第26話 陵 -lover-
「待てよ!
「ついてこないで!」
後ろから追いすがる
今日は登校日。
ひどいよ…陵。
偽カノのままにしておきながら、キスしてくるなんて…。
初めて…だったのに。
昨夜はよく眠れなかった。
デートの終わり際にされたキスの感触がまだ残ってる。
何よ!陵はやっぱりチャラ男だったわ。
偽カノの役を迫っておきながら、あたしが落ちたと思ったから手を出してきたということね。
あたしを気遣ってホテルの誘いを蹴ったのも、単に油断させるためだったわけね。
もう陵を二度と近づかせない!偽カノも今日限りで辞めてやるわ!
陵が家にくるかもしれないから、家を早めに出て学校に向かう。
時々後ろを振り返って、陵の姿が無いことを確認して先を急ぐ。
絶対許せない!試すための誘いを蹴られたことですっかり油断していたわ!
最短距離、というか陵と登校したことのある道から、わざと一本の道を変えて先を急ぐ。
いつもと違う道を進んでいる。
目に入る情報が違うと、どこか新鮮で不思議な気分になる。
振り返るけど、陵の姿はない。
絶対、許さない!
あたしの心を弄んで、何をしたいのかは分からないけど、今日きっぱりと偽カノをやめるってハッキリ言ってやるわ!
何事もなく、陵に見つかることもないまま学校にたどり着いた。
このまま陵が絡んで来なければよし。
絡んでくるなら容赦しない!
「彩!」
後ろからかかった声に、ビクッと体が震える。
見つかった…。
けど無視。
「待てよ!彩!」
まだ距離がある。
陵が駆けてきた。
「ついてこないで!」
振り向きもせず、声を張り上げて足早に校庭を進む。
「話を聞いてくれ!」
「もうウンザリよ!陵と一緒にいるのは!」
「昨日、なぜ俺は引っ叩かれたんだ!?」
「うるさいわよ!」
「せめて話くらいさせてくれ!」
「もう陵と話すことなんて無いわよ!」
紳士で真摯に向き合ってくれると思えた陵は、単なるチャラ男だった。
昨日の不意打ちキスでそれが判明した。
このままズルズルと偽カップルを続けるくらいなら、あたしから切り捨てる。
スタスタと足を進めるあたしの前に陵が回り込む。
進む足を切り替えて、回り込んだ陵をかわす。
「待てよ!」
出してきた手を払い除けて、掴まれないよう動きに注意を払う。
「邪魔しないで!もう陵なんて嫌いよ!これ以上付き合いきれないわ!」
「なんだなんだ?」
「イケメンと美少女のレジェンドカップルがケンカしてるよ」
「何?何!?いよいよ破局!?」
とあたしたちを見とがめた人たちが、周りで勝手なことを言い出し始める。
「最近の彩は全くわからない!何で怒ってるんだ!?」
ガシッと腕を掴まれて、振りほどけない。
頬に一発食らわせようと持ってたバッグを放って平手を振りかぶったものの
パシッ!
両手共に掴まれてしまう。
破れかぶれで足を振り上げるものの、体を引いてかわされた。
そのすぐ後、陵は腕を掴んだままあたしの背中に回り込む。
あたしの腕は腰のあたりで前に交差していて、陵に後ろから掴まれている。
これじゃ身動き取れない!
「離して!」
力いっぱい抵抗してるけど、体の自由が利かない姿勢では力が入らない!
