第20話 告 -closing-
「ねえ陵、花火大会に行こうよ」
せめて思い出が欲しくて、思い切って誘う。
月末にアルバイト先のお店は閉業して、二人共アルバイトを辞めることになる。
残されてる時間はもうほとんどない。
夏休みに入った時点で下旬に差し掛かっている。
そしてお店は月末に閉業してしまう。
陵と偽ながらカップルでいられる時間は残りわずか。
だったらせめて自分を納得させられるよう、残された時間を有意義に過ごさなければ、悔やんでも悔やみきれない。
そういえば、明後日に近くで花火大会をやるというポスターを見たのを思い出す。
今日は開店からフルで入っていて、明後日はシフトが朝からお昼まで。
だったら今日に誘ってみよう。
「よー、これからバイトかー?」
ふと後ろからかかった声に振り向く
「コーか。これからバイトだ」
「そうかー。ところで彼女とはどーだー?」
ピクッと眉をひそめる。
「すぐバレることだから今この場で言うけど…今月いっぱいで別れる」
「………は?」
呆気にとられたコーは、だらしなく空いた口が塞がらなかった。
「どういうことだよー?」
「利害関係が解消するということだ。これまで付き合ってたのは、彩に迷惑がかかっていたから。俺が偽カレとして一緒にいれば、俺は女子を遠ざけることができて、彩は俺を追いかけてくる女子を追い返せる。ただそれだけの関係だったんだ」
ガッと胸ぐらを掴むコー。
「本気で言ってんのかよ、そりゃー?」
「彩は俺を嫌っているからな。普段から口癖のように俺を嫌いだ、と言い続けてる」
「本人に本音は聞いたんかー?」
「面と向かって嘘をつくメリットがあると思うか?」
「面と向かうから意味があるんだろうがー!てめーが毎度誰でもフるからあいつまで逃げ腰になってるとは考えたことねーんかー!?」
パッと胸ぐらを掴む手を振り払って衿を整える陵。
「今は偽カノをやってもらっているが、別れることはもう伝えてある。それを聞いてもなお、せいせいしたと言われた。もう望みなんてないんだ」
朝だというのに、黄昏れた薄暗い目をしたまま足を踏み出した。
ガァンッ!!
荒々しくガードレールを蹴り下げたコー。
「それはてめーがいつもいつも余裕ぶって冗談交じりの会話ばかりしてっから、本気だと気づいてもらえなくなってるだけだろーがー!」
ガツン、ガツンとガードレールに当たり散らすコー。
「あいつの本音も聞いといたほうがいいかー…って、連絡先知らねんだったー」
今日のアルバイトが終わった帰り道。
明日は午前でシフトが終わりで、夜は近所で有名な花火大会がある。
そして明後日はお店が閉まる日。アルバイトの最終日となる。
もう時間が無い。今切り出さなきゃ。
「ねえ陵、明日の花火大会、行こうよ」
返事をせず、顔だけをこちらに向ける。
「明日はお昼すぎにどちらもシフト終わりでしょ。だから夕方にまた合流して、夏の思い出に…最後の思い出に…花火を観たい」
「わかった。一緒に行こう」
「ほんと!?あたし、浴衣着て行こうかな」
「彩の浴衣姿か。いい思い出になりそうだな」
「陵も着てきたら?」
「…考えておく。そもそも手持ちがあるかもわからないしな」
よかった。これが陵と最後の思い出にできそう。
同じ別れなら、せめて特別な思い出だけでも作っておきたい。
それを糧にして次へ進む。
何事もなく翌日の午後。
「はい、できたよ」
夕お姉ちゃんに着付けを手伝ってもらって、紫の花柄浴衣を着せてもらった。
料理は壊滅的なのに、それ以外の家事やお作法はピカイチ。
あたしはあまり得意じゃない。
そういう意味では姉妹で補い合えている。
「ありがとう。お姉ちゃん」
「彼氏とデートでしょ。今日のデートで次のステップへ進みなさいね」
ズキッ
「う…うん。楽しんでくるよ」
明日いっぱいで別れることになっている二人の関係は、誰にも言えない。
