第27話 声 -warm-
「
「ほんと、
「んふふ~、夏場だから駅前のァィス屋にするわ」
「一品だけだからワンコインでもお釣りが来るわよね」
返事をせず、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる瑠帆の意図がいまいちわからなかった。
そして放課後。
「ちょっとぉ手洗ぃに行ってくる。待ってて」
「わかったわ」
「彩、一緒に帰ろう」
「陵…ごめん。一緒に帰りたいけど、瑠帆と約束があるから明日にして」
「その約束は俺も一緒じゃダメか?」
「ほんとごめん。女同士の約束なのよ」
目を瞑って手のひらを合わせながら謝る。
「そうか、残念だけど今日は諦めるよ」
顔を曇らせつつそう言って背を向けた直後、陵の携帯に着信があった。
「ん~、これこれ!一度注文してみたかったの~」
「マジか…アルバイト代の時給分が丸々飛んだわ」
げんなりするあたしと対象的に、満面の笑みを浮かべる瑠帆
瑠帆が注文したのは、駅前のアイス屋で売っているメニューでも最も高額なもの。
カップジェラート四種盛り合わせにカップケーキ三種盛り合わせのデラックスセットメニューシリーズ。
これが一皿にまとまって一つの商品という扱い。
「こんなメニューがあるなんて知らなかったわよ。あの意味有りげな笑顔はこういうことだったのね」
下校からここまで、瑠帆はやたらとスマートフォンを気にしていた。
あたしが代わりに会計してる時も、横目で見るとポチポチしている姿が気になる。
「それはそぅと、どんな気分?念願の彼と本気で付き合ぇることになって」
「今でも信じられないわよ。絶対無理だって思ってたもん」
「そぅ思ったのは何で?」
「だって、陵はいつも手のひらの上であたしを転がして遊んでばかりいるんだよ。なんとか出し抜こうとしたけど、できたのは社会見学の時に行き先を告げずに陵を連れて行って、目の前でランジェリーショップに入る姿を見せた時くらいよ。もし恥ずかしげもなく入ってこられたら、あたしの方が恥ずかしかったかも」
「ぇ~、ぁの日にそんなことしてたんだ?」
「試着してる時に、彼氏面して試着室のカーテンに顔を突っ込むくらいしてきそうだから」
「ぁはは、しそうしそう」
瑠帆はお皿に盛られているジェラートを口に含む。
「偽カノとしての一線は引いてたから、手をつないだり周りへ牽制するためのハグまでは許すつもりだったけど、さすがに下着姿を見られるのはアウトよ」
「他に一線を超ぇてきたことぁった?」
「瑠帆に告白の邪魔をされた後にあったわね。陵はもう本気で付き合ってるつもりだったらしいから、厳密にアウトとは言い難いけど」
「どんなこと?もしかしてェッチしちゃった?」
「そんなわけないでしょ。周りへの牽制でないハグされたし、キスされちゃったわよ。キスはさすがに怒って引っ叩いたけど」
「でも嬉しかったんでしょ?」
「それよりも悲しかったわね。偽カノに手を出すその軽さにガッカリしたわよ。陵は本気で付き合ってるつもりだったから、自然なことだったんだろうけど。それであたしは偽カノもやめてやるって考えで頭がいっぱいだったわ。昨夜はよく眠れなかったし」
「結果的に偽カノはもぅやめたわけだね」
「まあ、偽カノをやめて本当の彼女になったけど」
「嘘から始まった本当の恋ってところかな」
「それより瑠帆、いつごろから陵が本気って気づいてたの?」
「6月の中頃かな」
社会見学が6月にあった。
陵が言う本気になった時と一致している。瑠帆はかなり鋭いみたい。
「やられたわね。よく気づいたじゃない」
「森の中にぃたら今ぃる位置ってわかりにくぃでしょ。けど森を外から見てればわかるから、外野と内野の違ぃってところだよ」
それは一理ある。
「陵があたしを本気か遊びか。瑠帆と意見が違っていたわね。もし賭けてるのが学食一年分だったらと思うと今でも寒気がするわ。今回一度限りで本当によかった」
「結果が分かりきってる賭けだからね。さすがに彩が可哀想に思ったよ。だから一度限りにしたの」