背中は体が密着している。
頭を前へ振りかぶって後頭部で頭突きしてみるけど、全く動じない。
背丈が違いすぎて、その厚い胸板を叩いてるだけ。
「話を聞いてくれるまでは開放しない!」
「何よ!陵なんて結局単なるチャラ男だっただけじゃない!あたしが落ちたから手を出してきたんでしょ!?」
「何のことだ!?落ちた!?彩の言ってることはわけがわからない!!」
「あたしなんて所詮偽カノでしょ!?陵がたくさんの女子に囲まれるのを避けたくてあたしと偽のカップルを演じて遠ざけたのも、全部陵があたしを落とすための作戦だったんでしょ!?」
「いまさら偽カノってどういうことだ!?作戦!?意味がわからない!」
「偽カノは偽カノよ!あたしが花火の帰りに勇気を振り絞って本気の告白をしたのに、返事すらしてくれないまま生殺しにしてるのは誰よ!!?その上プレゼントしたり、抱きしめてきたり、キスしてきたり、陵の方こそホントにわけがわからないわよっ!!」
「えっ!?」
ふと、腕を掴む手の力が緩んだ一瞬を逃さず、思い切って振りほどいた。
カバンを拾って陵と距離を取る。
振り向くと…
「………返事…してなかったか…?」
呆然としている陵がいた。
「してないわよ!寸前で瑠帆が声をかけてきて、結局そのままにされてるわよ!」
呆然とした陵の目が泳いでいる。
「………そうだった…なら、今返事する!」
「いやっ!聞きたくないっ!」
両耳を塞いでかぶりを振る。絶対にフラれるのは分かりきってる。
「聞いてくれっ!」
塞ぐ耳の両手を掴んで広げられる。
今、耳を覆うものは何もない。
「わー!わー!!わー!!!聞きたくない!何も言わないで!!」
あたしは偽カノをやめると決めていたけど、陵から決定的な言葉は聞きたくなかった。
「俺はもう、本気で彩の事が好きなんだ!偽カノとしてでもなく、友達としてでもなく、一人の男として彩と付き合いたい!向き合いたい!他の女子ではもう満足できない!!彩と同じ気持ちなんだ!!」
頭が、真っ白になった。
「………今、何て…?」
「彩、好きだ。俺と本気で付き合ってくれ。たった今をもって偽カノはやめだ」
まっすぐと見つめてくる目に、吸い込まれそうな感覚に陥る。
「……嘘…だよね…?いつもの冗談…だよね…?」
まっすぐ見つめてくる瞳に、一切の曇りや濁りもない。からかうようないつものイタズラな目線でも、決してない。
真剣そのものの目だ。
「この返事が夢や幻でないことは、周りを取り囲むみんなが証人となってくれる。それでも信じないというなら、信じてくれるまで今ここでキスする。大勢の前だろうと、彩が信じてくれるなら構うものか」
そう言って、陵の顔が近づいてきた。腕を掴まれていて逃げることもできない。
「ちょ…まって!わかった!わかったわよ!信じるからやめて!」
やっと、腕が開放された。
「…いつから、そう思ってたの?」
「社会見学ツアーのあたりからだ」
「…それならどうして、今までずっと…あたしを偽カノのままにしていたの?」
「彩は俺を心底嫌っていると信じて疑わなかったからだ。利害関係が一致しているだけの薄いつながりのみ。だから花火の帰りに告白された時は、心底驚いたよ」
ということは、社会見学から今に至るまで、お互いに嫌い合ってると思いこんでいた…?
「それじゃ…プレゼントや、ハグや…キスしてきたのは…」
「俺はもう本気で付き合ってると思いこんでいた。返事もしたつもりでいた。彩には寂しい思いをさせてきたと、今猛烈に反省している」
気まずそうな顔に変わって、真顔に戻る。
一筋の涙が頬を伝う。
は~、と陵が安堵の顔で大きなため息をつく。
「なるほどな、どうりで彩の様子が変だったわけだ。俺は花火の日に告白されてから本気で付き合ってるつもりだったが、彩は偽カノとして一緒にいたと考えれば、それまでの反応は全部納得できる」
「…ほんとに…本気で…あたしを見てくれるの…?」
あたしは未だに陵の言うことを信じられないでいる。
「もちろんだ。なんなら今ここで誓いのキスでもするか?」
流れた涙をすくい上げる陵の指が、確かな温かさを感じる。
「…うっ…ううっ…うああぁぁぁぁぁぁん!よかったーーー!!」
思わずその場で泣き崩れてしまう。
ふう、と陵が息を吐く。
「と、いうわけだ!これまで、彩とは本気で付き合っていなかった!みんなを騙していたことは謝る。ごめん!」
深々と周りに頭を下げる陵。すぐに頭を上げる。
「けど、これから俺は彩と本気で付き合う!彼女に害意をもって近づくやつには本気で落とし前をつけさせるからな!これまでみたいに一度目だからと容赦するつもりはない!」
