第19話 プリンアラモード

「今日は彼氏いないの。珍しいね」

「彼氏って誰ですか」

 ラストオーダーぎりぎりにやってきた陽さんが、ドリンクサーバーのメンテをする私に声をかけてきた。

 拓人さんが不在の日に夜番で出勤している副店長が、怪訝けげんそうな顔をする。


「大学時代の友人ですので」

「何だ、びっくりした。だったら僕が締め作業はやっとくから若葉さんフロア見てよ」

 副店長は安心したように笑うと、隅の席に座って事務作業を始めた。




「彼氏から呼び出し食らってさ。ゆい姫を家まで送ってやって欲しいんだって。過保護すぎやしませんかお宅の彼氏」

「ラストオーダーの時間なんで、早く頼まないと片付けしちゃいますよ」

 彼氏弄いじりをスルーすると、陽さんはプリンアラモードのドリンクバーセットを指差した。


「閉店後にお時間を頂けますか。少し話したいことがありまして」

 私はドリンクバーに向かおうとする陽さんを制して、ダメ元で切り出した。

「何よ、改まっちゃって」

 陽さんがからかうように目線を上げる。


「大した事じゃないけど、気になる事があって」

「ええよええよ。一晩中でもおっちゃん聞いたるさかいに」

「そのエセ関西弁止めてくださいよ」

 私は苦笑して陽さんのテーブルから下がると、プリンアラモードの準備をした。



「たまにこういうのが食べたくなるんだよ」

 陽さんは嬉しそうにプリンアラモードの写真を撮った。

 昔から陽さんは甘いものが好きで、サークルの二次会を甘党男子数人で抜け出す時には私が連れまわされるのが常だった。



 水で薄めたような安い日本酒に炭火焼き鳥の匂いをまき散らしながら、あか抜けない歴史サークルの男たち数人が甘味かんみを求め夜の学生街をく。


 男だけで甘味を食べるのが恥ずかしいなどと前時代的な考えにとらわれた彼らは、私を盾にしてプリンアラモードにホットサンドが有名な喫茶店に突撃するのがお決まりだった。


 必ず一人は胃の中の甘味に酒のつまみをすべて外気にさらす羽目になり、酒を飲まない私が平謝りしながら会計を済ませて介抱かいほうをするひどい集まりだった。

 それすら十数年が経つと、そこはかとなく愛おしい記憶に美化されるのだから不思議なものだ。


「小学校の向かいの喫茶店はまだやってるのかな。また行きたいね。あそこのプリンアラモードは最高だったなあ。缶詰の黄桃にサクランボは外せないよ」

 酔っ払いもっさり系歴史男子の被害を最も多く受けたかの店は、お高めのスーパーマーケットにとって代わられていた。


「店じまいしたみたいですよ」

「なんだ、残念。久しぶりに大学のあたりも行ってみたいな」

「そうですね」

 一言答えると、私はドリンクバーのメンテナンスを再開した。


 陽さんはプリンアラモードをつつきながらスマホで動画編集を始めたようだ。

 スマホをのぞき込む背中が少し丸まって、大学時代よりやや肉付きが良くなったように見えた。

 ガラス越しに映る陽さんの横顔は、初めて会った時よりあごの輪郭がはっきり出てきたように思う。


 

「一時五十分に通用口にいる」

 陽さんが会計伝票を片手に声を掛けてきた。

 掛け時計を見上げると、時刻は一時十五分を回っていた。

「ありがとう」

 陽さんを見送ったついでに、風除け室前のごみ箱をきれいにして看板の電気を落として仕舞い込んだ。


「締めはすぐ済むから一時半で上がったら。送ってもらうんでしょ」

 副店長の言葉に甘えてざっと掃除機を掛けると、ちょうど時刻は一時半を回った所だった。


「お疲れ様でした」

 マニュアル通り副店長と二人で通用口を出ると、陽さんの車のライトが辺りを照らしていた。


「どうしたの」

 車の助手席に乗るなり、陽さんが気ぜわしそうに聞いてきた。

「知り合いの知り合いの事で、ちょっと気になる事があって」

「そうか。始発まで開いてる店があるんだけどそこで良いね」


 いつもの帰り道とは逆方向に車が進みだす。

 もう何年も住んでいるエリアだというのに、全く知らない街並みがヘッドライトに照らされるのが新鮮だった。

 コインパーキングに車を止めて裏路地を歩くと、こじんまりした隠れ家バーのような外観の店が見えてきた。



※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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