第11話:影 -leakage-

「待って!知ってるの!?あたしを!」

「もういいわ。その程度の関係だったというわけね」

 あたしは、記憶をなくした頃のあたしを知ってるらしい人と出会った。


「やっと自由行動になったわね」

 工場見学を終え、バスを巨大ターミナル駅に横付けして一旦解散となる。

 後は遅めの夕方まで自由行動。

「効率よく回らなぃと時間が足りなぃよ」

 事前に組んだ四人一組で行動を求められている。

 とはいえ、自由行動だから教職員の目が届かないからしっかり守る人は少ないだろう。

「まずは最初に明先みょうせんの御曹司が通っていたっていう高校に行こうよ」

 明先ホールディングス。

 国内最大級の巨大企業グループとして知られている。

 途中で高校からアメリカの名門大学に飛び級して、その頃から付き合っていた女性と結婚。数年で現代表まで上り詰めて今に至っているらしい。

 しかもその本人はそんな学歴を全否定して、明先の入社試験では学歴を匂わせたら即不合格確定という徹底ぶりを見せている。

 あたしたちは移動を開始した。

「…でね、彩ってば」

 組んだ四人グループで他愛無い話をしながら電車に揺られていると、瑠帆るほが何かに気がついた。

「ぁ、話をしてぃれば彩の彼氏がぃたよ」

「え?」

 言われて瑠帆が指差した方向を見ると、陵がいた。

 顔を見られて、思わずホッとする。

 って、何で思わずホッとしてるのよ!?

「どうやら同じ方面へ行くみたいね」

「行ってきなよ、彩」

「どうして?」

 普通の声量であたしをけしかけてきたけど、関わらせたくないあたしは聞き返す。

「仮にも彼女なんだから、ここで行かないと不審に思われるよ。自分のぃる場所を守るための関係が崩れたらどぅなるか、彩が自分で言ってたじゃなぃ」

 うっ…それを言われると…。

「それじゃ、少しだけ行ってくるね」

 あまり気が進まないけど、言われたことを思うと確かにそうだと思ったあたしは陵のところまで移動する。

「陵、こっち方面なんだ?」

「おう彩、偶然だな」

「ねえ蝶名林さん、彼とはどこまで行ったの?」

 陵の同じグループ行動してる女子が聞いてくる。

「そういえば学校で会ってばかりだからどこにも行ってないわね」

「そのボケ、お約束~。キスくらいはした?」


 ボッ!


「わかりやすい~。まだなんだね」

 顔が燃えるように赤くなったのを見て察したらしい。

 多分だけど、あたしと陵の関係を確認して、付け入る隙を探るための質問だろう。

「あくまでも彼女の意思を大事にしてるからな。今はまだ友達感覚さ」

 陵がフォローを入れてくれた。

 冗談じゃないわ。これはウソの関係。お互いが嫌っているからこそ成り立つ取引であって、どちらかが本気になったらそこで関係は終わる。または陵かあたしがアルバイトと部活をやめても終わる。

「来週日曜にでも、二人でどこかへ出かけるか」

「何言ってるの。次の日曜もアルバイトがあるでしょ。まさかサボるつもり?」

「そういやそうだったな。どこにも行ったことがない理由はそれだった」

「あたしは自分の小遣いくらい自分で稼ぐと決めてアルバイトしてるの。祖父母に負担をかけるのは嫌だから」

「祖父母?」

 陵に聞き返されてハッとなる。

 ここを深くツッコまれると、中学生より前の記憶がないことまで芋づる式に知られてしまう。

「家庭の事情なんてどうでもいいでしょ。それよりそっちはどこへ向かってるの?」

「明先の御曹司が通っていたっていう学校を見に、ね」

 マジか。目的地一緒じゃない。

「これ、月都美くんの提案なんだよ」

「アメリカの名門校を主席で卒業しながら、卒業後は学歴を全否定するあの人が通った母校をひと目見ておきたくて、無理を言ってねじ込んでもらった」

「ふーん、明先に興味があるなんて思わなかったわ」

「まあ何かと有名な人だからな。それで彩たちはどこへ?」

「………まあね、ちょっと寄り道を」

 ふいっと目を逸して濁す。

「まさかの丸被りか。よし一緒に行こう。おーい、薮崎やぶさきさんたち。ちょっと来てくれないか!?」

 ちょっ!余計なことを!というかここは察しなくていいのに!