周りに集まっていた人たちは、その宣言を聞いて蜘蛛の子を散らすように校舎へ向かっていく。
去っていく女子たちは
「なーんだ。せっかく終わりかと思ったのに、むしろ今から始まるんだ」
「これまでずっと偽カップルだったなんて…すっかり騙されてたわ」
「すっごいショックー!さっきの告白、動画撮ったから憂さ晴らしに拡散しちゃおう…」
と口々に悔しがりながら背を向ける。
「ぁぁっ!」
校庭に取り残されている二人の人影を見た一人が声を上げる。
「ちょっと
急いで駆け寄ってきたと思ったら、険しい顔で食って掛かる
「まって瑠帆…!これは嬉し泣き…だから!」
「嬉し泣きって…ことは…」
「たった今から彩と本気で付き合うことになった」
ぱあっと瑠帆の顔が綻び
「よかったね、彩!やっと気持ちが通じたんだね!」
両手を広げて覆いかぶさってきて、立ち上がれないでいるあたしの肩を包むようにして抱きついてきた。
「うん…」
「ぉめでとぅ」
「ありがとう」
抱きしめてきた瑠帆の体を、あたしも抱き返す。
「それはそぅと、約束覚ぇてるよね?」
それを聞いたあたしは、瑠帆と交わしたあの約束を思い出す。
「…そうだったわね。今日の帰りでいい?」
「ぅん。もちろん」
夢見心地の幸せな気分に浸っていたけど、瑠帆が現実へ引き戻した。
「それじゃ彩、行こうか」
「うん」
差し伸べられた陵の手を取って立ち上がって歩きだす。
いつもの恋人つなぎも、今となっては特別な意味になっていた。
未だに現実のこととは思えずにいる。
この幸せな気分に浸っている最中に目が覚めるのではないか、とさえ思っている。
でも手に伝わってくるこの温もりは確かな感触がある。
未だ昂ぶったままの気持ちが、涙として溢れてくる。
流れる涙を拭いながら歩みを進める。
「陵…好き」
「俺も好きだ。彩」
信じられない。
まさかこんな日が来るなんて、夢にも思わなかった。
昇降口では別々の靴箱列だから、つないだ手を離す。
すぐまた手をつなげるのはわかっているのに、名残惜しい。
ずっと手をつないでいたい。
「どうした、彩?」
「ううん、なんでもない」
ポーッとしているあたしを見て、陵に心配させてしまった。
カパッ
下足入れのドアを開けて、靴を履き替える。
すぐ合流して、恋人つなぎのまま歩きだす。
「それじゃまた」
「うん」
別々の教室という事実が、心通わす二人を引き離す。
「ねえねえ蝶名林さん、月都美くんの偽カノだったってホント!?」
教室に着いて短い休み時間、いつもは接点の薄い級友女子が話しかけてくる。
今日はほとんど質問攻め時間になった。
「ええ、みんなを騙していたのはいつも後ろめたく思っていたわ」
「どうして蝶名林さんだったんだろう?」
別の女子が問いかけてくる。
「正直に言うとね、最初はあたしの一目惚れだったの。でも後日会いに行ったら女子を周りに侍らせていい気になってるチャラ男だって思っていて、一気に嫌いな気持ちでいっぱいになっちゃって、それでも陵はあたしに絡んできて、あたしが嫌いな態度をしていた時、ちょっとした隙を見せた瞬間を狙って陵が偽カノになることを提案してきて、気持ちが揺らいだ一瞬にネット公開のささやきを投稿して、引き返せなくされたのよ。陵が言うには彼を嫌っているあたしだからこそ、好かれ疲れた彼にとっては都合が良かったって」
「押してダメなら引いてみるってことか。蝶名林さんの作戦勝ちってところかな」
また別の女子が話しかけてきた。
「そんなつもりなんてなかったわよ。当時は本気で嫌いだったんだから。迷惑に思っているあたしのことなんてお構いなしで彼氏面してきたのは本当にイラッとしたわ。でも、一緒にいるとチャラ男なんかじゃないって思えてきて、気がついたら本気で好きになってたの」
「偽の関係って全然分からなかったわ」
「多分、陵が合わせてくれたからよ。あたしはいつも手のひらで転がされてる感じがしたもの」
「手のひらで転がされてる割には、月都美くんの必死な宣言は余裕がなかったように見えたけど?」
悪いけど、その時は泣き崩れていたから観察できていない。
「それも計算の内かもしれないわよ。陵はそういう人だから」
「あーあ、学校一の優良物件が売約済みになっちゃったな」
「陵を物件なんて目で見ないでよ。あたしはそもそも家柄すら知らないけど」
「ええっ!?知らないのっ!?彼は…」
キーンコーンカーンコーン…
予鈴のゴングが鳴り、会話という名の吊し上げはここで中止された。
何よ。あたしは親が誰であろうと関係ないわ。
陵だから好きになった。ただそれだけ。
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