第2話 初顔合わせ

約束の13時少し前に慶太の家についた明美は

いま一度身なりを整えてチャイムを鳴らした。

「はーい、ちょっと待って」

慶太の声がモニター越しに聞こえた。


悦江には慶太から明美に離婚経験がある事などひと通り話をしてくれていた。

だがやはり離婚経験のある明美は引け目を感じてしまう。



玄関扉の向こうからバタバタと階段を降りてくる音が聞こえてきた。

「いらっしゃい」慶太が笑顔で出迎えてくれた。

「お邪魔します」笑顔で返すがきっと緊張で引き攣っていただろう。


緊張からくる動悸を抑えるように胸元に手をあてながら慶太の後につきリビングへ続く階段を登った。


廊下に出ると花と小鳥の形が彫られている透きガラスの扉が見えた。

晴れてきた空の光が差し込んでいて綺麗だ。

どうやらこの扉の向こうがリビングらしい。



慶太が扉を開け「お袋、明美さんが来たよ」と声をかけるとダイニングテーブルの椅子から悦江がゆっくりと立ち上がり「いらっしゃい」と笑顔で出迎えてくれた。


カウンターキッチンの前に置かれた家庭的な茶色い4人掛けのダイニングテーブル。

端っこに可愛いシールが貼ってある。

きっと慶太が結婚時代に使っていたものなのだろう。



「はじめまして。渡瀬明美と申します」


「いつもうちの慶くんがお世話になりまして、ありがとうね。さぁ、どうぞ座ってね」


慶くん。という呼び方に少し笑いそうになりながら買ってきたケーキを渡した。

「あの、ケーキ買ってきたので良かったら召し上がってください」


「あら、私ケーキとか大好きなのよ。わぁ嬉しい

わざわざありがとうね」


白髪染めしたてなのであろう真っ黒な髪を綺麗にブローして整えてある悦江は年相応の見た目だが笑顔がとても可愛らしい。

背は低く、ちょうどよい肉付きだが明美は悦江の服装を見て内心驚いていた。



上は黒いシースルーのカットソー、胸元だけ黒いインナーで隠れこそしていたものの胸元以外の素肌が完全にシースルー越しに透けて見えている。

下は白いミニの短パンで素足が太ももまで丸見えというなんとも露出が多くとても75歳の服装とは思えなかった。


「今お茶出すから座ってらしてね」

「あの、お構いなく」

悦江は小刻みな足取りでキッチンに向かった。


悦江は過去2回軽い脳梗塞を起こしていて、後遺症で小刻みな歩き方になってしまったとの事だったが

この程度の後遺症で済んでいるのは奇跡だと病院の先生は言っているらしい。


「さぁ、どうぞ」

冷たい麦茶をいただき緊張もほぐれてきた頃

悦江が古いアルバムを持ってきて見せてくれた。


慶太の子どもの頃の写真だ。

「懐かしいなぁ」なんて言いながらも慶太もアルバムに夢中になっていたが、そこには悦江のパトロンの写真もたくさん写っていた。

よくみんなで旅行に出掛けていたらしい。



悦江のパトロンに家庭があったのは慶太はいつ知ったのだろう。

母親が家庭のある人の愛人をやっている事に疑問は持たなかったのだろうか。



悦江はどの写真を見ても高価そうな服を着飾ってモデルのようにポーズを決めている。

そしてパトロンから寵愛を受けていたのが古いアルバムから伝わってくる。



その中に慶太の実父の写真もあった。

俳優さんのように整った顔立ちの実父。

慶太の彫りの深い顔立ちは父親譲りなのだろう。



悦江との離婚後、慶太の父も再婚し新しい家庭を築いていた。

実父とは慶太が小学5年生の時に一度野球に連れて行ってもらったきり会わずじまいで慶太が成人した頃に亡くなってしまったらしい。

慶太からすればパトロンが父親代わりのような存在だったのかもしれない。



「パパはイケメンだったのよね、売れない演歌歌手をしていて。だから経済力がなくて離婚したのよ」

悦江が唐突に話しはじめた。

「私が働いてるスナックに来てね、カッコよかったのよ〜。でもパパには当時奥さんがいてさ。

だから私が奪ってやったの」

薄い唇を尖らせ饒舌に話す悦江をみて明美は

今まで関わった事のない苦手なタイプだと思った。



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