第34話 吐 -meaning-
「おはよう、
「ぉはよぅ」
夏休みが終わり、始業式の日。
教室にいる瑠帆の顔を見るのも久しぶりな気がする。
「彩、この先しばらくは要注意だよ」
「なんで?」
「だって、陵くんと付き合ってから始めての登校日じゃなぃの」
あたしはハッとなる。
言われてみれば、お互いに気持ちが伝わったのは夏休みの登校日だった。
「とりぁぇず少し早めに出てきて下駄箱見たけど、ぃたずらはされてなかったから安心したよ」
「そう、気遣いありがとう」
陵とはゴールデンウィークから偽カップルとして付き合ってるけど、嫌がらせをされたのはスケッチブックの一件くらいだった。
あの時は陵がビシッと締めてくれたから、それ以後は何もなかった。
けど今は状況が違う。
自分を含めて大勢を騙していた。騙したことをよく思わない人もいるはず。
そういう意味では、これまでより違う意味で嫌がらせをされないか注意が必要かもしれない。
「おはよう」
教室に入ってすぐ、挨拶する。
「おはよう」
普通に返事が来たことに、少し驚く。
その声色に敵意や害意、嫌悪の類は感じられない。
自分の席を見るのが少し怖いけど、見た限りでは何も変化なし。
久しぶりに見る顔が新鮮に見える。
ドキドキしながら平然を装って振る舞う。
「ねえ、
「何?」
「どんな夏休みだった?」
嫌な感じもなく、普通に話しかけてきた同級生女子。
「ほぼ毎日アルバイト漬けだったわ」
「バイトって、彼氏も一緒なんだよね?」
「そうよ」
なるほど、関係がうまく行ってなかったら陵にアプローチするための情報収集ってことね。
「あまり休みが取れなくて、アルバイトが終わっても宿題があるからまっすぐ帰ってばかりよ。二人で宿題を片付けたりしたけど」
「そうなんだ」
試しに、陵とうまく行ってないことにしてみようかと思ったけど、無用な混乱を招いて印象を悪くしても嫌だから、事実だけを伝えた。
今日からまた通常授業が始まる。
何事もなく時間が過ぎ、その間も普通に接してくる女子たちに、あたしはつい警戒心を強めてしまう。
放課後。
夏休みの間、美術部は全く顔を出せなかったから、その間にどうなっているのか心配で足が重く感じる。
部室のドア前で足が止まった。
登校日もこの部室には行かなかったから、どうなっているか不安でいっぱい。
すー、はー。
一度大きく深呼吸する。
意を決して、ドアを開けた。
「お疲れ様です」
「あ、話題の人がきた。お疲れ~」
話題…そうだよね。
「話題って何?」
「それ聞いちゃうの?わかってるでしょ」
部室を見ると、陵が先にいた。
「来たな、彩」
偽カノとして陵と付き合い始めた時は、スケッチブックをめちゃくちゃにされたっけ。
本カノになった今、また何かイタズラされていても不思議はない。
置いてあるスケッチブックを手にして、冷や汗をかきつつ中身を確認する。
ホッ
何もされてなくて、内心胸を撫で下ろす。
部員があたしの動きを目で追われてる気がする。
心なしか、少しソワソワしてるようにも見える。
「ねえ陵、アルバイトの件だけど…」
今日は部活を早引きする必要がある件を伝えようと陵に声をかけた。
『せーの!』
パパパパパーン!!
