第16話 抑 -loving-
「しっかし、驚いたな」
「全くよ。あたしのどこがいいんだか」
部活動終了後もつきまとってくる
まだ連絡が無いからアルバイトの予定なし。部活が終わったら帰るだけ。
「もし
ブハッ!
盛大に吹き出す陵。
「何よ」
「見た目は完全に百合だが、中身は男女の珍カップル誕生だな」
グイッ!
「いたたっ!」
つないだ手を捻って、軽めに関節技を決める。
さりげなく陵に投げた問いかけ、あたしのどこがいいのかについてはスルーされてしまった。
やっぱりあたしは陵にとって、利用できればどうでもいい女に過ぎない。
密かに傷ついてしまう。
ずっと否定し続けてきた気持ちを認めた今、胸に刻まれる傷は痛みを増している。
どのみちあと二年経って受験シーズンに突入すると、あたしたちに待っているのは偽カップル解消という流れの別れ。
結果が分かっているから、せめて今を大切にしたい。
こうして一緒にいられる時間を壊さないようにする。
「悪いけどあたしにその趣味はないから。それより陵はどこまで知ってたの?」
「推測の域を出なかったさ。何より俺へ向ける意識がほとんど無かったから、俺目当てじゃないんだろうなとは思ってた」
「薫ちゃん…じゃなかった、薫くんが男だってことは?」
「全く気づけなかった。そもそも興味が湧かなかったからな」
それは納得できる。
薫くんは下手すると…いや、明らかにあたしよりも女子力が高い。
証拠を見せるためとはいえ、自分でスカートを捲り上げたことと、履いていた下着以外については。
「ところで夏休みが近いけど、ずっとバイト三昧か?」
「そうね。もう今の親からはお小遣いを貰わないことにしたから、自分の小遣いくらい自分で稼がないといけないわ。だから入れられるだけシフト入れることにするわ」
「その前に一学期末考査があるけどな」
そうだった。
でも勉強の手は抜かない。
成績が落ちたらアルバイトを辞めさせられてしまう。
祖父母に負担をかけないため、成績を落とすわけにはいかない。
「一緒に勉強を、と思ったけど…多分集中できないから自力でやるわ。成績下がると姉にアルバイトを禁止されるのよ。今後お小遣い無しは何が何でも避けたいわね」
「前から気になってたが、君の両親は…」
「悪いけど、そのことを話すつもりはないわ」
両親の事故死を話すことは、そのままあたしと姉の記憶喪失まで明かすことになってしまう。
社会見学で偶然遭遇した、おそらく仲の良い友達だった人に言われたことが、今も心の奥で引っかかっている。
あの頃に住んでいた所からかなり遠くへ引っ越したものの、何を言われても否定するための記憶があたしにはない。
記憶がないことは墓場まで持っていくつもりでいる。そうせざるをえない。
好きな人には知っていてほしいけど、あたしは陵に利用されている身。
わざわざ弱みを見せて不利な立場に立つわけにもいかない。
この時点であたしは知らなかった。
社会見学の最中に彼と仲のいい金髪逆毛にあたしのことを知られていたものの、金髪逆毛は見た目に反して口が固く、誰にも明かしていなかったことを。
知られていたことを知るのは、もう少し先の話。
「そうだ、彩」
「何よ?」
「夏休みに入ってすぐ、近くで花火大会があるけど一緒に行かないか?」
花火大会。
聞いた話によると、都心部からわざわざ出向いてくるほど見ごたえのある打ち上げ花火が上がるという。
「行くわ」
「…え?」
意外、と言いたげな顔をしている。
「何か問題でも?」
「いつものパターンだと、即答で断ってきて、あーでもないこーでもないとやりとりしてから落とし所を見つけていくはずなんだがな」
しまった!
