4.その人は人外美人さんでキス魔だった
夢を見てた。
なんだか嫌いなはずの犬と一緒に海辺を走り回って遊んでた。
その『黒い大きな犬』は、なぜかずっとずっと一緒にいた気がして、何年経ったとしても年をとらないような、そんな不思議な感覚のする犬だった。
いや、犬じゃない。
単なるペットとしての犬とかじゃなくて――もっと私にはなくてはならない、一番大切な『人』なんだ――
「ん…………んん…………」
ふわふわとした、尻尾のようなものが頭や耳を撫でている気がする。
優しく撫でられて、とても気持ちよかった。
こんな生々しい夢を見るなんて――
ん?ちょっと待って。これってほんとに夢?
そこまで考えて、ふとおかしいと思って目を開けた。
すると視界に入ってきたのは、真っ黒なドレスに身を包んだ美女。
私に添い寝をするようにぴったりと身体を寄せて、頭を撫でていた。
「あら、おはよう。可愛い寝顔だったからついずっと見ちゃった」
艶のある長い黒髪が私にかかり、甘い香りが届いてきた。そして濡れたような真っ黒な瞳が私を捉え、全く離さない。
その女性はゆっくりとその赤い唇を開き、まるで私の頭の中に直接話しかけているように話し始めた。
「ふふふ、はじめまして」
「…………だ、だ、誰ですかあなたは」
「誰って…………うーん、そうね、『あなたにしか見えない誰か』よ」
「私にしか…………って、それほんと?適当なこと言って不法侵入してるんじゃ…………」
こんな美人がこの世に存在していいのか、って言うくらい、言い表せないオーラを纏ってるというか、『人間離れ』してると思えるほど綺麗な人だった。
でもそんな美人が私の部屋にいきなり現れていったい何の用だ。
いくら美人でも知らない人だし、他人にいきなり部屋に入り込まれてそんなこと言われても全く信じられないし。
「あらら、最近の子は小難しいことを言うのね。じゃあほら、窓を見て御覧なさいな」
「ま、窓?…………って、え、ええ!?」
促されるように見た窓ガラスには――明らかに映っているべきその黒の美女の姿はどこにも無くて――ただ私が驚いている姿だけが映し出されている。
か、鏡に映らないなんて!
「オ、オ、オ、お化けだ!!きゅ、吸血鬼ー!!!」
思わず謎の美女から離れて部屋の隅で小さくなる。
私には絶対に霊感なんてないって思ってたのに!
「うーん、お化けでも吸血鬼でもないんだけど…………悪さはしないわよ、これでも」
「で、で、でてけ!わ、私を食べてもおいしくないぞ!!み、みろこのぜい肉を!」
「あのね食べないわよ人間の肉なんか。それに自虐しないの、可愛いのに」
「え、そ、そうなの?っていうか、か、可愛いって言われた!?で、でも女子の『可愛い』は本心じゃなくても言うし…………」
なんかよくわかんないこの美人お化けさんは、どうやら私を食べるつもりは無いらしいけど、いきなり可愛いなんて…………ど、どう反応したら…………び、美人に言われても説得力ないし…………
「もぅ、聞いてないわねこのコったら…………しょうがない、ふふふ」
私が驚いて慌てふためいていると、いつの間にか彼女は私の顔を捉えていた。
美しい彼女が、楽しげに私を見つめている。
「あ、あれ?」
「いただきまーす」
上を向かせたと思ったら、その艶やかな紅色が近づき――私の唇と合わさった。
「――!!ん、んんー!!」
「んん…………はぁ…………」
何をされたのかしばらく経ってから理解した。
慌てて彼女を突き飛ばしたけど、彼女は楽しそうに唇を指でもてあそんでいる。
すると、ゆっくりと私のほうに手を伸ばして――気づかなかったけど、さっきの名残が残っていた私の唇を、その指で掬い取ったと思ったら――それを自分で舐めとった。
「はぁ…………ごちそうさま」
「――!!ちょ、な、なにして…………!!」
「あぁ、やっぱり女の子のほうがいいわね…………もう柔らかくて可愛くて」
その美女はまったく意に介さないように、当たり前のように私とのく…………口付けのことを語っている。
突然のことに私は急に顔がほてったように赤くなり、心臓がバクバクし始めた。
と同時に、激しい怒りを覚えた。
「な、な、何をしてくれたのよ!!」
「キ、ス。ふふ」
「ふふ、じゃないよ!い、色っぽく言えば許してもらえると思わないでよ!は、初めてだったのに!!」
「あらそう?あは、得しちゃった。おいしかったわよ、ふふ」
「だから『ふふ』、じゃない!お、お、女同士なのに!!キ、キスなんて!!」
「あら、キスに異性も同性もないわよ?もちろんそこから先にも」
「だ、だれもそんな話してないわよ!!か、返せ私のファーストキス!!」
「あ、ひょっとして好きな男の子とか彼氏とかいた?」
「い、いないけど全然……」
「じゃあ問題ないじゃない」
「も、問題ありだー!!」
「もぅ、意外と人間って頭が固いのよね、キスに性別なんて関係ないでしょう?それに返せないわよ、もうしちゃったし」
「うーー!!」
「そんなに怒らないで。だって、あなたがとっても可愛くて綺麗で…………どうしてもあなたの唇を奪いたくなったの。ね?」
「う…………」
なんだか口論してるうちに変な気持ちになってきた。
どうやらこの人間離れした美人さんは性別を問わずキスするキス魔らしく、おまけにあろうことか、私のことを可愛い、とか綺麗、とか言ってくれる。
長い睫が濡れたように見えて、ドキッとしてしまう。
よく分からない相手に、しかもこんな美女に、同性にファーストキスを奪われたのに、その唇から目が離せない。
「ファーストキスが私じゃ…………ほんとに嫌?」
その言葉に、視線に、唇に――正直、胸がキュンキュンしてしまった。
なんだかよく分からなくなってくる。
同性なのに、正体不明なのに、この女の人になら、何をされても許してしまいそうな――そんな気さえしてきた。
あごを持ち上げられて、彼女のその瞳を覗き込む形になる。
反論したかったけど、なんだか頭がぼんやりして――あの唇の感触が、私の全身を駆け巡っていて、それが離れてくれなかった。
「…………ひ、卑怯よ、こ、こんな…………断れるわけ、ない…………」
視線を外して、辛うじてそれだけ言えた。
顔が熱くて、心臓がバクバクしてどうにかなりそうだった。
でもそれをどう感じたのか、彼女はとても嬉しそうに微笑んで――そう、語彙力の無い私の頭の中から、『妖艶』という言葉がぴったりだ、と思えるような笑みを浮かべて――こう小さく耳元で呟いた。
「じゃあ、もう一度。…………いい?」
「…………き、聞かないでよもう…………」
これが、私と、正体不明の人外美人さんとの出会いだった。
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