第21話 塔 -study-
思い切って
とうとう、あたしの気持ちを言葉にして。
お約束な誤解の余地なく、ハッキリと。
足がガクガクする。
立っているのもやっとなくらい。
今すぐ逃げ出したいほどに、返事が怖い。
口を開きかけたその瞬間、フラれる言葉が出てくる心のショックに備えた。
「ぁれ?そこにぃるのはもしかして」
ふと、横から声がかかる。
「やっぱり
見ると
あれが瑠帆の彼氏か。初めて見た。
なかなかの爽やか系美形だったりする。浴衣効果か、さらに素敵な感じがする。
中身も素敵なら、さぞモテるんだろうなと思った。
瑠帆も浴衣姿だった。ピンクの花柄が瑠帆っぽい。
「見てのとおり、花火大会に行ってた。明日のバイトは今夜の疲れを引きずるかもしれないけど、最終日だからまだ気がラクかな」
その終わりは、彼にとって部活も終わる。
「バイト辞めちゃぅの?」
「辞めるというより、辞めさせられるというか、お店が無くなっちゃうんだ」
「お店がっ!?それじゃ彩も…?」
「そうだ」
「彩、どぅして言ってくれなかったの?」
「心配されると思って。心配されたところで解決するわけじゃないし、もう次へ行こうって決めてたから、決まるまでは黙っておこうと思ったの」
「それは水臭ぃよ、彩」
「言ったら瑠帆、気を遣って隣りにいる彼氏との時間を減らして、あたしとの時間を増やしそうだからね」
「どぅして?彼氏との時間が増えるだけじゃなぃ」
しまった!
アルバイトを辞めたら、陵は部活も辞めて、偽カップル解消の流れになることは秘密にしてたんだった!
「ぁっ、今顔が動ぃた。何か隠してるでしょ?」
「
「ぅん」
「明日のバイトを辞めた翌日にでも俺は退部届を出す。夏休み中ではあるがな」
何であっさりバラすのよ!?
瑠帆を見ると、やけに納得した顔をしていた。
「なるほど。そぅぃぅことだったんだ」
「どうせすぐバレることだからな。隠す必要もない」
あ…そうか。
瑠帆も同じ美術部だから、次の部活動に顔を出したら瑠帆にバレる。
「まあ…そういうことよ」
「なにやら重たい話をしてるようだから、僕はここらで失礼するよ」
「ぇ~?女の子を夜道に放ってぃかなぃでよ」
「わかった。なら積もる話はまた今度すればいいだろう。帰るぞ」
「それじゃ彩、電話するからね」
手を引っ張られて、瑠帆と彼氏は闇夜に消えた。
「彼氏として、彩を無事に家へ送り届けなきゃな」
そう言って陵はあたしの手を引っ張って歩き出す。
「あっ…」
「どうした?」
告白の返事を、まだ聞いてない。
でも、明日まではまだ偽カノを演じる必要がある。
陵に気持ちは伝えたけど、彼氏という態度が変わらないということは、明日まで偽カレを演じ続けてくれるってことでいいんだよね…?
明日になれば白黒ハッキリする。
明後日からは陵と縁が切れることで。
「ううん、ちょっと雪駄が脱げかけただけ」
そう自分を納得させて足を進めた。
「それじゃ、おやすみ」
「うん、また明日」
家の前まで送ってくれて、心の中では
『明後日からはまた他人同士だね』
と付け加えた。
自分の部屋で帯を解いた。
解いた帯がシュルシュルと足元に折り重なっていく。
浴衣を脱いでハンガーにかけ、浴衣の内衣も広げてハンガーに吊るした。
パジャマに着替えてから歯磨きをして、ベッドに倒れ込む。
「はぁ…明日で偽カノも終わりか…」
今日あったことを思い返す。
まだ花火の衝撃音が体の奥に響いている気がする。
「あたし…告白しちゃったんだよね…どう思ったのかな…」
返事を聞かずとも、明日と明後日の態度で分かるからいいや、と思いつつ意識は闇の中に落ちていく。
アルバイト最終日。
いつものとおり普通に仕事をこなして、夜にまかないを食べてから上がる時間になった。
二人で店長のところまで行き
「それでは短い期間でしたが、今までお世話になりました」
お辞儀しながら挨拶を済ませる。
「えっ?二人とも、辞めてしまうのかい?」
店長は驚いた顔で聞き返してくる。
「はい?」
意外な返事に、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「だって、建物の取り壊しが…」
店長が固まる。
「副店長…ちょっと来て!」
通りかかった副店長を呼び止める店長。
「はい、何でしょうか?」
足を止めて話の輪に入ってくる副店長。
「二人にあの件は話したのか?」
「あの件………あっ!」
「忘れたのか!何やってるんだ!?」
「申し訳ない!」
そういえば副店長は、廃業の話があった次の日からあたしたちのシフトと病欠の関係で数日間会えずじまいだった。
もしかしてその間に何かあって、そのまま忘れちゃったのかな?