「どぅしたの?」

 すぐに瑠帆たちが来て、グループに加わってきた。

「どうやら俺たちと目的地が一緒らしい。そこまで合同ってことでどうだ?」

「別にぃぃよ。二人共どう?」

 断れよ瑠帆!空気読め!

「別にいいよね?」

「うん」

 そこの二人は事情を知らないからともかくだけど

「彩はむしろ反対されたくなぃよね?」

 あたしはもちろん反対よ!つうか瑠帆、確実に分かってやってるな!?

「そうね、そうしてくれると嬉しいわ」

 少し固い笑顔を作りながら話を合わせる。

 瑠帆、後で覚えてなさいよ。

「それじゃお許しも出たところで」

 そう言って陵はあたしの手を取って、恋人つなぎをしてきた。

 思わず手を振り払って調子乗ってる陵に蹴りを入れたくなったけど、寸前のところで思いとどまる。

 というかこれ、つないでる手を見られて、めっちゃ恥ずかしい!

「やっぱ断ればよかったかな?」

「ねー」

 あんたら二人さっき賛成したでしょうが!

 はー、ほんと疲れるわ。この関係。


「特に変わったところがない普通の高校ね」

 明先の御曹司が通っていた学園に着いて、感じたことを口にする。

「それはそうだろう。うちに比べて極端に大きいというだけだ」

 小中高一貫で、再来年からどうやら大学まで取り込むと噂の巨大学園。

「陵は何でここを見ようって思ったの?」

「まあちょっとした縁があるところでね」

「どんな縁?」

「そのうちな」

 いずれは聞ける、という意思表示をするけど、そんな時は来ないと分かっている。

 お互いに取引の条件が消滅次第解消する関係だから。

「それにしてもずいぶん静かだな」

「そうね。ひと気がしないわ」

「あっ!今日は創立記念日だって!ほら」

 同行している女子の一人が声を上げて、囁きアプリWhisperの画面を見せてきた。

 それはこの学園公式アカウントで囁かれてるから、情報に間違いはないはず。

「そうだったのか。まあ生徒がいたところで何をするつもりでもなかったが」

「ひと目でも見たし、後の予定があるから行こうよ」

「それじゃ、カップルは別行動ってことでぃぃかな?」

 ちょ!瑠帆!余計なこと言い出さないでよ!

「そうね。これ以上見せつけられても嫌だし、そのほうがいいかも」

「それじゃ後はごゆっくりどぅぞ」

 言い残して、三人ずつになったグループは足早に遠ざかっていった。

 どうしろっていうのよ、これ。

「教職員に遭遇しないことを祈って、二人で回るか」

「…そうね」

 瑠帆、帰ったらとっちめてやる!

「それで、彩のグループはどこへ行くつもりだったんだ?」

「はい」

 つないだ手を離して、グループで作ったしおりを手渡す。

「ずいぶん多いな」

「午前が工場見学だったのを見落としてたから、詰め込みすぎちゃった」

「彩が行きたいところは?」

「これといって無いわね」

 元々あたしが詰め込んでしまったとはいえ、行きたいからではなく午前午後と全部の時間を使えると思ってのことだった。

「だったら俺の行きたいところへ行っていいか?」

「いいわよ」

 今度はあたしから手をつないで、陵の進むままに任せる。

「ここは…」

「表札で分かるよな」

 明先。

 かなり大きなお屋敷。

 門は閉まっているものの、その圧倒的な外観に息を呑む。

「気になってたんだけど、明先とどんな縁があるの?ずいぶん意識してるみたいね」

「縁があるのは親の方だ。前から話を聞かされてきたから、どんな一家なのかはざっくり把握している。だから明先家が関わった所は実際に目で見ておきたかった」

「そうなんだ」

 明先と縁があるということだけど、あまり興味が無かったからそれ以上深掘りして聞くことはなかった。

「彩はどこか行きたいところあるか?」

「んー、特に無いかな」

「それじゃ色々とブラブラしてみようか」

「うん」

 二人で駅の方へ向かっていく。

「ちょっとお手洗いに行ってくる」

「わかったわ」

 駅が近くなってきたところで陵は公園のお手洗いに姿を消す。


 あたしがあれこれと見ておきたかったスポットに印を付けたしおりを取り出す。

 グループで回る前提で考えていたから、話題作りも考えてスポットを考えていたけど、気兼ねしなくて済む陵と回ることになった。

 それもあって、行こうと思っていたところは別に行かなくてもいいと思った。


 ヒュオッ!