「瑠帆が思いやりのある常識人でほんと助かったわ」
「それで、仮に月津美くんがェッチ誘ってきたらどぅするの?」
「まだそんなこと考えたこと無いわよ」
「ぃざそぅなったら、拒める?」
「その場になってみるまでわからないけど、正直に言うと拒めなさそうね」
瑠帆は喋りながらも、口溶けのいいジェラートをパクパクと食べ続けている。
「ぃつ頃だったら許せそぅ?」
「時間は問題じゃないわよ。どれだけ心を許せるか、じゃない」
「ふーん、彩は身持ち硬ぃんだね」
「そういう瑠帆はどうだったのよ?」
「一回目のデートで誘われちゃってね、そのままベッドィンしちゃった」
「軽っ」
「嫌どころか嬉しかったからぃぃの。そのつもりで準備してたし」
「軽っ!」
「デートの時は基本でしょ。ぃつ誘われてもぃぃよぅに備ぇておかなぃと、仲良くなるチャンス逃しちゃうよ?準備不足が理由でも、断っちゃぅとすれ違うことだってぁるんだから」
「いつもあたしを手のひらで転がしてる陵がそんなすれ違いするわけ…」
「そぅ言ぃつつ今日まで散々すれ違ってたのは誰?」
言い終わるより早く入ったツッコミに
「…返す言葉も無いわね」
思い当たる節がありすぎて、言い切るのをやめた。
「けど今回のすれ違いは、瑠帆がタイミング悪すぎたからじゃない」
「…ごもっとも。でもデートの時は準備してぉぃたほぅがぃぃと思ぅよ?」
「そうね、準備だけはしておいたほうがいいかもしれないわね」
「だって。月津美くん。彩はその気になったよ」
えっ?
思いつくのは…。
「瑠帆、ケータイ出しなさい」
「はぃ」
あっさり差し出す瑠帆。
「通話状態にはなってないわね…と、いうことは…まさか…?」
ギギギギギィ、と後ろを振り向くと
「り…陵!?」
なんと、あたしの真後ろに背を向けて座っていたのが陵だった。
「なんでいるの!?」
「ここはお店だ。誰がどこに来ようとも自由だろ?」
「そうじゃなくて、もしかして後をつけてきたの!?」
「わたしたちが座る前からずっとそこにぃたよ。後から入ってきてたら彩の座ってる位置から見ぇるでしょ?」
まったく気づかなかった。
言われてみると、出入り口は一つだけ。
さらにここは奥の席一つ手前だから、あたしの後ろに座るなら目の前を通らなければならない。
と、いうことは…。
「瑠帆~!やってくれたわね~!?」
あたしは半泣きになりながら席を半立ちして瑠帆の胸ぐらをテーブル越しに掴んで、ガックンガックンと揺する。
真相はこう。
このお店に行くと言い出したのは瑠帆。
この席に導いたのも瑠帆。
奥に、つまり陵と背中合わせで座るよう促したのも瑠帆。
このことから、瑠帆は前もってこのお店で奥に背を向けて座るよう連絡をしていたわけだ。
そして陵が席を確保したことを、瑠帆が連絡を受けて準備をしていた。
思えば、途中でスマートフォンをやたら気にしていたのは、この準備と考えれば全部納得できる。
いつの間にか隣へ座ってきた陵に気づいた。
席を外すためには、陵にどいてもらわなければならない。
「安心してくれ。彩が望まないことはやらないと約束する」
「………」
掴んだ瑠帆の胸ぐらを離して、ソファに腰を掛ける。
「恥ずかしすぎる…もう死にたい…」
両手で顔を覆って漏らす。
「おいおい、せっかく本気で付き合えたんだから、死なないでくれよ」
「ぃっそこのまま二人で場所移してしけ込んじゃぇば解決」
「瑠帆…覚えてなさいよ…」
「怖~ぃ」
頭をポンポンと軽く撫でられた。
「あんまり人の彼女をいじめないでくれ。君ともよい関係を続けたいからな」
「陵、嫌い…」
弱々しく陵を押し返す。
その押し返した手を、恋人つなぎで握ってきた。
「は~、熱ぃ熱ぃ。ァィス食べて涼を取ろっと」
冷やかすように瑠帆は残っているアイスに手を付ける。
「あまり調子に乗ってると、君も許さないが?」
「………自重します」
すごまれた瑠帆は急に萎縮してしまった。
「ごちそぅさま」
パン、と手を合わせて瑠帆は席を立つ。
「彩、冗談抜きで一度彼氏と二人きりで仲良くしちゃぇば吹っ切れるよ?」
カアッ!
