第22話 じゃがいも祭り

 スーパー帰りの私がアパートにたどり着き自転車の鍵を閉めていると、拓人さんの部屋の窓が開いた。

「親戚がじゃがいもを送って来たのですがすごい量で。良かったらもらってください」

 拓人さんの声に交じって聞き覚えのある女性の声がしてきた。


「え、こんなにもらっていいの」

「もっと上げたいぐらいですよ。商売出来そうなほどあるから」

 大判のレジ袋いっぱいに詰まったじゃがいもを手渡され、私は思わずよろめいた。


「つくしさんが来てるんだ」

「学食でじゃがいもの話をしたら取りに来るって。一時間ぐらいで彼氏も来ます」

「もし良かったらこのじゃがいもで何か作ろうか。つくしさんと大野君も一緒に食べたら」

「ちょっと待ってて。つくしさんに聞いてみます」

 いったん玄関ドアが閉まり、ほどなくして拓人さんがつくしさんを伴って現れた。


「お邪魔します」

 アイスブルーのセーターに白いフレアスカート姿のつくしさんは、私の顔を見ても何ら動じる事無くにこやかに玄関をまたいだ。

 やはりあれはそっくりな別人だったのだと胸を撫で下して、私は彼女を迎え入れる。


 フルラのバックを小脇に抱えた彼女は、もう一方の手でじゃがいもを満載したレジ袋を手に提げているというのに生活感がない。

「何も手伝えないかも」

 困ったように言いよどむつくしさんをこたつに招くと、私はアールグレイの紅茶を三人分入れた。


「コロッケでも作ろうか。一人分だけなんてまず作らないから、こう言う時でないと」

「コロッケ良いですねえ」

 拓人さんが、陽さんが城郭の話を持ち出した時のように、きらきらとした目で身を乗り出してきた。


「拓人さん、悪いけど、買い出しに行って来て欲しいんだけど」

 私はメモと五千円札を拓人さんに手渡そうとした。

 作ってもらうからには材料費ぐらい自分で出しますよなどと言い募る拓人さん。

 二人で生産性のないやりとりをしていると、つくしさんがひょいっとメモを手に取って席を立った。


「たっくんはお手伝いとお留守番してて。自転車貸して」

 拓人さんから自転車の鍵を受け取ると、五千円札を渡す間もなくつくしさんは玄関を後にした。


「行っちゃったね」

「フットワークが軽い人なんで。後で精算しましょ。で、俺は何をすれば」

「この大量のじゃがいもをとりあえず洗ってざるに空けて」

 みじん切りにした玉ねぎから、大量の硫化りゅうかアリルが放出される。

 つくしさんが大野君を伴って戻ってきたのは、拓人さんが目をしばたかせながらじゃがいもをつぶし始めた頃だった


「ありがとう、大変だったでしょう」

「大丈夫ですよ」

「お久しぶりです」

「狭いけどどうぞ上がって」

 コロッケの種を炒め合わせながら返答すると、大野君は首を横に振った。


「後でまた来ます。拓人、台所貸して。ガレットとポテサラと豚汁を作る。多分三十分位で完成するから」

「じゃ、ちょっと戻ります」

「つくちゃんはコロッケの手伝いをしてあげて」

 大野君と一緒に拓人さんの部屋に戻ろうとしたつくしさんを、大野君が制した。

 つくしさんは、ばたんと閉まった玄関ドアをしばし見つめていた。


「コロッケの種を冷まさなきゃ何にも出来ないし。こっちは大丈夫だから、大野君の手伝いをしてあげたら」

「多分私がいると都合の悪い話をするつもりなんだと思います」

 私は黙ってつくしさんの様子をうかがった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

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