第12話 課外授業

「……は、久しぶり。腕が鳴る」

「何を言うか、ですわあ。妾の子が。醜態をさらさないよう、せいぜい気を付けるといいですわあ」

「……ケンカなら受けて立つ」

「こここ、高貴な貴族ともあろう者がすぐに暴力に訴えるなどよろしくありませんわあ」

「そうですよ、クリスティーナさん、クリアさん。全能の神であらせられる主は、『無用』の戦いを好みません」

「それより楽しいことを考えましょう。パーティーとか」

「……パーティー。憂鬱。中央の貴族はプライド高いから、すぐマウント取りたがる」

「コンプレックスの裏返しというものですわあ。私のように高貴な伯爵家ともなれば、みっともない振る舞いはしませんわあ」

「……どの口が言ってる?」

「ムキー! やっぱりあなた、ケンカ売ってるのですわあ!」

 王都から郊外に延びる街道を走る馬車の中から、女子たちの声が聞こえてくる。

 天を焼くような強い日差しの下を、マギカ・パブリックスクール一年が悠々かつ騒がしく進んでいく。

 女子は学園で用意した箱馬車の中で、男子は馬術の訓練もかねて馬での移動となっていた。

 やせた農耕馬を安く買い上げた僕の馬は、大きな蹄と大根以上の太い脚。毛並みがつややかで四肢が美しい名馬とはくらぶべくもない。

 まあ、どんな馬でも歩きながら糞をする癖は変わらないけれど。

 野を越え、川を越え、民家がほぼ見えなくなるほどに移動する。王都の城門を出て約半日、

「……やっと着いた」

「着きましたわあ」

「主よ、ここまでの無事を感謝いたします」

 強張った体をほぐしながら、女子たちが箱馬車からぞろぞろと降りてきた。

 最後にアンジェリカが、紅の髪をひるがえし、クラスメイトに手を引かれて降り立つ。

 僕たち男子も馬を適当な木につなぎ、疲労回復のため持ってきた岩塩を舐めさせた。

「皆さま、揃いましたわね」

 男女に分かれて整列した僕たちの前に広がっているのは、一面の荒れ地だった。

 道なき道すらない、灌木と下草が地面の色を覆い隠した大地。

 わずかに実った柑橘類が緑と茶色の大地に色を添えているものの、小さい上に数も少ない。相当にやせた土地であることが一目瞭然だ。

 そして苔むした石畳や、柱が折れて腐っている家の亡骸がそこかしこに点在している。

 この土地は、かつては町があった。

 だが十数年前の災厄で町は滅び、がれきの山だけが残る。まるで悪夢だ。

 その頃は最上位魔法も使い手が少なく、この国を襲う災厄すべてに対処しきれるものではなかった。

 王都周辺は少なくなったものの、馬や馬車で行ける距離の郊外ですらまだこういった廃墟が残っている。

 惨状に言葉を失っているクラスメイトを見てアンジェリカがパンパンと手をたたき、周囲の注目を自分に集める。

「見とれている場合ではありませんわ。わたくしたちは社会科見学に来たのではなく、町の復興に参ったのですから」

 アンジェリカは率先して腰のベルトからヒノキの杖を抜いた。

 薪としても使われる、火魔法の使い手の触媒。

「班に分かれて。打ち合わせ通りに、始めますわよ」


 一列に並んだカーラたちをはじめとする風魔法の使い手が、一斉にサルスベリの杖を振り下ろした。杖に従う風が咆哮とともに荒地へと襲い掛かっていく。

 不可視の刃が通る先、かつて存在した人々の営みごと灌木や雑草を切り裂いていく。少し遅れて、木と草の香りが一面に充満した。

「次、行きますわよ」

 アンジェリカの合図でヒノキの杖をふるう火魔法使いが、ボールのように圧縮された火球を飛ばす。

伐採された木と草に着火し、瞬く間に灰となっていった。またアンジェリカと同様上位の魔法の使い手は黒煙交じりの爆発魔法を飛ばし、草木の残骸を木っ端みじんに砕いていった。

