第2話:帰 -inconvenience-
「それ、運命の出会ぃよ!」
休み時間に廊下を歩きながら会話をしている。
「冗談じゃないわ。もう二度と関わるものですか!」
まさか少しでも心を惹かれた男の子が、いつもチヤホヤされてる話題の人だったなんて誰が予想できただろうか。
「確かに一瞬であたしが困っていることを察して助け舟を出してくれたことについては心が惹かれたわよ。けどそれがまさか女子を周りに侍らせていい気になってる男だったなんて、あたしの目はそこまで曇っちゃったかと思うと、嘆きしかないわ」
「それは誰のことを言ってるのかな?」
ふと後ろからかかった声に振り向くと、彼がいた。なぜかメガネをかけている。
レンズ向こうの景色がまったく歪んでいないところを見ると、伊達だろう。
「別に。あたしは男を見る目無いなと思っただけよ。それよりいつも鬱陶しいくらい取り巻いてる女子はどこに行ったのよ?」
ジト目で問いかける。
「いや見る目はあると思うぞ。このメガネをかけている場合は僕から話しかけない限り構わないでくれと女子たちに言ってあって、それを守ってくれているんだ」
「そう。あなた相当な自意識過剰みたいね。いつもあんなにチヤホヤされているとそのうち食傷するでしょうから、一人になる時間も欲しいよね。困ったあの時に助けれてくれたことはお礼を言っておくけど、興味本位であたしに関わると大怪我するわよ?」
「どう怪我するのか興味あるな」
なぜか食いついてくる通称<万能超人>。
「あたしに告白してきた男子で、あたしが少しでも興味を持った場合は一度だけデートすることにしてるの」
「それで?」
「結果はみんな告白を取り消してきたわ。素のあたしを知らないで勝手に幻想を抱いてるなら、
「ははっ、面白い人だな。表面だけ取り繕ってる人よりも、よほど好感を持てる」
「貸してくれたお金はもう返したわ。それとは別に助けてくれたお礼はするわ。ただし割に合わないと思った場合はもちろん見送らせてもらうし、割に合うと思ってもその結果があたしに不利な方向へ傾くと判断した場合はお断りするけど、持ちかけてくるのはタダよ」
彼はフフフッと笑みを浮かべて軽く目を閉じた。
「君は本当に興味深い。けどタダより高いものは無いという。お礼を求めるなら最初で最後となるよう、よく吟味させてもらうよ」
途中で目を開けてこちらを見てくる。
「そうね、そうしてくれると助かるわ。お互いに時間の無駄はしたくないもの。それで、まだ何か用事はあるかしら?そろそろチャイムの時間だと思うわ」
「いや、もう用事は終わりだ。引き止めて悪かったな」
「できれば、もう会わないことを願うばかりよ」
その男の子はメガネを外してから背を向けて立ち去っていった。
「ねえ彩、彼にケンカ売ってるの?」
「別にケンカ売ってるつもりはないわよ。ただ言いたいことを全部言ってやっただけ。それが受け止める相手にどう思われるかは興味ないわね」
余計な時間を無駄に取られて少し苛立ちつつ、瑠穗の問いかけに応える。
「そんなだから彼氏できなぃんだよ」
「言いたいことも言えずに我慢して抑え込まなきゃいけないくらいなら、彼氏なんていらないわよ」
実際、多分外見だけで好意を寄せてきたであろう男はみんな、一度のデートで離れていった。
「はぃはぃ。でも彩って一度恋したら凄そぅな気がするわよ」
「ま、どう思ってくれてもいいけどね」
「それにしても、すごぃ余裕だったよね」
「黙っていても女の子が寄ってくるから、あたしに構うだけ無駄と思っただけでしょ」
「はい全員席に着くことー」
授業担当の先生が来て時間切れとなった。
「瑠穗、それじゃ行こうか」
「ぅん」
授業が終わって放課後。
いつものとおり美術部の活動場所である美術室に向かう。
「どうするのよ!これ!?」
「受けるべきか受けざるべきか…難しいわね」
美術室の部長と副部長がなにやら盛り上がって…というより思い悩んでいる様子だった。
「部長、どうしたんですか?」
「どうもこうもないわよ!あの
興奮気味に二年の副部長が教えてくれる。
「迷う理由は無いわ。受ければいいじゃない。来る者拒まずでしょ?」
「あの人が入ってる部活がどうなってるか知ってるでしょ!?」
二年の部長が困ったような様子でいる。
噂では彼を追いかける形で女子が沢山入ってきて、内部分裂を始める、だっけ?