「ええっ!?何っ!?」
突然の破裂音と共に、色とりどりの紙が宙を舞う。
驚きのあまり、あたしは体をビクッと震わせて叫んで、目が点になってしまった。
いきなりのことでバックンバックンと心臓が高鳴り、状況をやっと把握した。
立て続けに鳴った音の方を見ると、あたしたち二人を除く部員全員がクラッカーを手にしていた。
『おめでとー!』
「え、何が?」
「偽のカップルだったなんて全然気づかなかったよ」
「やっと本気で付き合うことになったんだね」
女子部員たちが入れ代わり立ち代わり。
「うん、これまで騙していたことは謝るよ」
「彩は悪くない。俺が逃げ場を塞いで断れなくして済し崩しにしただけだからな」
そういえばそうだった。
思い起こせば、どれだけ塩対応しても陵は絡んできて、彼のWhisperで交際宣言を広範囲にささやかれてしまい、仕方なく付き合ってるフリをしてきたんだった。
それがこうなるなんて、思いもしなかった。
けど…こうして祝福されるのは、さすがに予想の斜め上。
妬まれたり無視されたり、針のむしろを覚悟していただけに、この祝福ムードは予想を裏切られた意味で、逆に居心地が悪い。
「ところで、陵は気づいてたの?これ(クラッカー)」
「みんな、なんかコソコソしてるなとは思ってた」
やっぱり薄々気づいていたんだ。
なんか悔しい。
「蝶名林さん、ずいぶん柔らかくなったよね?」
「彼氏できたからじゃない?」
勝手に話を進める女子部員たち。
どこかくすぐったい感じを覚えながら、顔が赤くなるのを自覚した。
「はいはい、みんな。部活を忘れないで。もうすぐ文化祭があるんだから、展示物なしなんてやった人は出禁にするよ?」
部長が発した声で、祝福ムードから一転して部活モードに空気が変わった。
「部長、それではお先に失礼します」
あたしと陵はアルバイトの時間が迫っているから、帰りの挨拶を済ませて部室を後にする。
「ねえ陵、どう思う?」
「何をだ?」
「あたしが陵の偽カノになった時、嫌がらせされた印象が強くて、正式に付き合ってる今、また何かされるんじゃないかと思ったら、逆に祝福されて気持ち悪かったよ」
「それは俺も思った。ずっと警戒していたけど、空気が悪くなりそうな様子すらないのは気になった」
「周りの人がどう思ってるのか、気になるわ」
言いつつ、自分でも驚いている。
好きな人以外からあたしがどう思われようとも構わないと思っていたのに、今は気になって仕方ない。
「どう出てくるか、目を光らせておかないとな」
やっぱり、そうだよね。
二人で手をつないでアルバイト先へ向かった。
「あいつの件、スッキリ片付いてよかった」
アルバイト先に着いて、
「うん。そうだね」
ちょうど彼のアルバイト期間終了とほぼ同じ時期に、彼が抱えていたわだかまりにも決着がついて、身の危険を感じることもなくなった。
昨夜の話
♪♪♪
スマートフォンの着信を知らせるメロディが鳴り響く。
一瞬、あたしは眉をひそめてしまった。
というのも、表示が才田くんからだったため。
けど、もう安全な人だと思ったから、電話に出る。
「こんばんは、蝶名林さん」
「こんばんは。才田くん」
「少しだけ話を聞いてほしい。それで電話を切ったら、蝶名林さんの番号と履歴は消すよ」
「うん」
少し前までは、そんな言葉は信じられなかったけど、今は信じられる。
「多分、状況はだいたいわかってると思うけど、君とよく似ている
「うん」
「彼氏は束縛が強い人で、二人は言い合うことが多いそうだ。そんな彼氏に困って絢菜さんは他の男と二人でカフェに行って相談していたのを見られてしまったんだ。絢菜さんが浮気をしていると勘違いされて、人づてにあの仲間内で確定事項として彼氏の耳に入ってしまった」
「そう、だったんだ」
「事態は深刻になってしまい、その相談相手に危害が加わりそうな空気が漂ってきたのを知った俺は、その人の身代わりになると提案したんだ」
「身代わりなんて、すぐバレるんじゃない?」
「幸いというか、人づてだったから相談相手が誰なのかまでは特定されていなかったんだ。けど執拗な探りが入ってきて特定されるのは時間の問題だった」
「だから、事態を収めるため名乗り出たの?」
「絢菜さんのためなら、何でもしてあげたかった。それに、二人までなら返り討ちにする自信はあった。けど実際には三人だったから押しきられてしまった」
「そこまで彼女の事を思っていたんだね」
「下手に絢菜さんと接触してしまえば、彼女自身を困らせてしまうこともある。だから…」
「代わりにあたしを選んだ…ということ?」
