった。



 あれだけあったコロッケやポテトサラダにガレットがすっかり空になるとは、十代男子二人の食欲は侮れない。

 食後にとりとめもない笑い話をすると、時計が午後八時を回った頃につくしさんと大野君がじゃがいもの入った袋をそれぞれ下げて家路についた。


「つくちゃん気を付けて帰るんだよ」

「うん、つくしバスだから大丈夫」

「あれ、つくしさん大野の家に泊まらないの」

 玄関先で拓人さんが意外そうな声を上げた。


「うん、おーくんこの後バイトだし、お姉ちゃんは彼氏と別れたからつくしが家に居ても大丈夫になったし」

 そうなんだ気を付けてねと二人で言いながら玄関ドアを閉めると、私たちは部屋に二人で取り残された。


「とりあえず、片付けをしましょう」

 拓人さんが、微かに色めいた空気を断ち切るように言った。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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