自分で陵を好きって認めてしまったから、少しでも一緒にいられることが嬉しくて肯定で即答しちゃった。
「そういえばその日はシフトがどうなってたっけ」
スマートフォンを取り出してカレンダーを確認する。
片手だとやりにくい。
「午後3時までのはずだ。基本的に彩と俺のシフトは同じだから誘ってみた。というかシフトも知らずに返事したのか?」
「3時までだっけ。なら店長に頼んで閉店までシフト延ばしてもらおうかな」
「うぉい」
こうして憎まれ口を叩いて、嫌っていると意思表示しなきゃ…。
油断していると陵を好きになってしまったことに気づかれちゃう。
「ま、検討してくわ」
ポケットにスマートフォンをしまって、口を濁す。
気が変わって予定を白紙にされてしまわないか心配になってしまう。
「陵なら誰か女の子を誘えば断られることないでしょ。あたしじゃなくてもいいんじゃない?」
自分で言っていながら「そうだな」と返事されるのが怖い。
今まで、離れていかれることを恐れるどころか、むしろ歓迎していた。
でも…今は…。
「そうだな。でも彩には断られるから、誰でもではないだろ」
一瞬、ドッと冷や汗が吹き出した。この状態は心臓に悪いわね。
今になって陵との接し方がわからなくなっている。
心を鬼にしてツンツンしていなければならない。けどツンツンしているのは辛い。
前は嫌われたかった。ただそれだけの気持ちで突っぱねているだけでよかった。
けど今は…。
本気の好き同士で、陵と一緒に過ごしたい。
それは叶わないこと。分かっている。
陵はあたしを他の女子除けに利用している。
あたしは陵の周りに寄ってくる女子を遠ざけている。
そもそもあたしの困りごとは陵が構ってきたことに起因していた。
この気持ちに気づく前の内に遠ざけたかった。
二度と顔も見ないようにしたかった。
でも、もう遅い。
自分の気持ちに気づいてしまった。
認めてしまった。
今更無かったことにはできない。
つらい…
好きなのに、嫌いと突っぱねなければならない。
嫌いと言い続けて、本当に嫌われるのが怖い。
こんなことなら部活の混乱もアルバイトの苦悩も全部目をつぶっていればよかった。
そうすればこんなことにはならなかったはず。
でも、もう何もかも遅い。
「彩?」
目の前に陵の顔が飛び込んできて、ビクッと体が跳ね上がる。
「どうした。体調崩したか?」
「ううん、何でも無い」
好きになったことは気づかれちゃダメ。気づかれたらもう隣にいられなくなる。
「あっ!あーちゃんいた!」
ふと聞き覚えのある声がかかった。
「なんでお店お休みって教えてくれなかったの!?」
薫ちゃん…じゃなくて薫くんはむくれ顔で迫ってくる。
「言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!」
さっきのやりとりを思い起こしてみる。
「…そういえば言った記憶がないけど」
「教える必要も無いだろう」
あたしに続けて陵がバッサリ切り捨てた。
「何でよ!というかりょーたんには聞いてない!」
薫ちゃん…じゃなくて薫くんはずいぶん怒っている。
この人を見てると頭がバグってきちゃうよ。
見た目や声を含めてほぼ女の子だけど、実際の中身は男そのもの。
おまけにあたしたちは偽カップルでありながら、あたしは本気になってしまった。
あべこべな状況が増えてしまい、半分パニックになっている。
「なら来るかもしれない学校の生徒全員に触れ回れと?可能性だけで言うなら全校生徒に及ぶが」
「だからりょーたんには聞いてないってば!」
「彩、相手にする必要はない」
そんなわけにもいかないでしょうが。
「来るかもしれない人に伝えてなかったことは悪かったと思ってるわ。あたしたちにとっても突然のことだったから忘れてたのよ」
あまり納得のいかない言い分だけど、怒らせてもいけない。
彼女を…じゃなくて彼をなだめつつ自分の立場を主張した。
「む…あーちゃんがそう言うなら…」
まだ何か言いたげではあるけど、悪気があったわけではないと分かってもらえたようだった。
そのむくれ顔がまた女子っぽい。
何も知らない人が見たら、陵を取り合って争ってるように見えるだろう。
「それじゃ、あたしたちはデートだから」
薫くんとの話を終えて歩き出す。
「って、なんで当然のようについてきてるのよ!?」
このまま落ち着いて陵とデートできると思っていたら、あたしの後ろについてきていた。