「身勝手な話というのは重々承知している。今思うと馬鹿なことをしていたと反省している。ひっぱたきたいなら、今からはたかれに行こう」
「もういいわよ。教えてくれてありがとう。これでスッキリしたわ」
「宣言したとおり、これで電話を切ったら蝶名林さんの連絡先は消すし、どこかで会っても俺から話かけもしないと約束する。言いたいことや聞いておきたいことはあるかな?」
「それじゃ、一つだけ」
「何だい?」
すぅ、と息を吸い込む。
「ばーか」
「だよな。わかってた」
「もうこんなことは他の人相手でもやめてよ」
「ああ、もうしないと約束する。他には?」
「ないわ」
「それじゃ、ここまで付き合ってくれてありがとう。迷惑をかけてごめんなさい」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
通話を終了しました。の表示を見て、あたしはどこか満たされたような気持ちになった。
彼にはこれまでとても不愉快にさせられたけど、彼が抱えていたわだかまりが吹っ切れた今は、友達にもなれそうな気がする。
彼氏の束縛…か。
そういえば陵はあたしに何かあったら、正気を保っている自信がないって言ってたわね。
思わず才田くんに手を出してしまったくらいだし。
それと、気になることがある。
コーくんに聞きとがめられてしまった記憶喪失について、陵はあれから一切触れてこない。
あの時はどっと嫌な汗をかいてしまい、関係が終わったとも思ってしまった。
聞きたいけど、聞けない。
蒸し返して深掘りされたくない。
モヤモヤしてしまい、アルバイトの仕事はいまいちキレがなかったことを自覚していた。
一番の気がかりは、他の誰にも言わないかということ。
それから一週間が経った。
陵は記憶喪失について触れる様子もなく、周りに知られている空気でもない。
放課後の部活で、部長が部員を集めて改まる。
「そろそろ文化祭が迫っています。美術部は文化祭で毎回展示をしています。部員はそれぞれデッサン、水墨画、水彩画、油絵を一点以上出すこと。そのつもりで作品制作を行ってください。テーマは特に設けませんが、最低四点で面積合計がB1サイズ以上となるように。それでは活動を開始してください。開散!」
一年の部員たちは少しざわつきながら、相談を始めている。
「だそうだ。彩はデッサンしまくってるから問題ないとして、絵の具を使った作品はなかったよな?」
「うん。まずは水墨画でもやってみようかしら」
もしあたしが嫌がらせをされるとしたら、せっかく出来上がった作品を汚されることかもしれない。
合計でB1サイズ以上ということは、
デッサン画はB5サイズだから、残りはB5一点でB4になる。B4二点でB3サイズ…まだ足りない。
「彩はそのデッサンを五点出せば、同じサイズで水墨画と水彩画と油絵を作ればB1サイズになるんじゃないか?」
頭の中でぐるぐると考えていたら、陵が何を悩んでるのか察してアドバイスしてきた。
「あ、そうか。それぞれ一点ずつじゃなくて、最低一点ずつだったわね。それならなんとかなりそう」
やっぱり陵は頭がいい。おまけに察しがいい。
そんなやり取りを陵の追っかけ入部してきた三人が遠巻きにして複雑な顔で眺めていた。
追っかけ入部の三人は、モチーフを探して部室を出ていく。
瑠帆はそんな三人の後ろを付かず離れずでついていってる。
「この辺でいいかも」
「そうね」
「三枚つなげて一つにするのも面白そう」
三人は腰を下ろして、スケッチブックを広げた。
「どぅせならデッサン、水墨画、水彩画、油絵の種類違ぃでつなげてもぃぃんじゃなぃ?」
「
追っかけ三人は後ろから声をかけてきた瑠帆に視線を送る。
「それじゃ、ここぃぃ?」
瑠帆は絵の具を調合している部員の近くにある椅子まで来て、部員に声をかける。
「いいわよ」
座ってから絵を描き始める四人。
シャッシャッシャッと鉛筆で下書きを始める四人。
「そぅぃぇば、彩は誰にもちょっかぃ出されなくて過ごしやすぃって言ってたよ」
「…だって、仕方ないじゃない。いつも
「それって拡散されてた動画のこと?」
「うん…悔しいけど、あの二人に入り込む余地なんてなさそう。だったら静かに見守って、破局した時を逃さないようにしたほうがよほどいいわ」
「そぅなんだね」
本音を聞き出せて、しめしめと内申ほくそ笑む瑠帆だった。
このこと、彩に教えてぉこっと。
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