「正当な理由なく入部届を拒否することはできないはずよ。拒否するなら正当な理由を考えなきゃ」
「理由ならあるわ。彼が入った部はメチャクチャになる前例があるから」
それは聞いたことがある。確か今はテニス部がそうなっているはず。
その前は卓球部。さらに前があるらしいけど、知ってるのはそれくらい。
一週間くらいでグチャグチャになって、追い出される形で部活を辞めているとは聞いたことがある。
今度は美術部がその憂き目に遭うかもしれない瀬戸際ということ。
「いいじゃない。受ければ。グチャグチャになったとしてもこれまで短期間で辞めてるわけだし、一度出ていってくれれば二度と来ないでしょ」
「…それも…そうかな?」
「そうよ。一時的に混乱すると思うけど、長くても月内で居なくなるはずよ」
あたしは入学したてで部活に入って間もないけど、歯に衣着せぬ物言いをすることと、人数はわずか六人だから意見しやすい環境になっている。
黒一点の三年がいるけど、半年程度で受験退部するという理由で部長の座を譲っていた。そして部の方針には口を出さないから話の輪に入ってこない。
「元部長はどう思う?」
部長はそれをわかっていながらも、部が一時的でも混乱することについてどう思うか意見を求めたいのだろう。
「異論はない。蝶名林さんの意見と同じだ」
もう一人の部員も、あたしの意見に賛同したことで反対者がいないため、入部届を受理することが決まった。
男子一人に対して女子五人という偏りだけど、部員の女子はみんな月都美陵に興味を示していない。実は興味があるとしても、特別な仲になると後が怖いという理由もあるらしい。
「それじゃ、あたしたちはデッサンしてるわね」
「デッサンばかりじゃなくて絵具も使ってみたら?」
「前へ進む前に基礎を固めておきたいのよ」
二人でいつものとおり置物とにらめっこを始めた。
「予想どおりね…」
げんなりした顔で部室を眺める部長。
翌日から女子の入部届が殺到して、一気に部室がすし詰め状態となった。
今どきの寿司はそれほど詰まってないけど。
半分くらいは部室に入り切らないという理由で入部届を差し戻すことになったのはまた別の話。
「月都美さん!デッサンモデルになってください!」
「ずるい!わたしも!」
こんなノリで黄色い声が部室を埋め尽くしていた。
「どこへ行くの?」
スケッチブックを持って部室を出ようとするあたしに気づいて、瑠穗が問いかけてきた。
「こんな手狭で騒がしい部室じゃ集中できないわ。デッサンなら部室でなくとも、そこら辺にあるものを描けば済むから、完全下校時刻寸前まで部室を出ていこうかと」
「ならわたしもぃく」
「うん、それがいいと思う」
月都美は部室を出ていこうとする彩を視界の端で捉えていた。
「ここがいいわね」
「これは難しくなぃ?」
キラリと反射する柵の前に座ってスケッチブックを開く。
「ツヤのある金属も描いてみたいと思っていたのよ」
金属を描くコツは、明るいところと暗いところの境界がハッキリ分かれているところを、どう表現するか。
「嫌ならその奥にある柱でも描けばいいんじゃない?」
「ぅん、そぅする」
そう言って瑠穗は少し奥の方へ足を進めて腰を下ろした。
シャッシャッと鉛筆を走らせる二人の素描音と、遠くで聞こえる運動部の掛け声が耳に入ってくる。
時折吹き抜ける風に煽られてザザザと音を立てる葉擦れの音が心地良い。
美術は向き合うべき対象が自分自身というのが持論としてある。
人がどう感じるのか、感じさせたいのかではなく、自分がどう感じたのかを他人に伝える手段として美術という媒体を使って表現する。
「こんなところにいたのか。探したぞ」
デッサン対象としている柵を背にして、一人の男子が立ちはだかった。
立ちはだかったのは月都美くん。
「邪魔。どいて」
何の感情も込めずに淡々と言い放った。
「話をしたいんだ」
