第5話 谷崎潤一郎の痴人の愛

「谷崎潤一郎の『痴人の愛』ってどんな話か知ってる?」


 同じ講義を取ってる山本に聞いた。今は国際学概論の時間だ。本来なら一年生の時に履修しとかなければならない必修科目だった。山本と二人で三年連続で単位を落としていた。


 卒業までに単位が取れればいいんだと、試験で落とされる度に二人で慰め合い続け、ついに後がなくなった。今期で取らなければ卒業できない。

 出席を取らない事をいい事に、ほとんど講義に出ていなかったのが、落第の原因だが。


「真面目なサラリーマンがカフェのウェイトレスを手籠めにする話だろ」

「手籠めって?」

「無理矢理やって、自分の女にするって事だよ」

「そんな荒っぽい小説なのか」

「違いますね」

 マイク越しにハッキリした声がしてびっくりした。

 講義をしていた秀吉が言った。見た目が豊臣秀吉の肖像画に似てるから山本と二人でそう呼んでいた。

 いきなり秀吉がホワイトボードに『痴人の愛』と書いた。


「どんな小説か知ってる人?」

 秀吉が聞くが手が上がらない。

 教室には百人ぐらい学生がいた。


「呆れましたね。知らないんですか。文学部の学生だったら落第ですよ」と言ってから、秀吉は小説の話を始めた。

 

 山本が言った真面目なサラリーマンという単語はあってたらしく、その真面目なサラリーマンが、カフェでナオミという十六の少女に出会い、理想の女にしようと引き取って育てる。しかし、だんだん立場が逆転し、主導権を取っていたサラリーマンはいつの間にか、ナオミの肉体の魅力に負けて、ナオミに翻弄されるという話だった。

 秀吉は五分ぐらいで簡潔に説明してくれた。


「それで、『痴人の愛』がこの講義とどう関係あるのかね?」

 とどめの一言に何も言い返せなかった。

 山本と一緒に来週までに南北問題についてのレポートを提出する事になった。


「巻き込みやがって」

 山本に睨まれた。


「責任とれ」

「どうやって?」

「今夜の合コン、メンバーが一人来れなくなったんだ」

 普段は合コンなど行かないが、山本に物凄い眼力でにらまれ、断れなかった。

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