第9話:否 -abandonment-
は~、ホント最悪。
ベッドへ倒れ込むように体を預ける。
バイト先にあたしたちが付き合ってるってバレちゃった。付き合ってるのは偽だけど。
最近、あたし
お互いが嫌っているのに付き合ってるって、何かいびつなんだけど。
ごく自然にバイト先のレストラン居室で
それも指を絡ませる恋人つなぎという、疑いの余地がない決定的な形で。
自分の居場所を守ろうとする意識が強くて、半ば義務感で場所を選ばず陵と無意識のうちに手をつないでしまった。
「今日は厄日だわ…マジで」
ますます外堀が埋まってきていて、かなり別れにくい状況になっている。
いまだかつて一日がこんなにも長いと感じた日はない。
そういえば今日帰りがけに陵のWhisper(ウィスパー)アカウントを教えてもらったんだっけ。
昨日は『今日から
『彼女の彩さんが声をかけてきたら無視しないこと。仲良くしろとまでは言わないけど、無視したら俺が黙ってないからね(はぁと)』
最後のハートマークを見て、思わず無言で画面を叩き割りたくなる衝動を何とか抑えこんだ。
「あいつなりに、あたしが居場所を無くしてしまわないように気を回してくれんだ」
結構いいところあるんだ…まあ<完璧超人>だしね。
「って!あいつのことなんか好きじゃないんだから!」
大きな独り言を口にしながらベッドの上で起き上がる。
「好きなんかじゃ…ない…」
なのに、なんでこんなに胸が苦しくなるの…?
「で、なんで今朝もあんたがそこにいるのよ」
ジト目で陵に言葉をぶつける。
登校時間になって、玄関を出たらそこに陵が当然のように待っていた。
「一度やってみたかったんだ。彼女と朝から一緒に登校ってやつをね」
「昨日もやったじゃない。すでに『一度』じゃないわよ」
「そうだったかな?いいから行こう」
すっとぼけたまま、陵は隣に来たあたしの腰に手を回してきた。
「痛っ!」
無言で手の甲をつねった。
「そこまで許した覚えはないわよ。調子に乗らないで」
「そうだった。ニセの関係だもんな、俺たち」
ズキッ!
心が痛む。
だから何で傷ついてるのよ、あたし。
初めからそういう約束で始めたんだから、ショックを受けるのは違うわよ。傷つく資格すらないわ。
気を取り直して恋人つなぎする。
「そうそう、夕べに陵のWhisperに投稿してたささやき見たわよ。あたしが学校で居場所を無くさないように書いてくれたんでしょ?ありがとう。さすが<完璧超人>」
一瞬、陵の表情が曇った気がする。
「彼女を守るのは彼氏の役目だ。当然のことをしただけだから気にするな」
今のは、何だったんだろう…?
曇った表情はすぐに消えていた。
「彼女思いの彼氏で嬉しいわ」
白々しく言ったけど、その曇った一瞬の表情がずっとあたしの心に引っかかってしまう。
「そういえば陵って、金髪ツンツン頭のヤンキーが友達ってほんと?自分でコーなんて呼ばせようとしてたけど」
「ヤンキー言うな。
「光畑…?」
「幼稚園くらいからの付き合いだ。彩の体操着を捨てたあの二人には厳しく言っておいた。それに美術部でした宣言とささやきを合わせて、多分もう二度とちょっかいを出されることはないだろう。それでも肩身狭い思いはさせてしまうだろうけど」
本当に友達だったんだ。
「あいつはある意味で俺の分身と言えるかもな」
「それ、どういうこと?」
「まあいずれ教えるよ」
「おはよう」
教室に入ってすぐの挨拶は無視されることも覚悟していたけど
「おはよう」
あまり感情がこもっていないとはいえ、返事をしてくれるだけマシだと思うことにした
予想はしてたけど、元々敬遠されているあたしだから、陵との関係をひとしきり聞いて満足した女子たちがあたしに絡んでくることはない。
ただ一人、留穂を除いて。
一人であっても普通に話ができる友達がいるありがたさがこうして身に沁みるなんて思わなかった。
陵の仕掛けが機能しているなら、あたしが女子に話しかければ答えくれるはず。
けど負担にさせるのも気が引けるから、どうしても必要な用事以外で声をかける気にはなれない。
「それじゃお昼行こ」
「ぅん」
「彼氏差し置いてそれはないだろ」
「誰がカ…」
