第17話 人違い

 十一月もすでに第三週。

 街路樹も紅葉から殺風景な茶色に変わり行き、厚底のブーツにくっついた落ち葉が足を取る。

 急に退職したヨガインストラクターの代理として系列店舗へと向かう私は、何度も落ち葉に足をすべらせそうになりながら慣れぬ通りを歩いた。


 店舗につくと、ガラス張りの外観からルームランナーの上で走る四十代から六十代ぐらいの男女の姿が見えた。

 午前中は特に女性の比率が高いのは、どこの店舗でも同じだろう。


「よろしくお願いします」

 スタッフルームに顔を出して着替えると、さっそくヨガスタジオへ向かう。

「生徒さんを入れても大丈夫ですか」

 スタッフの声に頷くと、いつも私が受け持っているのと同じぐらいの世代の女性たちがスタジオに入ってきた。

 

「ゆっくり、呼吸は止めないで。では月のポーズに移りましょう」

 少しペースと難易度を落とす必要がありそうだ。

 高齢の人にも簡単に出来るポーズを取らせると、安堵あんどの表情で手を上に伸ばしているのが、鏡越しに見えた。



 

 計二コマを終え、別の臨時インストラクターと引継ぎを行うと時計は午後一時。

 この後電車に乗っていつもの店舗で午後三時から一コマをこなした後、レストランのキッチンでのアルバイト。

 代理での勤務は週二回と言えど、この調子では今度は私が体を壊して休まざるを得なくなりそうだ。

 就職活動をしていた頃には思いもよらなかった生活をしている自分に、今更ながらに愕然がくぜんとした。

 


 店舗近くの大きな公園で私は自作の弁当を広げた。

 葉を落とした木々の間を通り抜けた晩秋の日差しが、程よく体を温める。

 木製のベンチに腰掛けた私は、しばらく木枯らしを待つ木々の中に静かに埋もれた。




 軽い昼食を終えて遠くにパグをリードで繋いだ猫背の男性が歩いていくのをぼんやりと見送ると、突然穏やかならぬ声が聞こえてきた。

「いやああっ、離して!!」

 私は弾かれたように立ち上がると、声の出どころを探った。


 つつじの植え込みの先に東屋らしきものが見え、東屋の近くで男たちが周囲を警戒するように立っている。

 私はスマホを片手に東屋あずまやへと急いだ。

「止めてください、お願い、嫌っ」


 私はわざと厚底ブーツの音を立て、スマホで大声で会話をする振りをしながら東屋あずまやに近づいた。

「カット、カーット。雅やん! 通行人整理出来てないじゃない! 頼むよ全く」

 だみ声の男の声で悲鳴が止み、東屋あずまやを見渡せる距離に近づいた私は一体何が起こっていたのかを把握した。


「奥さん済みませんね。撮影許可はもらってるんで」

 薄いサングラスをかけた二重あご青髭あおひげの男が、朱印しゅいんの押された紙をひらひらと私に見せつけてきた。


 撮影を邪魔した私は彼らにとってとんだ迷惑だったのだろうが、紛らわしい撮影を公共の場で行っているのが悪い。

 大きく厭味ったらしいため息をついて腹立ちまぎれに東屋を振り返ると、小柄な女性と目が合った。


 ヘアメークで感じが変わっているけどもしやあの子は――。

 私はかすかな胸騒ぎを封印して駅へと急いだ。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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