「二人に知らせるのが遅くなってすまない。取り壊しが必要なのは隣の建物だったんだ。オーナーが間違えて隣のこっちに話をしにきて、翌日にこの建物取り壊しを撤回されたんだ。その日に居た全員には伝えたんだが、君たち二人には副店長から伝えるよう言っておいたけど…」
急な展開に、あたしは口をぽっかり開けて佇む。
「どうりで閉店のお知らせがどこにも見当たらなかったわけだ」
そ…そういえば…。
「それで…すまないが、もしまだ次が決まっていないなら、このまま明日もシフトに入ってくれないか?」
ぺたん、と足の力が抜けてその場にへたり込んでしまう。
「彩、立てるか?」
気を取り直して、自分で立ち上がる。
「はい。それでは明日からもシフトに入ります」
「明日は何時からですか?」
「
「もちろんです」
レストランを後にして、手をつないで帰路に就く。
「言われてみれば、閉店のお知らせがお店のどこにも見当たらなかったのは変だったわね」
「それにしては閉店撤回の連絡が無かったから、そこに疑問はあったな」
「それで、部活は…どうするの?」
「もう退部届は受理されてるからな」
ということは、偽カップルを続ける理由はアルバイトだけ…か。
「明日にまた入部届を出せば済む話だ。部長にさえ話を通せば、これまでと変わらずに参加できるだろう」
「ということは…?」
「部活も続ける」
喜んでいいのか、迷惑がればいいのか、わからない。
思わずしてしまった本気の告白は、まだ返事を貰えていない。
「そう…」
喜びも嘆きもせずに、流すだけにしておいた。
「だから、これからもよろしくな」
「…うん」
今、あたしの置かれている状況がわからない。
陵は好意を寄せてくる女の子が嫌い。
あたしは陵を嫌っているから、寄ってくる女の子を除けるため陵を嫌っているあたしを利用している。
陵を嫌っていたあたしは、昨夜に本気の告白をした。誤解されるような曖昧さは一切ない。冗談混じりの態度でもないから、その点でも誤解されることはないはず。
けど邪魔が入ってフラれる覚悟を決めた告白の返事は、まだ。
それなのにアルバイトと部活は続けることになった。
偽カップルを続ける条件は最初に決めたとおり、あたしと陵が同じ部活と同じアルバイトをしていること。
部活とアルバイトの両方を陵が辞めようとしたけど、どちらも思いとどまった。
となると、今あたしが立っている位置は一体どこ…?
どう陵に接すればいいの…?
