第18話 心配性の彼女

 最寄り駅に到着するまでの間も、あの小柄な女性の悲鳴と、私と目が合った時の無機質な表情が脳裏をぐるぐると渦巻いていた。

 鶴間つくしさん――。

 小柄でいかにも清楚そうな愛らしい女性。私には願っても得られないような、可愛らしい魅力に満ちた人。

 もし彼女だとしたら、何故あんな胡散うさん臭そうな撮影現場にいるのだろう。



 

 午後五時過ぎに一旦アパートに着いた私は、拓人さんの部屋のドアホンを押した。

「どうしました」

 拓人さんは今日はバイト休みの日だ。

「ちょっと聞きたいんだけど、鶴間つくしさんって変わりない?」

 もうちょっと気の利いた聞き方がないのかと思ったが、それ以外の切り出し方も思い浮かばなかった。


「どうしたんですか急に」

 私が口ごもるのを見て、拓人さんは私に部屋に入るように勧めた。


「今日、仕事先の公園で、つくしさんにそっくりな女の人を見たの。何かの撮影現場にいて。ちょっと危なそうな男の人が監督さんで、それでつくしさんにそっくりな人が悲鳴を上げてて、それで私、撮影だって思わなくて止めに行って」

 言っている事が支離滅裂しりめつれつだ。


「その人は本当につくしさんですか」

 拓人さんが長い前髪の間から目を光らせた。

「髪型とメークが私が会った時と感じが違ったけど、目が合った時にそっくりだと思ったの」

「何時ごろ」

「今日の午後一時過ぎ」

 拓人さんはしばらくうつむいて、記憶をたどっている様子だった。


「今日の四限には出ていましたが」

「変わった様子はないの。元気そうにしている?」

「エキストラと読者モデルのバイトを始めたそうですが、他は変わりありません」

「そう。映画か何かのエキストラだったのかしらね」

 私はどこか不安がぬぐえぬまま、無理やり自分を納得させようとした。


「それで、若葉さんは悲鳴を聞いて止めに行ってどうするつもりだったんですか。一人で? それとも誰かと連れ立って? すぐに助けを呼べるようにしてから行ったんですか」

 拓人さんは不意に詰問口調になった。


 軽率だったのは認める。

 だが、結果的にあれが撮影だっただけで、止めに行かなければ誰かが命を落とすかもしれないのだと思えば、動く他はないだろう。

 そんな理屈さえ思い浮かばず、私の体がとっさに動いたのが本当の所だが。


「だって悲鳴が聞こえて来たんだもの。放っておけないでしょう」

「それじゃ若葉さんだって、同じ目に遭うかもしれないじゃないですか」

 拓人さんが語気を荒げた。


「だったら女の子が悲鳴を上げても見殺しにしろっていうの?」

「だから、二度とそんな軽率な事をしないで下さい。助け方ってものがあるでしょう。公園に来ている他の人と協力するとか、警察に先に通報しておくとか」

「その場にいないからそんな事が言えるんだよ。もういい!」

 私は悔しくなって、大人気もなく声を荒げて立ち上がった。

 玄関に向かう私の手を拓人さんが掴み、そのまま拓人さんは私の背中に大きな手のひらをあてがった。


「つくしさんが変な連中に巻き込まれてるんじゃないかって心配して、俺の所に来たんですよね」

 背中をぽんぽんと叩きながら、拓人さんが一転優しげな声で問いかけた。

「多分人違いだと思います。それから、お願いだから一人で何でも解決しようとしないでください」

 私は悲鳴を聞いた瞬間から張りつめていた気が一気に緩まって、何も言えずに泣き出してしまった。


「俺、今日は休みだから。気を付けて帰ってきてくださいね。こんな日に陽さんが送ってくれれば安心なのに」

 私がひとしきり泣いて落ち着きを取り戻すと、拓人さんは小首をかしげてほほ笑んだ。

「陽さんだってそんなにしょっちゅう来れないよ」

「でも陽さんは若葉さんに会いたがってましたよ」

 いたずらっぽく拓人さんが笑った。


「え、いつそんなに仲良くなったの」

「陽さんとSNSでやり取りをしているから」

 くすりと笑うと、拓人さんはいつものひょうひょうとした空気を身にまとった。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

※一部改稿(2024/7/1)

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