振り向きもせず、つい口に出かかった言葉を飲み込んで
「そうだったわね。付き合いたてだからうっかりしてたわ。留穂も一緒でいい?」
留穂が一人になってしまうのは嫌だから、3人で行くことを提案する。
「いいよ」
中学の卒業を機に告白してきた男子と付き合ってる留穂は、高校で別々の道を歩んでいる。
そしてあたしと一緒にいるせいで、あまり友達を思うように作れていない。
だから留穂を一人放り出すのはあたしの本意とは異なる。
けど本人はむしろ放り出されたほうが、自分の意思で動けるから友達を作りやすいと思っているかもしれない。
とはいえ、それを本人から聞いたわけではない。
遠慮しているのか、あたしと一緒にいたいだけなのかはわからない。
学食で食券を買って3人で卓に着く。
「ところで留穂」
「何?」
「いつもあたしといるけど、クラスに友達できたの?」
「うーん、できたとぃぇばできたし、できてなぃとぃぇばできてなぃかな」
「何よそれ」
陵は黙って成り行きを見ている。
「わたし自身、その人を友達と分類してぃぃのかわからなくて」
「距離を感じるってこと?」
「そぅでもなぃかな。彩の存在が人を遠ざけちゃってるのかも」
結局あたしのせいか。
「だったらあたしといないほうがいいんじゃない?」
「ぅぅん、彩と一緒にぃるのは自分の意思だから」
「
「そういえば瑠穂は陵に今のバイト先をおすすめしたんだっけ?」
テーブルの下で向かいにいる瑠穂をケツンケツンと軽く蹴りながら話を続ける。
「彩…その笑顔怖ぃよ」
「あれがどういう意図かわからなかったけど、話に乗ってみてよかったな」
「陵、後でお話しましょうね?」
「顔が笑っていても額に青筋立ってるのは怖いぞ」
ここではできない話だし、声を荒らげて口喧嘩を始めるわけにもいかない。
穏便に済ませないと、バレて余計に困るのはあたしだし。
「それにしても今って彩はぃやがらせ受けてなぃんでしょ?」
「ええ、あまりよく思われてもいないけど」
「他の女子と仲睦まじく、というところまでは難しいと思っていた。できるのはせいぜい無視されないようにするところまでだろう」
「それについては感謝するわ。でも必要以上に仲良くなろうとするのはやめるつもりよ。今でさえよく思われてない中で、空気読めないヤツなんて思われたくないもの」
「そうか。女子から不当な扱いを受けたら抱え込まずに言ってくれ。できる限り対応するからさ」
「それが陵と付き合ってることに関係しているならね」
「俺が関係してるかを確認する意味でも、だ」
あたしを嫌っていつつも、彼氏役としてしっかり演じてくれるらしい。
陵はたくさんの女子を相手するのは疲れるって言ってたから、彼を嫌っていて扱いやすいあたしを手放したくないってところかしら。
少なくともあたしたちの利害は一致している。
とはいえあたしは彼の事情に巻き込まれた側だから、どう考えても割に合わない。
それでも、もう引き返せないからこのまま突っ走るしかない。
「そう、あたしが解決できそうになかったら言うことにするわ」
「ほんと相変わらずの跳ねっ返りぶりだな」
「あたしはあたしよ。媚びるのは趣味じゃないわ。それが例え彼氏の前であっても」
「そういうところで遠慮しなくて済むのは助かる」
やっぱり、扱いやすいと思われいる。
女子同士のつながりというのは恐ろしいもので、感情本位で物事を判断するし、すぐに噂として広まるから、迂闊なことをすればすぐに立場が悪くなってしまう。
現にあたしはかなり敬遠される存在として認知されている。
一番の懸念は瑠穂を巻き込んでいることだけど、当の本人は気にする様子がない。
でもあたしと仲良くしているから、と避けられている様子は見られないから、瑠穂なりにうまくやっていけているのだろう。
おしゃべりしながら食べ進めて、ひと心地ついたところで瑠穂は席を立つ。
「それじゃ、ぉ二人でごゆっくり」
「ちょ…」
瑠穂が立ち去って、こうして二人でいると周囲の目線が気になる。
やっぱり彼は人気なんだな、と思い知らされた。
そんな彼とウソの関係を続けているのはやっぱりとてもマズい。
だったらいっそ本当の関係に…って、何を考えてるの!?陵なんて嫌いよ!
