第10話 女子高生と男子大学生

「おはようございます」

 レストランの通用口に拓人さんが現れた。

 アパートの隣部屋に住んでいるのに、彼の部屋に行ったあの夜以来顔を合わせるのはこれが初めてだった。


「おはようございます。今日は鈴木綾瀬すずきあやせさんがテスト期間だから、フロア一人欠員です」

「分かりました。綾さんいないのか」

 私の言葉に、ぼやきながら拓人さんは更衣室へと向かった。



「ねえゆいさん。綾ちゃん拓人君に告白して振られたみたいなのよ。時間帯も曜日も拓人君と一緒でしょう。拓人君と顔を合わせにくいんじゃないかしら」

 キッチン担当の成瀬さんが私に声を掛けた。

 成瀬さんの下の娘が、鈴木綾瀬すずきあやせさんと高校の同級生だ。


「綾ちゃんかわいそうよ。何とかしてあげたいんだけど。拓人君ってやっぱり彼女がいるのかしらね。モテそうだもんね」

 娘の友達と言う事もあってか、成瀬さんは綾瀬さんに肩入れしたいらしいようだった。


「大学生が高校生と付き合うのは今のご時世ハードルが高すぎますよ。成瀬さんの青春時代とは事情が違いますって」

「だけどたった一歳違いじゃない。大学一年生と高校三年生なんだからどうにでもなるって」

 成瀬さんは付け合わせのガロニを保温ボックスに移しながら、我が事のように天井を仰いだ。


「せめて来年まで待てば話も違ったんじゃないですか」

「もしもうちの娘が拓人君みたいな男と付き合うって言ったら、年上だろうが大学生だろうが大賛成よ」

 興味が無さそうに振舞う私にお構いなく、成瀬さんは調理中だと言うのに熱弁を振るった。


「問題は年齢じゃないのよ、男の質よ。変な男だったら年上だろうが年下だろうが却下するわさ。そもそもゆいさんは堅すぎるのよ。もう少し気楽に生きた方がガードが弱まって、良い男がわんさか寄ってくるわよ。ゆいさんもあんまりぼやぼやせずに、早く良い男見つけなさいって。ゆいさんの年齢からすれば、そろそろ良い男が売り切れる頃合いよ。子供産むにしたって早い方が楽よ」

 地味にカチンと来る一言を成瀬さんが放ったので、私は返事もせずにサラダをアップした。


 

「ねえ、さっきの話だけどゆいさんってば拓人君と何かあったでしょう。それで綾ちゃんの事応援したくないわけだ」

 まな板を洗っていた私は、成瀬さんからの不意討ちに思わずほええっと気の抜けた声を上げた。

「何って何ですか」

 ひそひそ声で成瀬さんに問いかける。

「だから何ってナニよ」

 微妙なアクセントの変化で、成瀬さんは言わんとする事をやんわりと私に伝えた。


「変な事言わないでくださいよ。もし拓人さんが辞めたら成瀬さんのせいですから」

「だって拓人君ったら、ゆいさんに向かってあんなに色っぽい表情するんだもん。おばちゃん久しぶりにきゅんきゅんうずいちゃったわよ堪んないわあっ」

「ちょっと冗談きついですって。本当に勘弁してくださいよ成瀬さん」

 私は平坦な声色で目を合わせずに返答した。




 にやにやと私たちに意味深な視線を送る成瀬さんに構わず仕事をしていると、成瀬さんは私をからかうのにも飽きたようで黙ってオーダーをこなし始めた。

 気が付くと、成瀬さんの退勤時間になっていた。


「お疲れさまでした」

 私が一声掛けると、成瀬さんはひそひそ声を出した。

「内緒にしといてあげるから」

「だから違いますよ」

 くすくすと笑いながら更衣室へ向かう成瀬さんの背中にため息をついたのが、拓人さんに見られていたらしい。


「どうかしたんですか。今日成瀬さんやたら俺の事見てた気がする」

 私たちの他にもスタッフや店長がいるので、成瀬さんに言われたことをとてもではないが伝える気にはなれなかった。

「さあね。気のせいじゃない」

 拓人さんはそうですかとだけ言うと、空いた席を片付けに行った。


※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

(2023/7/3 改稿)

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