第3話 水曜日 あの人の働くレンタル店

 水曜日、あの人の働くレンタル店に行った。

 同じように動揺してもらうつもりだ。

 レンタル店でバイトしてる同じ大学の子が、アダルト商品のスキャンが一番イヤだと言っていた。DVDディスクにプリントされた挑発的な女性の裸体は、女性でも恥ずかしくなる代物らしい。女性店員のそういう反応がわかってて、あえて無人の精算機ではなく、レジで借りていく人がいるそうだ。そして、必ず女性がレジに立った時に借りるらしい。

 という話を聞いて、思いついた。

 同じ事をやってやろう。あの人がレジに立った時、山のようにAVを借りて行けば動揺するだろう。僕の事をのび太君(頼りなく弱い男)なんて思わなくなるだろう。

 よし。

 気合を入れて店に入った。「いらっしゃいませ」という女性の声がする。レジカウンターにさり気なく視線を向けると、あの人ではない人がレジにいた。


 敵は一体、どこにいる?


 DVDをチェックするふりをしながら、奥の棚に進む。旧作洋画コーナー、韓流コーナー、そして、旧作邦画コーナーまで見たが、あの人はいない。

 後はアダルト商品が置いてある18禁コーナーだけだ。

 まさか、この中か?

 18禁と赤字で書かれた黒いのれんの前で立ち止まった。

 実はここに入った事はない。

 AVとかはネット動画で済ませているので、レンタル店で物色した事はなかった。

 

 黒いのれんの先に進むのは少し気まずい。

 たかがのれんだが、鋼鉄の壁のように思える。

 ここで怯む訳にはいかない。

 向こうはコンドームを買って行ったんだ。

 こっちだって相当の仕返しをしなければ。

 

 周囲に人がいない事を確認して足を踏み込んだ。

 棚いっぱいにアダルト商品が並んでいる。

 客はいない。店員もいない。

 商品紹介の動画がコーナーごとに流れていた。音声は消えているが、合体シーンが延々と流れている。つい目に入る。

 動画の女優さんは黒髪で色白で小柄で、乳首もピンクで好みのタイプだった。

 音声はないが、脳内で喘ぎ声を再生しながら、男の上に乗って激しく腰を動かしまくってる姿を観賞した。メロンのような大きな乳房が揺れ、ピンク色の乳首を男が吸ったり、指でいじったりするとさらに気持ち良さそうな顔をして、声をあげていた。


 中々、興味深い。女優さんがどんな声をしてるのかちょっと聞いてみたくなった。

 その隣の画面には女子高生っぽい、女の子が制服のワイシャツを脱がされている姿があった。色白で目が大きくて、小動物のような可愛さのある女の子だ。しかし、女子高生には見えない。明らかに二十代だ。男にワイシャツを脱がされて恥ずかしそうにしてるのは何となく胸がくすぐられた。ワイシャツの下からはピンクのイチゴ柄のブラジャーが出てきて、幼さを強調してる。しかし、ブラジャーから出て来た乳首が黒かったので、見るのを止めた。女子高生を騙るならやはり乳首はピンクであって欲しい。

 で、その隣の棚は熟女コーナーになってる。着物姿のおばさんが着物の裾をまくり上げて、お尻丸出しで、後ろから突かれてる姿で、パッケージになってた。

 なるほど。熟女か。


 動画には四十代ぐらいのおばさんが出てきて、僕ぐらいの年の男にやられていた。全体的にむっちりとした体型で、色白で胸も大きいけど、脂っこい感じがした。

 若い男の子のモノを咥える姿にすぐにお腹いっぱいになってしまった。

 一通り、コーナーを見て、何を借りて行こうか迷う。

 やはり最初に観たやつがいいか。

 コーナー入り口の近くに行こうとした時、誰かが入って来た。

「あ!」

「あ!」

 目が合って同時に声を出した。

 入って来たのはあの人だった。

 両手いっぱいにDVDを抱えていた。

「いらっしゃいませ」

 彼女が笑顔で言った。

 制服の黒いポロシャツの胸元に名札があった。

“一”とだけあった。

 そのまま“イチ”と読むのか?

「来てくれたんだね」

 名札を凝視していると彼女が言った。

「別にあなたに会いに来た訳じゃ。今日は時間があったから」

「AVを借りに来たんだね」

 さらっと言われ、恥ずかしくなる。

「大丈夫よ。そういう事で幻滅する年じゃないから。遠慮なく借りて行ってね」

 なんでこの人は追い詰めるような事を簡単に言うのか。

 さらにメンタルがやられた。

 何か言い返してやりたい。

「スーパーでコンドームを買うぐらい大人ですもんね」

 言ってやった。どうだ、気まずいだろ?

 そう思った時、彼女が笑った。

「そうね。君より凄く大人ね。40だし」

 40――。

 熟女――。

 さっき見た若い男と絡んでいたおばさんが浮かんだ。

 同じ生物には見えない。彼女は全然若い。おばさんって言葉が合わない。

「佐々木君は二十歳ぐらい?」

「二十歳です」

「若いね」

 人懐こい笑顔を彼女が浮かべた。

「そうだ。この後、お茶しない?」

「え?」

「私、あと……」

 彼女は腕時計を見た。

「九分で仕事終わりだから」

「はあ……」



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