M1_④
後島那智が帰ったあと、ベンチに座っていた桜庭祥里と皆藤十六夜は〈スカイホッパー〉の中へと入った。今日は店じまいだ。電子錠を締め、バーだった〈スカイホッパー〉はたちまち犯罪請負人集団〈スカイホッパー〉のアジトとなった。
〈スカイホッパー〉はかつて京都の街を騒がせた大泥棒の名である。その大泥棒に、十数年前助けられたのがコントロール――六条響希であった。彼に助けられたことで京都の裏の世界を知り、そういった裏の京都と表の京都をつなぐ目的で作ったのが非合法バー〈スカイホッパー〉であった。
アジト兼バーとして使っているこのオンボロサークル棟の一部屋は、響希が自らの腕っぷしを使って当時入っていた謎の団体から無理やり奪い取ったものだ。それ以来、大学を卒業しても講師として残り続けている響希がずっと一国の主として守っている。
そう、コントロールこと六条響希は強かった。肉体も精神も。中学のときに、親の都合で海外に渡った彼女は、高校卒業後に「かっこいいから」という理由だけで軍隊に入った。元から並外れた身体能力を持った響希は、そこでめきめきと頭角を現すが、「これ以上自分はここではかっこよくなれない」と悟った途端、軍を除隊し、親と離れ単身日本へやってきた。そして「勉強ができたらかっこいい」という理由で京都に居を構えて京極大学に入学した。大学在学時にひょんなことから、当時はまだ現役で活躍中だったスカイホッパーと出会い、救われ、現在にいたる。そんな経歴を持つ。
そんな響希を姐御と慕ってやまないのが、〈スカイホッパー〉に居着き、京極大学を放学された男である高城永久だった。裏の名をクラッシュと言う。『世界一かっこいいファットマン』を自称する。その裏稼業は、京都の街を舞台に走り回るドラッグレーサーだった。永久が響希を姐さんと慕うのは、彼が主催していたドラッグレースに起因する。無敵のドラッグレーサーだった彼が、不意に現れたふざけた女――響希に完膚なきまでに敗北した。それだけの話なのだが、それ以来、永久は勝手に響希に対して絶対的な忠誠を誓っている。
そのふたりに捕まってしまったのが、後の覆面強盗ブラックシープとその相棒ミッドナイト――桜庭祥里と皆藤十六夜だった。
祥里が彼らに捕まったのは、彼がまだ中学を卒業するかしないかのとき。そして犯罪請負人ブラックシープとして活動させられるようになったのが、彼が京極大学に入学した五年前のことだった。
コントロール、クラッシュ、ブラックシープ、ミッドナイト。この裏の顔四人で結成されたのが、窃盗専門の犯罪請負人集団〈スカイホッパー〉だ。しかし〈スカイホッパー〉と表で呼ばれることなどほとんどなく、世間的には実行犯の名としてブラックシープと呼ばれることがもっぱらだった。
犯罪請負人とは、文字通り犯罪を請け負う人間のことを言う。請負契約なので、請け負った犯罪は完遂に向けて絶対的な責任を負うことになる。どんな手段を使っても、依頼された犯罪は成し遂げなければならない。それが犯罪請負だ。
人は法に縛られる。しかし、時には法を破ってでもやらなければならないことに直面する。法を破ってしまえばもちろん警察に捕まる。そこで人は、代わりの裏の人間を求めるのだ。犯罪請負人という裏の人間を。
コントロール――響希の目的は、裏の人間として裏の人間にしかできないことで裏表の人間を助けることであった。かつての大泥棒スカイホッパーが行っていた人助けだ。響希もまだ裏の顔を持たないときにスカイホッパーに助けられた。だからスカイホッパーと同じように、自分も自分にしかできないことで人助けをするのだ。
永久はそんな響希についていくと言った。祥里は当初、響希と永久に脅されるような形で参加することになったが、スカイホッパーの真実を知るにつれて「スカイホッパーを超えてやる」と自ら進んで犯罪請負人――覆面強盗ブラックシープの仕事を引き受けた。十六夜は祥里についてきただけなのだが、祥里と共にすでにスカイホッパーの実働部隊としてなくてはならない存在へとなっていた。
〈スカイホッパー〉四人による打ち上げ。久しぶりの依頼を無事に完遂し、そしてブラックシープが捕まる気配も今のところ見せていない。強盗としては完璧であったし、依頼人からの犯罪請負としても珍しく事件や事故もなく無事に終わったのだ。
酒を飲み交わすと言っても、実際に酒を飲むのは響希と永久だけだ。祥里はアルコールを一滴も飲まない。これからバイクを運転する可能性がほんのわずかでもあれば絶対に飲まない。犯罪請負人という犯罪者が何を飲酒運転ごときで、と思われるかもしれないが、酒で運転が狂っては意味がない。また十六夜も、未成年であることを理由に飲まない。祥里と十六夜は、妙なところで潔癖だった。なので、響希と永久がコロナビールを片手に、祥里はただの炭酸水を、十六夜はコーラを手に乾杯した。
「たった一回の仕事で大金持ちじゃねえか」
永久がカウンターに散らばった宝石の数々を手に取っては、そう呟いた。
「そりゃあ、人に代わって警察に捕まる捕まらないの危険を冒してるんだから、それくらい報酬はあってもいいでしょ」
祥里は十六夜に同意を求める。十六夜は黙って祥里の言葉に頷いた。
「だいたい、今回動いたのは祥里だけだし。永久は逃走場所で待機していただけじゃん」
「祥里だけじゃないよ。ヨルちゃんもかっこよかったのに」
響希が指を立てた。彼女は十六夜のことをヨルちゃんと呼ぶ。
「ニュースで監視カメラ映像見たよ。ヨルちゃんが一番かっこよかった。できれば現場で見たかったね」
「やめてよ響希。恥ずかしい」
十六夜は素っ気なく言った。恥ずかしいんだったらちゃんと顔を赤らめればかわいいのにな、と響希は鼻で笑うと、「それ以上十六夜をいじめないでくださいよ」と祥里が割って入った。
「で、祥里、この宝石はどうすんの? いつもの換金屋に持ってく?」
いつもの換金屋とはもちろん、裏の京都の非合法な換金屋だ。
「いや、これは取っておきましょう」祥里が言った。「こんなのを一気に換金すると、いくら裏とはいえ、すぐに足がつく。だからこれにはまだ手をつけない。店のどこか奥にでもしまっといてください」
「それって危なくない?」十六夜が心配そうに祥里の袖をつかんだ。
「こんな場所に宝石が大量にあるなんて誰も思わないでしょ。あの依頼人ですら思わないと思うよ」
「でも祥里ってば、金ない金ないって最近うるさかったじゃねえか? お金ないんじゃねえのか?」
「だから、永久さんにお願いするんですよ」
お願い。それを聞いて、永久はにやりと笑った。祥里も自分の炭酸水を高く掲げた。
「〈河原町エクレール〉を開催してください。〈河原町の幻影〉の凱旋だ」
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