第7話:抱 -swearing-
「
怖い。
ものすごい剣幕で迫ってくるクラスの女子たち。
登校中に
さっそくそれを使う時が来たらしい。
「別に大したことじゃないわよ。部活が同じで、さらにバイト先のファミレスで出勤初日が時間まで同じだったから、運命を感じてお互い自然に惹かれ合ったという話に過ぎないわ」
「そのファミレスどこ!?」
「もうスタッフ募集は終了してるわよ」
「え~!?」
「まさか蝶名林さん、彼がその募集に応募してたのを知ってたの!?」
入れ代わり立ち代わりで食い気味に迫ってこられて、かなり辟易し始めてきた。
けどここで濁したり癇癪を起こすと台無しになってしまう。
「全く知らなかったわよ。当日に初めて同じバイトに入っていたのは衝撃だったわ」
「おいおい、俺の彼女をあまり困らせないでくれよ」
後ろから聞き覚えのある声がかかる。
「初めてだったんだ。俺から一人の女の子を追いかけたくなったのはね」
キュッキュッと靴底を鳴らして近づいてきた。
「お互いにびっくりしたんだよね」
「そうそう。なんでお前がここにいるっ!?てね」
ポンと肩に手を置かれる。
あまり馴れ馴れしくしないでよ、と思いつつも、内心はドキドキが止まらない。
「本当に二人って付き合ってるの?なんか不自然に見える」
集まっている女子の一人が疑問を投げかけてきた。
なかなか鋭い。
「本当さ。まだ昨日から付き合い始めたばかりでね、ちょっと距離感が掴みにくい感じはするかな」
しかし難なく月都美くんはそれをかわす。
「だったらキスして見せてよ。恋人なんだからできるでしょ?」
ギクッと胸が跳ね上がった。
まさか…いや、こいつなら今すぐやりかねない!
あたしのファーストキスが、まさかこいつに奪われるなんて真っ平御免よ!
「したいのは山々だけど、さすがにそれはガッツキすぎに思われちゃうよ。君は付き合い始めて24時間も経たない内から彼氏とキスしたくなるかい?」
言い出した女子は「うっ」と痛いところを突かれたような顔をしたかと思えば、すぐ真顔に戻る。
「ま…まあ、確かにそれは早すぎるかもしれないね」
「だから今のところはこれで我慢するつもりだ」
と言って、あたしは月都美くんの両腕に挟まれて、ギュッと体が密着する。
『えええ~っ!!』
と声が一斉に上がった。
「なんであたしがこんな目に遭わなきゃならないのよ」
ぼそっと月都美くんだけに聞こえる声量でこぼす。
けど吐き出した言葉と裏腹に早鳴る心臓の鼓動が伝わってしまわないかと心配になってしまう。
「抑えて抑えて」
そして事情を全部知っている留穂は、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてこの様子を眺めている。
「ほんっと最悪」
クラス女子による怒涛の質問責めが終わっても、周りから突き刺さる視線は何も変わらない。
そして予想していたことが起きる。
「ほんと、古典的で幼稚な手口ね」
体操着が袋ごと焼却炉に放り込まれていた。
幸い放課後まで着火はしないから、袋が灰まみれになるだけで済んだ。
「よー、話題の人ー」
女子に少しうんざりしてたところに、知らない男子の声が耳に入ってくる。
「誰よ。またあたしをからかいに来…」
言いかけて、あたしは絶句した。
言葉を失ったのは、その風貌に驚いたから。
一番目を引くのは頭。
重力を無視したトゲトゲ金髪に、これまで2~3人は確実に
身の危険を感じたあたしは、腰を少し落として身構える。
ただで殺られるわけにはいかない。せめて誰の差し金でやってきたのかくらいは聞き出しておかないと。おまけにここは人目もないから、仮に負傷して倒れてもすぐに助けは来ない。
「あたしをどうする気?」
「おいおいー、何警戒してるんだー?お前の彼氏に頼まれたんだよー。彼女の身に危険が迫らないようにってさー」
口では何とでも言える。こうして油断させておいて、近づいてきて刺されても不思議はない。
「安心しろー。これ以上近づかねえからさー」
そう言って、金髪男は両手を肩の高さで手のひらを広げてひらひらさせる。
間合いは5メートルほど。
走って逃げるにしても、後ろはもっと人目の無くなる移動教室棟の校舎裏。おまけに砂利道だから足を取られる。
人目のある場所までは全速で走ってもおそらく3分はかかる。
女の足で逃げ切れるほどの距離ではない。
となると逃げるような素振りをして、あいつの背中側…あたしが今向いてる方へ行くしか無い!