「だってあーちゃんと普段一緒にいられないんだもん」
「だからってデートの邪魔することないでしょうが!」
「わたしも一緒にデートする!」
そう言いながら、空いてるあたしの手を握ってくる。
「ダメに決まってるでしょ!」
いつになく食い下がってくる薫ちゃ…薫くん。
「どうしたの?薫ちゃ…くん」
呼び方はどうしても慣れない。つい見た目から「ちゃん」付けになってしまう。
「薫くん、そもそも何で彩なんだ?」
そう。それは前から疑問に思っていた。
「そうよ。あたしなんて口は悪いし、気に入らなければ塩対応してるのよ」
「覚えてないんだ」
…覚えてるも何も、入部初日が初対面のはず。
薫くんは語りだした。
一ヶ月ほど前。
「やめて!」
「いいじゃねぇか少しくらい」
わたしは通学路で他校のいかにもガラが悪そうな男二人に絡まれていた。
どうやら男と知らずにナンパしにきているようだ。
「先を急ぐので!」
「おい待てや!」
立ち去って振り切ろうとしたけど、腕を掴まれそうになる。
「おまたせ。こっち」
その時に手を差し伸べてくれたのは黒髪ロングストレートの女子だった。
「走って!」
その女子はわたしの手を引いて駆け出し、絡んできた男二人は呆気にとられるものの、すぐ我に返って追いかけてくる。
「よく見りゃそいつも上玉じゃねぇか!こりゃ楽しめそうだな!」
必死に走って逃げるものの、ほどなく追いつかれてしまい、その手に捕まりそうなその瞬間…。
「やっ!」
わたしを引く手がグイッと引っ張られて、代わりに黒髪の女子がわたしの後ろに下がった。
「捕まえ…」
「やっ!」
男の一人は、急に足を止めた黒髪女子に伸ばした手を掴まれて、流れるようなフォームで背負い投げされた。
走って勢いがついていた分、投げるのにそれほど力は要らなかったらしい。
「はっ!」
背負い投げを終えた姿勢を戻すより早く、大きく足を振り上げて回し蹴りが見事に決まった。
「そう、彩さんが怖い男たちから守ってくれたんだよ!」
「おい彩。ずいぶんと男前なことするな」
「ちょ…ちょっと待って!そんなの知らないんだけど!?いくらあたしでも男二人相手に立ち回れるほど勇ましくないわよ!」
全く心当たりの無いことを言われて、何がなんだかわからない。
「そんな出会いだったらいいな」
うっとりした無駄に女子力全開な顔で締めくくった。
………。
「今のは全部作り話かっ!?」
一瞬だけ頭が活動をやめてしまう不思議な感覚の後、状況を把握したあたしは反射的にツッコミをいれていた。
「何だ、そういうオチか。つまらないな」
あんたを面白がらせるために居てもらってるんじゃないんだけど。
「それで、ほんとのところはどうなのよ?作り話じゃなくて」
「一目惚れ」
「そろそろはっ倒すわよ」
「どうでもいいが、見てのとおりデート中だ。邪魔するような野暮な人じゃ彩は振り向かないぞ」
「うっ…」
陵の指摘に怯む薫ちゃん…くん。
「そうよ、邪魔しないで」
あたしは陵の腕に抱きついて薫くんを牽制する。
そうして歩き出したあたしたちについてくる様子もなく、彼女…彼の視線だけを背中に感じていた。
「なかなか厄介な奴だな」
恋人つなぎで一緒に歩いている。
「そうね。仮にも付き合ってることを知っていても堂々と向かってくるから、この関係も効果がないのは悩みどころね」
「そもそもあいつは男だ。今は俺目当ての女子を回避するための関係であって、彩目当てのやつについては何も考えてない」
そういえばそうだった。
「じゃあ何か考えてよ」
「邪魔する野暮なやつに彩は振り向かない、と釘を差しておいた。これで俺と一緒にいてもまだ絡んでくるなら、振り向かなくても構わないという意思表示になる。少なくとも一緒にいる間は絡まれないだろう」
さらっと気を回してくれたんだ。
でも一人でいる時は絡んでくるということに、あたしは気づいていた。
だったらできるだけ陵と一緒にいなきゃ。
「それってつまり、あたしと一緒にいる時間を増やしてくれるってこと?」
どのみちあと二年も経つと、偽カノの必要性が無くなって離れてしまう。
「そうだな。結構鬱陶しいし、彩が困っているなら一緒にいるか」
隣にいる時間を増やせば、あたしが切ない気分になっちゃうけど、偽カノとして必要としてくれる限りは一緒にいたい。
陵に言えない「好き」の言葉を抑え込んで喉に飲み込む。
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