「お礼の話?」
「いや、同じ部員として親睦を深めたいと思ってね」
「どうせ一ヶ月も保たずに退部するんでしょ。だったらそんなことをする必要性を感じないわ。それよりあなたを取り巻いてた女子はどこに行ったのよ?」
変わらずその場でデッサンの邪魔をし続けている。
「男子トイレまで着いてくるか?と言ってやっただけ。誰も着いてこなかった」
「だったら早く戻ってよ。こんな無駄話をするために部活動へ参加されても迷惑なんだけど」
「へー、うまいもんだな」
デッサン対象を遮る邪魔をやめたと思ったら、今度はあたしの後ろに回ってスケッチブックを覗き込んできた。
「話聞いてないわね。気が散る。あっち行って」
「それじゃ同じものを描いてみるか」
「あっち行ってと言ってるのに聞こえないの?」
わざわざあたしの隣に座ってデッサンを始める月都美くん。
サササッと鉛筆を走らせたと思ったら、まるで写真かと思う程のリアルさで金属柵を描いている。
描き始めたばかりで描き込み量が足りないためか、淡く薄いと思えるけど、素人目でも巧いと思えた。
さすが<万能超人>と呼ばれるだけはある。
けどあたしには関係のないこと。いくら気が利く人であっても、チャラ男と関わる気はない。
「うーん、難しいな。描き込むほどバランスが取りにくい。蝶名林さんはどうやってるんだ?」
「話しかけないで。気が散るわ」
「ああっ!いたっ!!」
黄色い声が上がったと思ったら、次々と女子たちが駆け寄ってくる。
「月都美さん!こんなところに居たんですか?」
「えっと、部室から出ていった女子部員がいるわ!あなた月都美さんの何なの!?」
あたしに対してかけられた言葉だろうけど、無視してデッサンを続ける。どうやらあたしは名前すら覚えられていないらしい。
けど再び視界が遮られて、柵が見えない。
「デッサンの邪魔よ。あたしの前に来ないで」
冷たく言い放つと、目の前だけ視界が開けた。
「あたしは元々美術部よ。あなたたちみたいに誰かが入部したからと追いかけて入ってきたわけじゃない。どうせ誰かさんが退部すると追いかけて退部するんでしょうけど、別にそれを止めるつもりなんてないわ。だったらせめて元々美術部に居た人たちへ迷惑かけないで」
シャッシャッと再び鉛筆を走らせているあたしを見て、ヒソヒソとあたしの悪口を吐き出しているのがわかった。
「聞こえてるわよ。陰口はもっとこっそりやりなさい。聞かせたいなら堂々と大きな声でやればいいわ。中途半端が一番ダメね」
そう喋りながらも、あたしはデッサンを進めている。
集まってきた女子がざわざわとし始めた。
「蝶名林さん、どこへ行くんだ?」
デッサンをやめ、スケッチブックを閉じて立ち上がったあたしに声をかけてくる月都美くん。
「こんな状態じゃ落ち着いてデッサンもできないから場所を変えるわ。あなたは付いてこないで。またこんな騒がしいことになるから」
こんな騒がしさも一~二週間程度で終わり、と割り切っているあたしはスケッチブックを持ってその場を後にした。
野次を飛ばす人と、月都美くんに話しかける人はその場から動かなかった。
「ねぇ彩」
「何?」
「女子部員ほぼ全員を相手にぁれはさすがにマズかったんじゃなぃ?」
「いいのよ。どうせ短い付き合いなんだし、勘違いされても面倒だし、ナメられたくないもの」
近くで聞いていた瑠帆は、あたしが柵のデッサンをやめてその場を離れた後ろをついてきた。
「それにしても、どぅして月都美くんは美術部に入ってきたんだろぅね」
「知らないわよ。本人に聞けば?」
「女子が付きまとってるから無理だよ」
メガネをかけた…「構うな」の意思表示をしている月都美くんが目の前に立っていた。
「蝶名林さん、一緒に帰ろう…って、何その全力で嫌な顔は」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます