6.始まった日常

「……また来たか、月曜日よ……」


『また』あんまり眠れなかった。

ゆっくり身体を起こして時計を確認すると、まだ夜が明ける少し前だった。


「目覚ましが鳴る前に起きちゃうの、これで何回目だろ」


月曜日だからか……きっとそうだ。

学校に行かなくちゃ行けないからだ。だから嫌な夢を見たし、こんなに心臓がバクバクいってるんだ。


もう慣れたことだけど、学校に行く、っていうごく当たり前のはずのことが、とても私には重くて耐えられないほど辛いことだった。


楽しかったけどね。中学1年の1学期までは。

でも……


「……朝からこんなこと考えるのやめよ。私は大丈夫。私は大丈夫。大丈夫……」


目を閉じて何回か繰り返し唱えて、少し気持ちが落ち着いてくる。

もう一度ベッドに戻りたいけど、二度寝はしようとしてもできないし、朝ごはんの時間になるまで少し時間を潰そう。


「あれ、カタリナは?……いない、どこにいったんだろう」


部屋を見回してもカタリナがいる気配がない。

どこに行ったんだろう。


「一緒に寝てたのに。もぅ、『暑いから離れて』っていくら言ってもくっついてきて寝てたのに……」


……お化けもトイレに行くのかな。


「行かないわよトイレなんか」

「え?わ、カ、カタリナ?」


そんなことを考えてるといきなり返事がして、窓から長身の黒い影が部屋に入ってきた。


「ちょ、どこから入ってくるのよカタリナ!ちゃんと靴拭いてよ?」

「大丈夫よずっと浮いてたから。土なんか付かないわよ」


へー、便利だなぁカタリナ。外のトイレ行ってたのかな。ウチのやつ使えばいいのに。


「だ・か・ら。変なこと想像しないでくれる?私は人間じゃないから、老廃物なんか体内に溜まらないのよ」

「そ、そうなの?て、てっきりまだウチに慣れてないから外で用を足したのかと……」

「……ゆかり。あなた私の『犬型』を姿想像して言ったでしょ、それ」


あ、カタリナの目が怖い。ご、ごめんって。

ちょ、や、やめて犬になるの!こ、怖いんだって!


「じゃ、じゃあ何しに行ってたの?」


そう尋ねると、ごく自然にカタリナは答えた。


「お食事よ。」

「――!!カ、カタリナが食事!?ま、まさか血を吸ったり……」

「あのね。だから吸血鬼じゃないって言ってるでしょ?……まぁ詳しくは言わないけど、怪我をさせたり殺したりはしないわよ?」

「そ、そうなんだ。ちょっと安心した……」


うーん……でも、それじゃあ何食べてるんだろう。木の実とか食べたりしてるのかな。

なんかお腹空きそう……。


「ふふ、そうね、もしそうならゆかりには耐えられなさそうね。夕べもたくさん食べてたみたいだし」

「べ、別にいいじゃない!き、昨日は手作りコロッケだったからいいの!」


その後、私は朝食を食べて(カタリナはずっと隣で私を観察してたけど、お母さんとか私以外の人には見えないみたい)、学校の準備をした。


お母さんは私の目の隈に気づいて、心配してくれたけど、大丈夫よって返してから玄関のドアを開けて、見送ってくれている母に、なるべく元気に見えるように「いってきます!」と言って家を出た。


玄関を出るところで、私はカタリナの方を向かずに、前を見たままこう言った。


「……カタリナ。学校にはついてこないでくれる……?」


彼女の視線を感じるけど、一瞬の間の後、彼女は私の意思を汲んでくれた。


「……いいわよ。じゃあ私は適当にしてるから。がんばって」


カタリナは去り際に私をぎゅうっと抱きしめた。


「ちょ……カ、カタリナ……」

「待ってる。いってらっしゃいな」

「……うん。ありがと」


ちょっとだけ……ううん、すごく勇気をもらった。

今日という日を、乗り越えられそう。



きびすを返して、学校に向かった。

朝起きたときとは違って、すごく晴れやかな気分だった。


そう。

今日は


今日からは、いつもと同じじゃないんだ。


小さくこぶしを握り締めて、学校へと向かった。


――また、始まるんだ。


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