「それじゃ俺たちも行こうか」
そう言って、席を立った陵はあたしの手を取り立ち上がらせる。
そのまま手をつながれて食堂を出ていく。
「陵、もしかして気を遣ってくれてるの?」
「どういうことだ?」
「あたしを人目の少ないところへ連れ出すという、ね」
食堂から離れるにつれて、ざわつきは少なくなっていく。
「考えすぎだ」
あっさり否定はされたけど、あたしはそれでピンときた。
やっぱりあたしが周りの視線を気にしているのをわかっていて連れ出したんだ。
ありがとう
口に出かかって飲み込んだ言葉。
陵が否定するんだから、察したことを教えるのは違う気がする。
やっぱり、こういうところがあたしは弱い。
最初に困っていたところを助けてくれたさりげなさ。
そして今回も。
始めはチャラ男と思っていたけど、実は違うのかもしれない。
少なくともかゆいところに手が届くさりげない気遣いはできている。
…ううんっ!あたしは陵が嫌い!
陵も陵自身を嫌っているあたしだから追っかけよけとして利用している!あたしは美術部とバイト先で彼目当ての女の子が来なくなる!これで利害関係は一致!
…って、これ結局は陵がすべての原因じゃない!!ふざけるんじゃないわよ!!
そんなことを頭の中でぐるぐるしながら、あてもなく歩いていたら昼休みが終わってそれぞれの教室へ戻った。
やっぱり陵はあたしにとって災害以外の何者でもないわね。
そうとは知らずに、それ以前に陵だと知らなかったとはいえ、彼に思わず少しでもときめいてしまったのは不覚としか言いようがない。
それが今やウソ彼とウソカノの間柄になっているとは何とも皮肉な話。
放課後、部室に行くとやけに静かな空間になっていた。
すでに部長、副部長と元部長の三年男子に女子部員がいる。他にスケッチブックの落書きをした三人。
つまり元々いた美術部員に加えて三人という状態。
「こんにちは」
部員に対して挨拶する。
奥にいる部長がたくさんの書類を束ねてトントンと面を揃えていた。
まさか…。
「蝶名林さん、ちょうどよかった」
「やっぱり。それ退部届ですか?」
「ええ。殆どの部員が辞めていったわ。そこの三人と、あなたの彼氏を除いてね」
「そうですか。やっと静かになりますね」
ちょいちょい、と小さく手招きする部長。
あたしは顔を近づける。
「せめてあの人が退部届を出すまでは演じきりなさいよ」
ギクッ!
心臓が飛び出しそうなくらい、鋭い耳打ちをしてきた。
「何の話ですか?」
冷や汗を流しつつ極力平静を装って答えた。
「とぼけるならいいわ」
これは間違いなく見抜かれてる…。
あたし、何かヘマやらしたかしら?
ちょうどこの時に陵が部室に姿を現したから、近くに歩み寄る。
「ねえ陵、部長にバレてるみたい。あたしたちの関係…」
「ああ部長には他言無用で伝えてある」
あんたが自らバラしたんかぁ!!
それじゃあたしが嘘つきになるじゃないの!
急いで部長の元に駆け寄って、ついさっきとぼけたことを訂正して謝った。
それじゃもし察した以外で周囲にバレた場合は、部長が漏らしたということで特定できるわけか。
「まったく、なんてことするのよ」
陵の側に戻って抗議する。
「せめて部長にだけは筋を通すべきかと思ってね。そもそも疑われていたのもある」
…部長、なかなか鋭いわね。
いずれにせよ、やっと落ち着きを取り戻した美術室であたしは新調したスケッチブックを開いてデッサンに取り掛かる。
これで当事者以外でウソカップルを知ってるのは瑠穂、姉、部長ということか。
怒金髪天のコーくんはどうなのかしら。
心配事は絶えないけど、これで今あたしが求める最もベターな状態にはなった。
陵の思惑にハマっている気がするのは、心穏やかではいられそうもないけど。
ほんと、陵が何を考えてるか分からなくてイライラする。
…いや、何を考えていてもいいじゃない。嫌いなんだから。
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