すれ違いざまに捕まらないよう、距離を取って身をかがめて…。
「それやったやつのことを教えてやるよー。二人組で一人は茶ロングのウェーブでー、もう一人は肩くらいのゆるウェーブで金メッシュ入れてたなー。クラスや名前も知らんがー」
それを聞いてハッとなる。
クラスメイトにその組み合わせでいつも仲よくつるんでる女子がいる!
その一人が今朝の質問責めしてきて『キスして見せてよ』と言ってきた。
「じゃーなー。ダチの彼女ー。以後『コー』とでも呼んでくれやー。今回の件はこっちからも伝えとくぜー」
言い終わると背を向けて姿を消した。
「っ!はー…」
めちゃくちゃ緊張した。体の力が一気に抜ける。
本当に月都美くんの友達なんだ。
いずれにせよ、味方がいてくれるのは助かる。
にしても月都美くん、ずいぶんタチの悪い友達を持ってるようね。
灰にまみれた袋で中身に灰は無かったけど、体操着に袖を通した際に灰臭さが鼻を突いたのは蛇足。
放課後。
こんなに一日が長いと感じたことは今まで無かった。
よく物が無くなる日だった。
あたしがどれだけ困っているかを思い知らせるために、月都美くんへDirectアプリのメッセージで
彼の気を引きたいわけでは決してない。
部室の美術室へ行くと既に部員が押しかけていて、何やら騒ぎが起きている。
ウソ彼を囲むようにしている女子部員を横目に、あたしはカバンを置き去りにするのはやめて、スケッチブックを取りに行こうとしたら、そのスケッチブックがない。
「これやったの、誰だ?」
月都美くんが部室全体に聞こえるような声量で呼びかけている。
見ると、彼の手元にはあたしのスケッチブックがあった。
っ!?
そのスケッチブックに心無い落書きがされていた。
『ブス』だの『泥棒ネコ』だの『死ね』などと大きな墨で書かれている。
部員の誰も口を閉ざして目を合わさない。
「正直に申し出ればおおごとにはしない。一旦目をつぶることにする。それで、こん中の誰がやったんだ?」
バサバサとスケッチブックを振って音を出す月都美くん。
「名乗り出ないならこっちで勝手に暴くぞ。ダチがこの部室に仕掛けてくれたビデオカメラがここにある。これを見れば誰がやったか分かるからな。今再生して…」
「ごめんなさい!わたしたちがやりました!」
女子部員の三人が慌てて前へ出て頭を下げた。
「…謝る相手を間違えてないか?」
乾いた声で指摘され、三人は月都美くんから落書きしたスケッチブックを受け取ってあたしの方へ向かってくる。
「今は何も言わないで。部室を出ましょう」
「は…はい」
三人が後ろをついてくる。
部室を出て振り返ると、部室のドアに女子部員が大勢べたりと貼り付いているのが実にシュール。
けどあたしはさらに進んで曲がって姿が見えず声の響きにくい場所まで行く。
「このあたりでいいかしら」
「あの、ごめんなさい!わたしが言い出してやったことなんです!謝って許されることじゃないって、わかっています!」
「調子に乗って悪ノリして、一番落書きしたのはわたしです!罰するならわたし一人に…!」
「どんなことを書こうか口出ししたのは私です!どうか他の二人は…!」
三人がそれぞれ別の役割で動いていたわけね。
「これはあたしが美術部に入った時に買ったものよ。絵がうまくなりたくて基礎を固めるためにデッサンした努力の足跡なの。分かる?」
「わかります!信じてくれないかもしれませんが、手を付ける前は
「躊躇っている彼女の腕を掴んで最初に筆を落とさせたのはわたしです!」
「中身を見て止めようかと思ったけど、言い出した手前、引っ込みがつかなくて…」
「それで一度汚した後は、みんなで揃って踏み越えてしまって、止まらなくなったということね?」
『本当に、ごめんなさい!』
三人で示し合わせたかのように声が重なり、揃って頭を下げていた。
「もう、こんなことしないって約束してくれる?」
『もちろんです!』
再び三人の声が重なる。
ポン ポン ポン
閉じたスケッチブックの平面で下げた三人の頭を軽く叩いた。
少なくとも、悪いと思う意識が手を付ける前にはあったと分かっただけで、これ以上強く責める気にはなれなかった。
「だったらいいわ。これで許す。部室に戻るわよ」
どこかモヤモヤする後味を残したまま部室に戻ると、月都美くんはメガネをかけていた。これは話しかけるなという意思表示。
けど仮にも彼女となったあたしには当てはまらないはず。
「何してるの?」
「仕掛けていたビデオを再生している。この3人、最初に手をつける前はお互いにお見合いしてたようだな」
さっき聞いた証言とも一致する。
包み隠さず正直に話してくれいていたんだ。
「それでどう落着したんだ?」
「事情を多分全部聞いたわ。最初に手を付ける前は躊躇っていた。一度手を付けたら止まらなくなった、とね。反省してたから、スケッチブックの平面で軽く叩いて終わりにしたわ」
「ビデオを見る限り、そのようだな」
『でも、これさすがにまずくない?』
『大丈夫だって。誰がやったかなんてわからないよ』
『なんか罪悪感~』
三人が落書きを終えてスケッチブックを戻そうとしている時の声が入っていた。
どうやら終わった後も、悪いという意識はあったらしい。
「あ~あ、一気に冷めちゃったな」
「もうこの部に居る意味なくない?」
「だね。居ても見せつけられるだけだし、辛くなってくるよ」
と、彼を追いかけて入ってきた女子部員たちは、勝手なことを言い始めている。
「これで少なくともバイト先へ彼女らが押しかけてくることも無くなるだろう」
こっそりとあたしだけに聞こえる声量で聞かせてくる。
「そうみたいね」
「あと、かなり部員は減るな」
「それも織り込み済みよ。今は明らかに浮足立ってるし、このままじゃ落ち着いて絵も描けないわ。けど…」
「まだ何か懸念があるのか?」
「今後もこんな嫌がらせをされるのはゴメンだわ。割に合わない」
「心配しなくとも最後のひと押ししてやるよ」
「あたしと別れてあんたも大部分の女子部員と一緒に退部してくれるのが一番丸く収まるんだけど…」
「それじゃ次の部でまた同じことの繰り返しだろう?それに、別れたらまたバイト先へ押しかけられてしまうわけだが」
「…それも嫌な話ね。だったらあんたが美術部とバイトを同時に辞めれば…」
「
「あの…蝶名林さん…」
声をかけてきたのは、さっきスケッチブックにいたずら書きすることを言い出した役の部員だった。
「せめて、スケッチブックは弁償させてください」
「もういいのよ。それは終わった話でしょ。ページはほとんど残ってなかったし、そろそろ書い足す時期だったから、今日はもう部活諦めて買い出しに行くわ」
「そうか、なら二人で放課後デートと洒落込むか」
「じょ…」
冗談じゃない、と言いかけてとどまった。
危ない…油断すると口を滑らせてしまいそうだ。
「上質紙のものにしようかしら。けどザラつきのある紙質も捨てがたいかな」
とっさに自分でフォローを入れる。
「それじゃ、今日はこれから二人で買い出しに行くか」
「そうね」
話を合わせるのも大変ね。
「そうだ。みんなに言っておくことがある」
月都美くんは声を張り上げる。
「邪魔したい人はどんどん邪魔しにきてね。邪魔されるほど守らなきゃという使命感が強くなるし、より彼女への愛情が深まるからさ。俺の彼女にはちょっかい出されたら、全部を包み隠さず俺に話すよう言い含めてある。一人残らず落とし前をつけさせるから、手を出すつもりなら覚悟することだな」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、ウソ彼はあたしを正面からキュッと抱き締める。
月都美くんにこうして抱き締められる度に高鳴る心臓を握りつぶしたい気分になってしまい、そんな自分に嫌悪すら覚える。
「…まじうっざ…」
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