 草木に覆われていた家だったものの残骸もあおりを食うけれど、やむを得ない。

 解体し、整地しなければ町の復興はできない。

 遺体だけはすぐに国の調査隊が入って埋葬したから、ないことは確認済みだ。

でも天に立ち昇っていく黒い煙を見つめながら、僕らは手を合わせずにはいられなかった。

 風魔法と火魔法での整地が大体完了する。灌木と雑草に覆われていた荒地は、炭の黒と灰の白、そして掘り返された土交じりの更地となっていた。

 僕は土魔法使いの列に並び、トネリコの杖を構えて魔力を込める。

 魔力は全身を流れる力の源。食事や呼吸とともに体内で生成され、血によって全身に運ばれていく。呼吸の流れ、血の流れを体内で感じ取ることから魔法の訓練は始まる。

 ただ流れるだけの力の源を、知識と経験でもって自分のイメージに近い状態に変えるのが「魔法」となる。

 クラスメイト十人から一斉に放たれた魔力が、更地に向かい注ぎ込まれる。

 さっきまでの風魔法や火魔法と違い、杖の先には何も見えない。

 ただ杖を向けられた更地が、その姿を変えていった。

 燃えかかった木々は灰と混じって飲み込まれ、隆起の多い地面はならされて学園の床のような水平な場所へと変わっていく。

 人々が生き、暮らし、そして滅んだ夢の跡。木々と草に抱かれた夢の跡は、整地となってその身を現へと戻していった。

 それから土魔法使いが畑をさらに整地し、水魔法使いが水をまき、風と火の魔法で細かい整備と行っていく。

 かつてあった町にあわせて区画を振り分けていく。

 農地は農地へ、市街地は市街地へと。あと、珍しい作物を植える特区のスペースも。

 建物がまだないために一面に更地と何も植えていない畑が延々と広がるだけになっているが、町の基礎は大体出来上がっていった。

 これが校外実習。

 一クラスごとに割り当てられた場所へ赴き、全員で協力し合って災厄で廃墟と化した町や村を整備する。領地の経営と領民を守ることが義務である貴族にとって、必須の授業だろう。

そして引率の先生の代わりに生徒がクラスをまとめ上げ、指導し、責任を負う。指導者となるであろう生徒に対し、訓練を積ませる意味合いもあるらしい。

 僕たちのクラスでは家柄と魔法、両方に優れたアンジェリカがその任を負った。

 計画の概略は学園でまとめてくれるから、僕たちはそれに沿って行動していくだけでいい。だが計画には障害がつきものだ。

「どうしよう、これ?」

 クラスメイトの一人が、正面にそびえたつ岩の陰になりながら声を上げた。

 そこにあるのは、大の大人ほどもありそうな巨岩。洪水なり、火山の爆発で運ばれてきたのだろうか。整地しきれなかった分がいくつか残ってしまっている。

これでは風で切り刻むのも時間がかかりすぎるし、土で埋めるにもこんな巨大なものが土中にあると後々の都市計画の生涯となる。

水で流すなど問題外だ。下流の町や村の迷惑になる。

みんなが困ると、視線は決まって一人の方に向く。

「アンジェリカ様、どうしましょう」

 誰かの声に、彼女は小さくため息をつく。

 でもそれも一瞬で、すぐにいつものような堂々とした雰囲気に戻っていた。

「おどきなさい」 

深紅の髪の主が、ヒノキの杖を振り下ろした。

アンジェリカが杖を振るう度、大人の身長ほどもある巨岩が爆発で弾け飛ぶ。

大の大人以上の高さの巨石が、小石となって散った。

土魔法使いがそれらを運んで道にする予定の土地へと巻き、舗装していく。

他の魔法使いが束になってもどうしようもなかった巨岩を杖の一振で解決していくその姿は、まさに天才。

「すげえ……」

「さすがはアンジェリカ様」

「公爵家の血は、偉大じゃのう」

周囲から起こるのは賞賛。

僕が思うのは、嫉妬だった。

「……負けない。最上位魔法を先に習得するのは、私」

 曇りのない瞳でそう言い切れるクリスティーナが羨ましかった。

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