思わず想像してしまい、顔に火がついたような色に変わってしまう。
「も、もう!瑠帆!」
足早に瑠帆はお店を出て行ってしまった。
「やれやれ、理由も告げずに具体的な場所指定で呼び出されたと思ったら、彩を騙した挙げ句に冷やかすだけ冷やかして帰っていきやがったか」
「…あ…あの…」
「安心して。さっきも言ったけど、彩の嫌がることはしない」
そう言って、あたしをそっと抱き寄せる。
「心からそうしたいと思えるまで、いつまでも待つよ」
「う…うん…」
いたたまれなくて、両手で顔を隠す。
「どうした?」
「陵が聞いてないと思って…油断して…喋りすぎた…」
「聞くつもりは無かったんだが、聞かされてしまった形だ」
「お願いだから今すぐ忘れてよ…」
「ごめん、無理だ」
顔を見ることができなくて、しばらくうつむいたまま体を預けていた。
瑠帆め…恨むわよ。
家に帰って、夕食の支度をしながら今日あったことを思い浮かべる。
ほんとに疲れたわ。
今朝は陵に対して怒り心頭で出かけたと思ったら、急展開して陵と正式に付き合うところまで話が進んだ。
約束どおり瑠帆に奢ったと思ったら、本音トークを当の本人である陵に聞かれてしまった。
ほんと死にたい。
目まぐるしすぎるほど色々あった。
「ただいま彩」
「おかえり。あと30分ほどで食べられると思う」
「そう。ところで彼とはうまくいってるの?」
「うん。順風満帆とはいかないけど、関係は良好よ」
ガタ
後ろでドアの音が鳴る。
姉がドアにもたれかかったらしい。
「言っておくけど、あまり彼に深入りしない方がいいわよ」
「どういうこと?」
振り向きもせずに料理を続けながら聞く。
「このままだと、いつになるかわからないけど、彩は頭を抱えることになるわよ」
「意味が分からないわ」
「できれば別れたほうがいいけど、このまま関係を続けるなら深い後悔が待っている、と言っても?」
「どうして後悔するのよ。今は付き合っていて幸せを感じてるのよ」
「………忠告はしたからね」
姉はキッチンから出ていった。
何が言いたかったんだろうか。
「それで、さっき言ってたことは何?」
夕食ができて、テーブル越しに姉へ問いかける。
「伝えることは伝えたわよ。今の彩には何を言っても無駄みたいだから」
これでは何一つわからない。
「お姉ちゃん、彼との交際を喜んでいたじゃない。どうしたの?」
「この話はもうおしまい。言ってることの意味が理解できた時、わたしにできることはないとだけ言っておくわ」
なにそれ。
一方的に言うだけ言って、結局何もわからないままにしておくなんて。
「夏休みの宿題はどう?」
「もう終わる見込みが立ってるわ」
あからさまな話題逸らしをされて、あたしは追求する気が無くなった。
ぼふっ
ベッドに倒れ込んで、数多くのスプリングが体を受け止めた。
「ほんと、何なのよ。前は一緒に喜んでくれておきながら、今になって別れたほうがいいなんて勝手が過ぎるわよ」
今日、瑠帆が帰ってから少しだけ陵と一緒にいられた。
離れて二時間くらいなのに、もう逢いたくなってる。
「気持ち…届いたんだよね」
未だに実感がわかない。
偽カノとして振る舞ってきた時間が長いせいか、まだ本気で付き合ってる感じがしてこない。
スマートフォンの画面を眺めても、そこには偽カノとして過ごしていたやりとりの内容が並んでいる。
「あたし、陵と本気で付き合ってるんだよね…」
一人でいると不安になってしまう。
本気で付き合ってることを裏付けるものが何もない。
唯一あるとすれば、今日瑠帆に奢ったデラックスジェラートセットのレシートがあるくらい。
けどこれは瑠帆に対することだけで、陵とのつながりを確認できるものではない。
Directメッセンジャーアプリを起動するけど、そこにもやっぱり証拠はない。
「電話かけたら、迷惑かな…」
♪♪♪
「えっ?陵からだっ!」
慌てて通話状態にして、耳元に当てる。
「こんばんわ。彩」
「陵…こんばんわ」
「ちょっと声が聞きたくなってね。迷惑だったか?」
「ううん、あたしも声が聞きたかった。嬉しい」
「そうか」
電子に変換された声でも、その気持ちが嬉しくてウキウキしてしまう。
「あたしたち、付き合ってるんだよね?偽カノじゃなくて」
「どうしたんだ?もちろんそうさ」
心が暖かい何かに包まれて、幸せな気分に浸っていた。
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