第13話 クリアの魔法

 日が暮れ、急造の宿舎に一泊した翌日。朝日が昇るころ、整地された畑に苗を植え付けていく作業に入る。

 僕みたいな土地の小さな領主がやる一番大事な仕事は、なんといっても食料の増産だ。

 蓄えも収穫も乏しいから耕地面積を増やすか、土地を肥やすなりしなければすぐに飢え死にが待っている。事実、死亡原因のトップを占めるのが飢えによる衰弱だ。

 それに入植者は募集済みとはいえ、領民に種まきからやらせるには初夏の時分からでは遅すぎる。初めて見た土地の畑に何も生えていなければそれだけで絶望するだろう。

 土属性の魔法使いが中心となって畑に種を植えていく。

 そこにトネリコの杖が振り下ろされると、火山灰交じりの黒っぽい畑に緑の宝石が散ったかのように芽が一斉に吹いた。

 土属性の魔法には作物の成長を早めるものもある。種の状態からいきなり実を付けた状態にはできないが、少なくともこれで種が芽吹くこともなく腐る心配はない。

 トマトやナスなどの夏野菜にトウモロコシなど腹持ちの良い穀物も植えていくが、一番の主力はやはり麦だ。

 この国で長く主食を務めてきた、食物の王ともいうべき存在。

 今はまだ青い剣のような葉を天に伸ばすだけだが、実りとともに麦畑は黄金の海へと変わる。

 脱穀され臼で引いて粉になった小麦粉は、主食のパンをはじめお菓子にも麺類にもなる。

 その料理法の豊富さと他の追随を許さない収穫量は、まさに王。

「だけど、僕が植えるのは麦じゃないんだよね」

 ひとり呟きながら、珍しい作物を植える特区扱いの畑に種を播き、土魔法で発芽させていく。

「ヴォルト、それは……?」

 水路の調整や付近の川から水を引く、などの水魔法使いの仕事がひと段落したクリスティーナが声をかけてきた。

 麦と似ているけど微妙に苗の形が違う、不思議な作物を水色の瞳で興味深そうに見つめている。

「これが『オリザ』の苗だよ」

 オリザ。僕の家の領地など、北の地方で作付けを行っている穀物だ。

 貧しい人に農業を教えていた貴族の一人が編み出したものだ。

 麦は毎年植えると連作障害がおこるため三年に一度は畑に植えない期間ができてしまうが、オリザは毎年どころか土の状態に気を配れば数百年でも植え続けることが可能だ。

 しかも麦より収穫量が多く、同じ面積から二~三倍はとれる。

 土壌が栽培に適した北部地方では麦に代わって主力作物となりつつあるくらいだ。

 だが弱点もある。まず冷害に弱い。麦よりも高い気温を必要とするために寒さが続くと枯れるか、実を付けずに終わってしまう。

 気候においては適さないはずの寒い北部の領地でまず栽培が始まったのは、オリザを編み出した魔法使いの故郷だったことが大きい。

 それに水を多く要するのだ。乾いた土地でも育てることは可能だが、味も悪いし土地も痩せていく。なにより収穫量がぐんと少なくなってしまう。

 この周囲は災厄で川の流れが変わり、都市の発展と維持に必要な豊富な水は既にない。干上がった川と荒地と化していた場所に続く水路の跡があるだけだ。

 だが話をすでに聞かされていた狐目の少女、クリアがドヤ顔で笑った。

 オリザの畑の前で水魔法使いの証たるミズナラの杖を抜き、構える。

「見なさいなあ。高貴たる貴族の血とはどのようなものかを」

 クリアはミズナラの杖を畑近くの地面に突き刺して、目を閉じる。水魔法使いの魔力が、土魔法使い並みの深い深い土の底にまで通じているのが感じ取れた。

 そのまま少しずつ歩き出す。前かがみになって地面に杖を突きさしているものだから、制服のスカートがめくれて、ちらちら中身が見えそうに揺れていた。

「……むう」

 クリスティーナが空中に水球を生み出し、クリアの背後に壁を作る。

 傍目には子供が木の枝でガリガリと地面に絵を描いているようにしか見えない。

 クリアは汗だくになり、息が切れて肩の上下動が忙しない。とても高貴な魔法には見えないだろう。だかそれでも、クリアは何かにとりつかれたかのように動きを止めない。

「見つけましたわあ」

 汗でべったりと張り付いたブラウスを気にする様子もなく、クリアは突き刺したミズナラの杖を地面から抜いた。

 じょろ、じょろと。黒っぽい土から透明な何かが流れる。見ようによっては土の中で動物が排尿しているととれるかもしれない。だけど。

 それはすぐに大地を潤す湧き水となって、少し低い位置にある畑に流れ込んでいった。

 僕は大急ぎで土魔法を発動させて水が流れ込む方向以外を土で囲い、水がオリザの畑から流れ出ないようにする。

 小一時間ほどで、オリザの畑は完成した。一見水没しているように見えるが水の高さを調整し、オリザの苗の先が水から出るようにしている。

 過剰な水は畑の低い側から干上がった川に流れ込み、小さな流れが徐々にできつつある。

 今はまだか細いけれど、クリアが見つけた水源を糧にしていずれは元の川のような水量を取り戻すのだろうか。

「ふふーん、どうですの? これが高貴な魔法というものですわあ」

 腰に手を当てたクリアが改めてドヤる。

 都市には安定した水の供給が不可欠だ。だからこそ王都はじめ大都市は水源の豊富なところに建てられる。

 水の少ない場所は多くの人間と作物を養えない。確かに水魔法で水を作ることはできるが、そのためには魔法を使い続ける必要がある。

 とても魔力が持たないし、自然の川に比べれば水量は比較にならないほど少ない。

 だがクリアの魔法は水源を発見することで、半永久的な水の供給を大量に可能としている。

『彼女は、特別な魔法を持っている』

 クリアと初めて出会ったときにそう言ったクリスティーナの言葉を、改めて感じた。


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