姉にも言えるわけがない。月が明けたら普通に別れたということにしておくのが一番無難かな。
「それじゃ、行ってくるわね」
「いってらっしゃい」
まだ日が高い。
花火大会は日没後に行われる。
花火が打ち上げられると、多分ほとんど会話は無くなる。
日のある内は会話を楽しんで、日が沈んだ後は花火を楽しむってところかな。
カランコロンと雪駄が地面を蹴る音とぶつかる音が交互に響く。
待ち合わせは打ち上げ会場の橋手前。
「待ったか?彩」
後ろからかかった効き馴染みの声に振り向く。
「ううん、たった今着いたばかりよ」
急用が入って合流できず、花火のクライマックス直前に声をかけられて、なんて展開でなくてよかった。
これが陵と逢える最後のデートなんだから。
見ると、陵も浴衣を着ていた。必死に探してくれたのかな。
最後の思い出には十分。これで終わりでも、あたしには納得できる。
「そうか。まずは観覧場所を確保しよう」
どちらからともなく手をつないで、砂利の多い河原に足を進める。
すでにかなりの面積でシートが敷き詰められていて、この花火がどれだけ人気のある催しなのかがわかる。
「この辺でいいか」
「うん」
二人分のスペースが見つかって、陵が手にしていたシートを河原に敷いた。
…暗くなってこのシートから離れた時、あたしたちは別れたも同然なんだよね…。
思わず暗い考えが頭をよぎり、顔が曇る。
「彩?」
「え?」
顔を覗き込まれた。
「何でもない!暗くなるまでまだ時間があるから、出店を見ようよ」
「なんだ彩、お腹減ってるのか」
「うん、そんなとこ」
偽カップルであっても、やめたくないことに気づかれるより、お腹が減っていると思われたほうがまだマシだった。
絶対に気づかれたくない。気づかれてはならない。
フラれることが分かりきってるのだから、同じフラれるならもう少し後で…。
「彩は何を食べたい?」
「そうね、二人で一緒につまめる方がいいから、たこ焼きや焼きそばなんかがいいかな。陵は?」
「それなら焼き鳥も欲しいな。二本にすればそれぞれでいいし」
「いいわね、そうしましょう」
わいわいと賑わう屋台の並ぶ通路を、二人で人混みをかわしながら進む。
「そういえば陵、その手にしてる四角いバッグは何?」
合流したときから、あたしのいる側と反対に銀色のバッグを提げていたのが気になっていた。
「冷えた飲み物を持ってきている。烏龍茶が二つとオレンジにコーラが一つずつある。好みに合わなかったり足りないなら買い足そう」
「ううん、十分よ。気を利かせてくれたのね。ありがとう」
刻々と時間は過ぎていく。
買ってきた食べ物を二人で少しずつ時間をかけて食べ進めて、気がついたら空は赤く染まっていた。
もうすぐ、陵と過ごす楽しい時間は終わりなんだ…。
そう思ったら、思いっきり甘えたくなってきた。
並んで座る体を寄せて、陵の方へ体を預ける。
「彩?」
「ちょっと、一休みさせて」
「…ああ、わかった」
そう言って、あたしの肩を抱き寄せてきた。
嫌だな…こうしていられるのも、あと少しだなんて…。
偽カノじゃなくて、本当の彼女として寄り添っていたい。
体を預けていたらだんだんとウトウトしてきた。
「はっ」
気がつくと、空はすっかり暗くなっていた。
「今、何時?」
「打ち上げ開始まで10分ちょいだよ」
そっか…もう、こうして一緒にいられる時間が無くなっちゃうんだ。
花火の打ち上げは一時間半。
打ち上げが終わったら、後は帰るだけ。
アルバイト最終日の帰り道も含めて、二人きりの時間は何時間も残されていない。
そう思ったら、言葉が口から出てこなくなった。
黙っていても時間は流れていき、運営席と設置されていた大型スピーカーから打ち上げのカウントダウンが始まった。
『さーん、にー、いーち…』
ボボボボボボボボボボボン!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドンッ!