「あっ!しおりが!」

 ふと吹いた風で、持っていたしおりが飛ばされてしまった。

 ビルの間を通り抜ける風も手伝って、追いついたと思ったら再び風が吹き荒れてさらに遠くへ運ばれてしまう。

 一人の女子が、足元に来たしおりを拾い上げる。

「それ、あたしのです!」

「風が強いものね。はい」

「ありがとうございます」

 しおりを受け取り、今度は飛ばされないよう両手で両端を持って胸元へ押さえつけるかのようにくっつける。

 拾ってくれた女子はあたしの胸元を見て、驚いたような顔をする。

蝶名林ちょうなばやしあや!?」

「どうしてあたしの名前を…」

 と思ったら、しおりの裏に書いてあった名前を見たことにすぐ気づいた。

「彩!?本当にあの彩なの!?」

「…え?」

「久しぶり…ていうか、どうして黙って居なくなっちゃったの!?」

 話が見えなくて戸惑うあたしをよそに、驚きと喜びが同居したような顔を見せる。

「ほんと久しぶりだよね。高校はあの小中高一貫の難関校に挑戦して合格してね、実家からじゃとても通えないから、今は実家から出て寮生活で一人暮らしなんだ。今日は創立記念日でお休みなの!彩はどうしたの?もしかして実は同じ高校に合格してたり…なんてね」

 懐かしむように、嬉しそうな顔でまくし立てる見知らぬ女子。

「何、なんの話?人違い…じゃなさそうだけど」

「あなた、本当に彩よね?姉にゆうさんがいる…」

 間違いない。この人はあたしを知っている!

「待って!知ってるの!?あたしを!」

 問いかけたあたしの言葉に、誰の目で見ても明らかなほど不快な影を顔に浮かべる。

「もういいわ。彩にとってわたしはその程度の関係だったというわけね」

 あたしは、約三年の時を経て、あたしのことを知ってるらしい人を見つけた。

「ねえ、あたしのこと知ってるの!?」

「何よ白々しい。あの頃はあんな仲良くしてくれたのに」

 明らかにムッとした顔でこっちを見る。

 間違いない。この人はあたしのことを知っている。

「教えて!小学校の頃、あたしはどんな人だった!?」

「そんなの自分が一番良くわかってるでしょ」

 …ダメだ。ただ教えて、ではとても聞き出せない。

 正攻法では無理、と肩をガクリと落とす。

「………これはあたしにとって、とても不利なことだから…誰にも言いたくない。けど言わなきゃ納得してもらえそうにないから白状するけど、小学校を卒業した春休みに交通事故の衝撃で両親とそれまでの記憶を無くしてしまったの。だから、三年前より過去を知らないのよ」

 ポカーンとする目の前にいる女子。

「………本気で言ってるの?それ」

「冗談でこんなこと言わないわよ。姉も同じくそれまでの記憶を無くしたわ。だからあたしを知ってる人が近くにいないのよ」

「…だから何も連絡無しに突然引っ越して転校しちゃったんだ。それで納得したわ」

「そうよ。分かってもらえたかしら?」

「そう…だったんだ…ということは、今ここにいる彩は、わたしの知ってる彩じゃなくなってるということよね?」

 うっ…それを言われると…。

「そう、なっちゃうかな」

 女子は「ふう」と一息入れて目をつぶり、キッとあたしを見据える。

「だったら、何も伝えることはないわ。何を伝えても余計なことだもの」

「そんなことない!」

「じゃあ例えば、当時の彩はとても楚々として上品でかなり物静かだった、と言ったらどうするの?これからの彩に何か影響するの?」

 …そうだ…過去のあたしを知ったとしても、それで今のあたしがそれをなぞらえるかは別の話になってしまう。

「それは…わからないわ」

「わからないなら、そのままで居たほうがいいでしょ。だからごめん、わたしからは何も言わない」

 彼女の言うことは正論だけど、だからといってとても納得できるものではない。

 せっかく昔のあたしを知ってる人と再会したというのに、あたしがどういう人柄だったのかは前と変わらず、闇に閉ざされてしまう。

「それと彩自身がよくわかってるみたいだけど、記憶喪失のことは誰にも言わないほうがいいわ。つけ込まれて利用されるだけよ」


「あいつ…三年より以前の記憶が無い…だとー?」

 偶然通りかかった逆毛金髪の男は、出るに出られずビルの物陰に身を潜め、小さくつぶやいた。

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