聞きたい…告白の返事…。
でも怖くて聞けない。
せっかく偽カノ続投(?)になったけど、変に蒸し返して改めてフラれたらと思うと、怖くて聞くに聞けない。
同じフラれるなら、花火の帰りに家の前でさよならされる前に、勇気を出して聞けばよかった。
とはいえ、あの日は告白しただけで勇気を使い果たしちゃったから、聞く気力もなかった。
「ぇぇっ!?告白したのっ!?」
家に帰ってから瑠帆に電話して、昨夜に告白したことを話した。
「うん…」
「ぉめでとぉ!これで晴れて本物のカップルだねっ!」
「ところが、そう簡単な話じゃないのよ」
「どぅして?」
「返事、まだもらってない」
「なら聞けばぃぃじゃなぃ」
「瑠帆…あんたが言うの?」
「どぅぃうこと?」
「昨夜、瑠帆が声をかけてきたから、返事を聞きそびれちゃったのよ」
「………まじ?」
「まじ。さらに昨日、アルバイト先の閉店は間違いで、陵は部活とアルバイトを辞めずに続けるって言い出したから、偽カノとして振る舞うべきか、本カノとして振る舞うべきか分からなくなっちゃったのよ。さらに言えば陵は自分に好意を寄せてくる女の子が鬱陶しく感じてるから、彼を嫌ってるあたしが偽カノとして選ばれたわけで、キッパリとフラれるつもりで告白したのよ。けど返事は邪魔されてお預けに」
「カォス…」
「言っとくけど瑠帆、あんたのせいだからね。タイミング悪すぎ」
「ごめんなさぃ…」
「今日、何度も返事を聞きたいって思ったけど、フラれたらもう偽カノもできなくなっちゃう。だったらせめて部活の引退時期までこのまま現状維持して引っ張ろうかな、と思ってる」
「彩…本気で好きになっちゃったんだね」
「自分でも信じられないわよ。こんな気持ちになっちゃうなんて」
「だったら責任取ってわたしが聞ぃてみるね」
「やめて!絶対フラれるから!」
「でも」
「お願い、あたしと陵には何もしないで…もう偽カノでもいいから、ただ陵のそばにいたいの…」
「………わかった。見てる方はもどかしぃけど、そぅぃぅことなら見守る」
「ありがとう」
「もし探りを入れたかったり、聞ぃて欲しぃことがぁるならぃつでも協力するからね」
「うん」
Directアプリの通話を終話ボタンを押す。
「ほんと…どうしてこうなっちゃったんだろう…」
いっそのこと、本当にお店が廃業してアルバイトも終了してしまったほうが状況はスッキリしたかもしれない。
けど、偽でもまだ彼女を続けられることにホッとしている自分もいる。
「あー…明日から、どんな顔して陵と接しよう…」
悩んでいても朝は来る。
まだ結論は出ていない。
陵とどう接していこうか、まだ決まっていない。
結局決めきれないままアルバイトが始まる。
部活は夏休み中もやってはいるけど、活動は基本的に任意参加となっているから、あたしはアルバイトを優先したい。
スケッチは家でもできる。
問題の陵は、いつもと変わらない態度でいた。
ほぼ開店から閉店までシフトが入っている。
足もだいぶ慣れてきて、一日入っていても足の痛さは軽減していた。
陵はすでにレジも任されている。
あたしはフロア対応のまま。
こういうところでも、陵との差を感じてしまう。
閉店が迫り、あたしたちはいつもの夕食をいただくため、テーブルにつく。
「なあ彩、明日はお互いにシフト入ってないだろ。一緒に出かけよう」
ちょ…あたしはどう接していいのかわからないでいるのに、こんなグイグイ来られると対応に困るんだけど!?
「明日は宿題に充てたいんだけど」
困ったあたしは、とっさに一人でいるための理由づくりを口にした。
「だったら前みたいに勉強会しよう」
何なの!?このプッシュ具合!?
「わからないところは教えられるしな」
頭の中がグチャグチャになっていて考えがまとまらない。
「な。いい案だろ?」
「わ…わかった。わかったからそんなに圧かけないで!」
「やった。なら進めるページ数を決めて、時間余ったら二人で出かけよう」
「もうわかったから、任せるわよ」
考えがまとまらなすぎて、キャパオーバーで全部丸投げにしてしまった。
「しまった…」
テンパってしまい、陵に丸投げしてしまった。
家に帰ってから頭を抱える。
今から明日の約束をキャンセルしようと思ったけど、逃げのつもりで言った一人でもできる宿題消化だから、言い負かされる気しかしない。
いっそ、明日の朝に仮病でやり過ごすか…。
いや、陵のことだから家へ押しかけてくるに違いない。
どうしよう…。
よい考えが思い浮かばないまま、翌朝になってしまった。
仕方ない…覚悟決めて一緒に宿題するか。
今回は陵の家が使えるということで、途中に陵と合流して家へ向かう。
「………ちょっと…冗談キツイわよ……?」
「そういや言ってなかったか」
ズーンと佇む眼前の巨大タワー。
見上げると首が痛くなるほど。
陵はそのまま当たり前のように自動ドアの向こうへ進む。
向かう先はなんと最上階。
「どうぞ」
玄関を開けると、ちょうど母と思われる女性が背を向けて奥へ歩いていた。
「母さん、部屋で勉強会するから」
「あっ、初めまして。陵くんとお付き合いをさせていただいている、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます