第4話:本 -nuisance-
「そぅぃぇば
アルバイトが終わった翌日。少々げんなりしながら自分の席に着く。
「なんで
「知らなぃわよ~。彩が興味を示したバイト先を月都美くんに勧めたりなんかしてなぃんだから」
「完全に棒読みでシラを切ってるんじゃないわよ!ったく、おかげで放課後が憂鬱よ。あたしがあのバイトをしようとしたのを知らないってのも嘘なのね」
「それは違ぅよ。彩がバイト探ししてることは伏せてオススメしただけ」
「るぅ…ほぉ…!なんてことしてくれたのよ!?」
ユラリと立ち上がり、留穂の後ろに回って握りこぶしを両こめかみに押し当ててグリグリ高速回転させる。
「ぃたたたたたたっ!」
昨日のバイト終わり。
「
店長から声がかかった。
「はい。ではお先に失礼します」
帰り支度を始めて、更衣室から出てきたところで再び店長がそこにいた。
「しかし女の子一人を夜道で帰すのは心配だな」
「なら俺が送っていきます」
「月都美くん、しかし…そういえば同じ高校に通っているんだっけ?」
「はい。部活も同じです」
「それなら安心だ。なら頼めるかな?」
「おまかせあれ」
「マジか…」
驚きのテンポでトントン拍子に話が決まってしまい、あたしの意思は置き去りになってしまった。
「それじゃ行こうか。お疲れ様でした」
バイト先のファミレスを客室から抜けていく。
「言っておくけど、あたしはあんたと一緒に帰ることは反対よ。店長の顔を立てて仕方なく一緒に帰るだけだからね」
「それなんてツンデレ?」
「つまらないこと言ってると蹴るわよ」
乾いた声で返した。
お店を出ると、もう真っ暗になっている。
「蝶名林さん」
「何よ」
「そのブラウス、裏表逆じゃない?」
「えっ!?」
慌てて服を見ると、本当に裏表が逆になってた。
「ちょ!それもっと早く言いなさいよ!」
あたしは顔を真赤にして、急いでお店へ戻って更衣室で表返して着直す。
再びお店を出ると、そこに月都美くんが待っていた。
「何よ。先に帰ってくれてよかったのに」
「店長から任されるんでね。それじゃ行こうか」
言っても聞かなそうだから、並んで歩き出す。
「それにしても蝶名林さん、器用だよな。ブラウスのボタンを掛ける時に気づきそうなものだけど」
含み笑いをしながらからかってくる。
「今すぐ忘れなさい。イライラしてて気づけなかったのよ」
「イライラの原因は何だ?」
「原因は目の前にいるわ。あなたよ」
「俺が?なんでだ?」
「言ってあげましょうか?ありすぎて言いたくないくらいよ」
「聞かせてくれ。善処できる何かがあるかもしれない」
「聞いてもしょうがないと思うけど、お望みどおり聞かせてあげるわ。まず前にも言ったけど、あたしが男を見る目無かったなと後悔したことが皮切りで、助けてくれたことは本当に感謝してるけど、あたしはそこから谷底へ突き落とされた気分よ。あなたが女の子に周りを囲まれていてもそれを良しとしているその神経が信じられない。あたしはそんなあなたを付け上がらせることに決して
「ずいぶんたくさんあるな」
「だから言ったじゃない。でもこれはあなたが明らかに絡んできていることだけにしてるから、本当はもっともっとあるわよ。聞かされたくなければ話しかけないで」
信号のある交差点を渡り、歩みを進める。
「本当はあなたにあたしの実家がどこにあるか知られるのなんて真っ平御免よ」
「それらを全部ひっくるめて解決する方法があるって言ったら、興味わくか?」
「全然。あなたに関わるとロクなことにならないから、早くバイト辞めて退部してもらって一切話しかけないでくれるのが一番助かるわ」
「やれやれ、ずいぶん嫌われたものだ」
「もうここまででいいわ。家はすぐそこだから」
「店長の顔に…どうなるんだっけ?」
「ぐっ…!」
言い返せず、結局家の前まで月都美くんを案内してしまった。
「親には引っ越しを検討してもらおうかしら」
「安心しろ。家に押しかけるようなことはするつもりがない」
「違うわよ。知られること自体が不愉快なの。お礼なんて言わないわよ。あくまでも店長の顔を立てるために着いてきてもらっただけなんだから」
「それなんてツンデ…」
バタン
イラつきが最高潮に達したから、皆まで言わせずドアを閉めて遮断した。
と、まあ何とも最低な気分にさせられてしまった。
これまでは朝から晩まで一日中楽しみだったけど、今や放課後から帰宅まで不愉快全開の状態になっている。
「彩って結局ぁの人が好きなんでしょ?」
「冗談じゃないわ。二度と関わりたくもない!」
「でも助けてくれた時はぃぃなって思ったんでしょ?」
「それがあんな女たらしじゃなければね」
「ただの女たらしが瞬時に気の利ぃた救ぃの手を差し伸べられると思ぅ?」
「留穂…何が言いたいわけ?あたしにどうなって欲しいの?」
「初志貫徹。それだけかな」
「冗談!あたしはごめんだからね!あれは単なる気の迷いってやつよ。
「早く彩には彼を射止めてもらって、ダブルデートしたぃな」
「いくら留穂でも、言っていい冗談と悪い冗談があるわよ?全く、留穂はこんなあたしでも煙たがらずに接してくれる貴重な親友だけど、恋愛脳が過ぎるのだけは困りものよ。あたしは
ぬふふ、と含み笑いをしつつ
「それで、彼氏に家まで送ってもらった気分はどぅだったの」
パチーン!
からかう気満々の嫌な笑顔で気持ち悪い冗談を飛ばす留穂に、あたしは言葉を返す代わりにデコピンをお見舞いした。
「ぃたーぃ…」
額を抑えて涙目になる留穂だった。
「おつかれー」
と、まだ人影まばらな美術部に入っていく。
「今日も張り切って部活に勤しむか」
嫌な予感…というか声に、あたしの動きが止まる。
「なんだよ。そんなに嫌な顔されると傷つくなぁ」
振り向いたあたしの顔を見て、隠そうともせずに言い放つ。
「って、今日は伊達メガネで登場なんだ?」
「そう。これなら部活中でも女子から話しかけられなくて済む。同じバイト先同士なんだから、親睦を深めようじゃないか」
「ごめん無理。他の女子部員とどうぞ」
スケッチブックを持って、一人デッサン対象を探して校内を練り歩く。
「俺は蝶名林さんと仲良くなりたいんだ」
「さてと、今日は何をモデルにしようかしら」
後ろからついてくる月都美くんを完全スルーした。
と、ここでスルーしてもバイト先では嫌でも話をしなければならない。
だからせめて部活くらいは話をせずに済むよう過ごしたい。
まだついてくる彼の後ろには、女子部員がぞろぞろとついてきている。
メガネをかけている時は話しかけてはいけない、とされているんだっけ。
だったら…。
「月都美くん」
「何だい?」
「そのメガネ、ちょっとかけさせて」
「これか?いいよ」
「ありがと」
あたしは手渡されたメガネをかけてみると、見え方に歪みは一切ない。確かに度は入ってない。
けど少しだけ目のチカチカが抑えられている気がする。UVカットでも付いてるのだろうか。
「ところであれ何?」
指さしたのは彼の後ろ斜め上。
振り向いた月都美くんは、メガネをかけてない顔を女子部員に晒すこととなった。
「それじゃそういうことで」
そしてあたしはシュタッと顔の高さに手を挙げて足早にその場を離れる。
「待てー!返せー!狙ってやりやがったなてめー!」
堰が切れたかのように押し寄せる女子部員にもみくちゃされている彼の姿を背にして、デッサンモデルを再び探し始めた。
意外に便利かも。このルール。
この行動は、彼に群がる女子部員に向けてのメッセージでもある。
彼と関わりたくないという意思表示として。
最終下校時刻になり、部室へ戻ってきた。
彼のメガネはあたしがしっかり持っている。
返さないためではなく、置いておくと誰かが持っていってしまうかもしれない可能性を考えてのこと。
「おい性悪女、メガネ返せ」
大勢の女子に囲まれつつ、あたしのところまでやってきた。
