5.人外美人さんと犬と名前

それから、いろいろと出会ったときの(つまり彼女が私の部屋に侵入したときの)状況を聞いていると


「えぇ?あの時の黒い犬!?」

「えぇそうよ。気づかなかった?」


しれっとそう答えるこの美人さん。

本当にあの時の怖そうな(比喩じゃなくて食べられそうなほど怖かった)あの黒犬なんだろうか。


信じられない、という雰囲気が伝わったのか、何かをあきらめたように彼女はかぶりを振った。


「もー、しょうがないな。…………よく見てなさい」

「え?な、なにかするの?」

「…………いいから…………」


さっきまで腰掛けていた私のベッドの縁から下りて、すっと仁王立ちになる。

すると不思議なことに、彼女の周りに青白い光が現れ、包み込んで行く。そしてその光が部屋一面を覆いつくし、やがてその光が消えると――光の中心にいたのは彼女じゃなくて、熊くらいあるんじゃないかっていうくらい大きな黒い犬だった。


その犬が、私のほうを向いて口を大きく開けてあくびをしてる。

真っ赤な口。何でも噛み砕きそうな長い牙。

異様に長い尻尾と、ぴんと立った長い耳。


そう。まさしくあの時、あの通りで見た、あの犬。


「……わ……わー!!!!」


思わず叫ぶと、その犬が私に吼えかけた……と思ったら頭の中に彼女の声が響いてきた。


(どう?これで信じてくれたでしょう?)

「あ、あれ?び、美人さんの声だ!じゃ、じゃあホントなんだ……」

(ホントだって何度も言ったでしょう?)


そうやって甘えるように私に身体を寄せてくる。セントバーナードよりも二回りくらい大きい犬型美人さんは、ふさふさの尻尾で私の身体を優しく撫でてくれた。


「うわっ……ふさふさ……温かーい……」

(ふふふ、昨日の夜もこうやって眠ってるあなたを撫でてたのよ?)


あったかい。犬ってこんなに綺麗でふわふわしてあったかかったんだ。

なんて考えてて、美人さんから『昨夜』と言われて思い出した。


「そ、そういえば!ねぇ、昨日私が気を失った後、何かしたでしょ!」


そう。あの時の黒い犬が美人さんなら、彼女が私をどうかしたに違いないんだ。


すると少し悪戯っぽい笑みを浮かべて美人さんがこう言った。


(えぇ。驚かせて失神させた後、あなたの身体に入って、おうちに帰ってあげたの。感謝していいのよ?)

「えー!?そ、そんなこともできるの!?って、何で感謝しなくちゃいけないの!あなたが驚かせたせいで気絶したのに!」

(へぇ、そんなこと言うのね。あのまま放って置いたら、知らない男の人に乱暴されてたかもしれないのに)

「う……た、たしかに……」


絶対に彼女のせいなのに、彼女に助けてもらったのは事実だし……


(ね?じゃああとでご褒美頂戴ね)

「な!ご、ご褒美って何よ?」

(おいしいもの。キスでもいいわよ)

「ぜ、絶対やだ!きゅ、休憩を要求するわ!」


あ、あんなのをまたされたら身体も心も持たないってば。


(ふぅん。ふふふ、まぁいいけど。『休憩』ってことは、再開もありって意味なのよ、分かってる?)

「――!!」

(あら、可愛い。……そんなに期待されるとやる気が出ちゃうわよ?)

「ちょ、そ、そんなことないってば!」




(ところでさ、お願いがあるんだけど)

「え?なぁに?あ、ひょっとして……」


なんか分かる気がする。と思って続けようとすると


(残念だけどあなたが期待してるようなエッチなお願いじゃないのよ?)

「な!な、何にも言ってない!き、期待なんかしてないわよ!」

(『今度は舌で・・・』なんて私が言うって思ってたでしょ)

「お、思ってない!思ってないってば!!」

(心配しなくても今夜してあげるわよ。ね?)

「け、け、結構!あ、あ、あれ以上のことなんかされたら……」

(うふふ、楽しみ?)

「だ、だめだめ、どうにかなっちゃうから!」

(へぇ~、どうにかなっちゃいそうなほど気持ちよくなるのを期待してるのね……すけべ。)

「あ、あなたのほうがでしょうが!!」


だめだ、また美人さんのペースだ。想像してまた顔が熱く火照ってきた。


しかしどこからどう見ても、犬の姿の美人さんは、昨日見たとてつもなく怖い犬。

なんだけど、よくよく見ると、すごくすらっとしてるし、毛並みもいいし、本当にいいところのお嬢様っていう感じ。そうそう、まさに『高嶺の花』。


(ふふ、どうもありがと)


「ん?ひょっとして私が考えてること分かるの?」


無意識に声が出てたかと思ったけどそうじゃなかったし。明らかに思考を読めるってことよね。


そうすると私にも分かるくらい「ニタっ」って笑って言った。


(もちろん。だって美人だもの)


ちょっと待って。美人は人の頭の中を読めるなんてそんなことないって!


「で?お願いってなぁに?」

(あれ?乗ってこない。楽しかったのに、あなたをからかうの)

「やっぱりからかってたんじゃない、もう!」


うすうす分かってたけど!なんか手玉に取られてる気がしてたのよ!


(あのさ、私の名前、そろそろ『美人さん』っていうのやめて欲しいんだけど)

「……美人さんじゃだめ?」

(私が美人なのは当たり前なのよ)

「うわー……ホントだから腹も立たないよ。人並みはずれてるもん」


文字通り『人外』の美人だし。


(まぁとにかくそれ以外の名前を要求するわ)

「え?自分の名前があるんじゃないの?」

(あるわよ。でも、簡単には教えられない決まりなの。だからあなたがつけて。ね?)


なんか引っかかる言い方だけど、どこか一線を引かれてるような――本当の名前に関しては、とても、とても大切な決まりがあるんだ、っていうことが伝わってきた。


「うーん……じゃあ……」


どうしよう。そう思ってると、一番先に思い浮かんだのは昨日見てたアニメの主人公だった。


(ふぅん、『カタリナ』ね。いい響き。好きよ、この名前。アニメのキャラらしいけど)

「い、いいじゃないべつに!カタリナは強くて綺麗で優しくて最強なんだから!」

(別に馬鹿にしてないわよ、そのイメージはあなたを通して伝わってくるんだから。……ありがと、『ゆかり』)

「いいえ、どういたしまして。……て、あれ?私名乗ったっけ?あ、私の思考を呼んだわね!?」

(ふふふ、そんなことしなくても分かったわよ、ゆかりちゃん。ほらあそこ)

「んん?……あ!」

(下着に名前を書くのって人間の習慣なのかしら。)

「な、何にも言わなくていいから!た、ただの習性よ!」


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