筒から射出された音に続いて、体の芯まで震わす衝撃音が色とりどりな光と共に炸裂した。
キラキラと花開く閃光に感動するも、刹那で消えゆく光にあたしの心は寂しさを覚える。
思えば、あたしの恋は短かったな。まるでこの花火みたいに。
陵が好きと気づいて、でもアルバイト先が終わってしまうことを機に、陵は部活も辞めてしまう。
それで利害関係は解消する。
偽でも、カップルを続ける理由が無くなってしまう。
「彩?泣いてるのか?」
気がつくと、あたしの目からは涙が零れ落ちていた。
「花火がキレイで、まばたきし忘れてただけよ。目が乾いてしまったわ」
ぐしぐしと涙を拭いて、再び打ち上がる花火に見入る。
あたし、忘れない。
こうして陵と、二人きりで花火を観たこと。
少しでも近づいた気になれたこと。
最初で最後になったけど、陵に甘えることができたこと。
素直になれず、自分の気持ちも伝えられずに過ごしてきたこと。
ずっと、ずっと…忘れない。
立ち直るまでは時間がかかると思うけど、次はもっと素直な自分になろうと思う。
さようなら。あたしの初恋…。
『以上で打ち上げは終了しました。ご来場の皆様は…』
会場アナウンスが響き、周囲はいっせいにざわつき始めて帰る準備を進める。
「今すぐ動いてもほとんど進まないだろう。帰りの電車を心配する必要も無いし、少し待っていよう」
「うん…」
あたしは再び並んで座っている陵にもたれかかる。
ザワザワとする周囲の音が遠く聞こえる。
「ねえ陵、来月からまたアルバイトするわけじゃないんだよね?」
「今日も軽くネットの求人見たけど、結構遠くまで行かないとダメみたいだ。彩はどうするんだ?」
「あたしも見たけど、やっぱり近くには求人が無さそうだったよ。それで、部活はどうするの?」
「夏休みじゃ入部届を出すにしても具合がよくなさそうだから、新学期が始まるまで待つことになるだろうな」
「それじゃアルバイトも部活も、新学期から始めるつもりなんだ?」
「どうしようかはまだ迷ってる。考える時間はまる一ヶ月あるし、よく考えるよ」
「もし陵が偶然、あたしと同じアルバイト先になったら、また偽カップルやるの?」
この可能性は十分にある。
あたしだけが辞めるわけではなく、アルバイト先の人全員が同時に辞めるわけだから、みんながみんな次を探すとして、ある日突然ばったりということも考えられる。
「彩に迷惑がかかるようならな。ガミガミ叱られたくないし」
なぜだろう。
この暗さで警戒心が解けたのか、あたしの強がりは鳴りを潜めて、素直になれている気がする。
もっと早く素直になれていれば、状況は変わったのかな…?違う結果になっていたのかな…?
ううん、多分変わってない。
陵は自分に好意を寄せてくる女の子が嫌いなんだから。
あたしは陵を嫌っているからこそ、利用できる人として選ばれた。
ただそれだけの関係だものね。
好きになった相手が悪かった。恋において選ぶべき人ではなかった。
届かない思いをぶつけるかのように、もたれかかる体を、その体重を押し付けるように、陵に密着させた。
「陵の浴衣姿、素敵だったよ」
「彩こそ、キレイだった。いずれまた、彩と一緒に来られるといいんだが…いい思い出になったよ」
この瞬間だけ、お互いが強がることなく心が通じ合ったような、本当の恋人同士になれたような、何とも不思議な感触だった。
周りがだいぶ落ち着いてきた頃、後始末をして会場を後にする。
あたしの恋も、まだ後始末が残っている。
陵と離れたくないと思う自分の気持ちをどうするか。
花火大会が終わった帰り道。
お互いに浴衣姿のまま手をつないで、夜道にカランコロンと下駄の音が響き渡る。
もう、明日でアルバイトは最終日。
夏休み中だけど、陵は明日で部活も辞めてしまう。
この偽カップルを続ける条件は二つ。
陵とあたしの二人が同じ部活に居続けること。
陵とあたしの二人が同じアルバイトを続けること。
そのどちらも、明日で終わってしまう。
偽カップルを続ける条件がどちらも無くなる。
どのみち明日で終わってしまう関係なら、ダメ元でも気持ちを伝えたい。
自分の気持ちに区切りをつけて、次へ進もう。
スッとあたしはつないだ手を離す。
「彩?」
怖い…。
陵の返事はわかっている。
『何だ。結局彩も他の女と同じだったか』
と呆れられて終わり。
よし
フラれる覚悟はできた。
傷つく心の準備ができた。
今伝えなきゃ、もうチャンスはない。
「陵…あたしね…」
フラれると分かりきっていても、いざとなるとやっぱり怖い。
傷つくのは…嫌。
でも
まっすぐ目を見て、口を開いた。
「陵が…好き。友達や偽カップルとしてではなく、本気で…一人の女として陵が。だから、偽カノなんかじゃなくて…あたしと、本気で付き合ってください」
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