「少しずつメッキが剥がれてきたようね。言葉遣いに粗が出てるわよ」
ポケットからメガネを取り出して手渡す。
「あんな騙し討ちみたいなマネされて、心穏やかでいられるかっての」
彼がメガネをかけると、蜘蛛の子を散らすように女子部員が距離を取る。
これはこれでなかなか面白い画かもしれない。
「この後メガネを外すつもりはないから、みんな真っ直ぐ帰るといい」
距離を取った女子部員たちに抑えめの声で言い放つ。
「うそつき」
ぼそっとツッコむ。
「何がだ」
「バイト先で外すじゃない。今日もシフト入ってるんでしょ?」
「言うな。大勢でバイト先にまで押しかけられちゃかなわん」
こっそりとツッコんでくる。
「どうせすぐ噂になって押しかけられるわよ。それが嫌なら厨房に引っ込むことね」
「まさか噂ばらまいたりしてないよな?」
「しないわよ。あたしまで割を食うもの。もっと忙しくなるうえに、顔なじみだからと遠慮なく注文を受けるスタッフのチェンジ要望なんて聞かされたらカチンとくるわ。今はお店に来るお客さんに顔なじみがいないからともかくだけど」
「なるほど。しかしそのうち俺が君とチェンジなんて要望が上がってくるかもしれんな」
「それはないと思うけど、噂をばらまくことにメリットがないのにデメリットはたくさんあるわ。いい方向に向く要素が見当たらないもの」
こそこそと月都美くんと話をしているあたしに向けて、帰り支度をしている女子部員の鋭い視線を受けていた。
「で、なんであんたがついてくるのよ?」
ジト目で悪態をつく。
「同じバイト先に行くんだから当然だろ」
はぁ~
これ見よがしにため息をつく。
「どこかで【辞めさせ完全マニュアル】なんて本でも出てないかしら…」
あたしは死んだ魚のような視線をわざと逸しつつこぼした。
「おい」
絞り出すような低い声で絡んできた。
彼は<完璧超人>なんて呼ばれてるけど、意外に抜けているところが多い。
「ところであなたの親って金持ちよね?なんでバイトなんて始めたの?」
「ん?そうか。とうとうこの俺に興味を持ち始めたか。それはそうだろうと…」
「イラッとする口上はいいから答えて」
あまり触りたくないけど、彼の耳をギュッと引っ張って促す。
「わかったよ。正直お金なんて…って、耳をつまんだ手を汚物落としみたいな仕草で拭くな!」
「いちいちうるさいわね。いいから答えなさいよ」
注文の多い<完璧超人>をいなし(?)つつ、途切れた続きを促す。
「お金なんてどうでもいい。得たいものは労働という体験だからだ」
「チッ。お金だったらもっと時給いいところを勧めることができたけど、労働体験目的だと…」
「おい」
「いえ、労働体験という意味ならここでなくともいいわよね?」
「途中で放り出す無責任なことなんてしたくないからな。店長からは蝶名林さんの家送りまで任されてしまったし」
「ぐっ…」
返す言葉を失ってしまった。
「そういえばどうしてここを選んだのよ?」
瑠穂から事情は聞いていたけど、あえてそこは伏せておく。
「君の友達からバイト先を提案されてね。何か妙な含みがあったから、気になって話へ乗ってみたらこうなった」
どうやら瑠穂の言い分は間違っていなかったらしい。口裏合わせられていたらどうしようもないけど。
「話に乗ってみたら蝶名林さんがいて良かったと思ってる。これで毎日の放課後が楽しみだ」
「もしもし警察ですか今ストーカー被害を受けてます」
スマートフォンを取り出してまくし立てるような口調で通話のフリをする。
「おいこらやめんか前科者に仕立て上げようとするな」
今日もお客さんは主に都月美くん目当ての女性客が半分以上だった。
そして苦虫を噛み潰す思いで彼が自宅まで付き添…もとい、勝手に着いてきた。
後日、本屋で【辞めさせ完全マニュアル】を見かけた。
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