第8話 自己紹介

 その後、各クラスごとに分かれて教室に場所を移し、自己紹介の時間となる。

「ヴォルト・フォン・ヴィンセントです。子爵、北部の出身で、属性は土魔法。目標は最上位魔法を習得することです」

 入学式後、クラスごとに分かれて各人の教室に入り自己紹介の時間となる。

 だが席順で一番初めの自己紹介となった僕の言葉に、クラス全員から失笑が漏れた。

「最上位魔法って、マジかよ」

「辺鄙な北の田舎貴族が、身の程をわきまえろって」

「アンジェリカくらいの才能あって、言えるセリフだろ」

このマギカ・パブリックスクールに入学するころにはもう、魔法を習得して何年も経っている生徒がほとんどだ。

 自分の才能もある程度わかっているし、他者の才能もわかる。家柄による地位の違いも、十六になれば嫌でも思い知る。

 だけど最上位魔法は魔法の達人が使えるとは限らないのだ。基本しか使えなかった人が発動させた例もある。

 共通項は使い手が誇り高き貴族であったり、敬虔な神の信者などが多いことくらい。

 諦めずに、わき目もふらずに頑張って頑張って。

 青春のすべてを捧げるくらいすれば、僕のような凡人にも会得できるかもしれない。

「そもそも、マジで習得したいのか」

「俺らなら嫌だね」

 それからも自己紹介が続いたが、最上位魔法を会得したいと答える学生は意外と少人数だった。

 誰だって死ぬのは怖い。最上位魔法を使うということは、災厄との戦いの最前線に立つということだ。

 だったらほかの誰かにやらせればいい。少なくない代償を払ってまで使う必要はない。

それから何人かの自己紹介を挟み、僕の隣の席のクリスティーナの番となる。

「……クリスティーナ・フォン・クゥオーク。よろしく」

 それだけで彼女はさっさと席についてしまった。

一拍遅れ、僕の後ろの席の女子から小さなざわめきが漏れ聞こえる。

(クゥオーク家ですって?)

(あそこにこの年代の女子がいたかしら?)

(聞いたことがあるわ」

噂話に加わっていた女子の一人が、クリスティーナに嗜虐的な視線を向けたのを感じた。

(妾腹の女子を一人呼び戻したそうよ。伯爵、侯爵の集まるダンスパーテイで耳にしたわ)

 クリスティーナは言い返すことも、うつむくこともなくうつろな、死んだ魚のような視線をずっと前に向けていた。

 幸い彼女らが教室の隅の席でほかのクラスメイトには聞こえなかったらしい。

 実際、男子からの反応は違っていた。

 水色に輝くロングヘアーに同色の瞳、淡い林檎色の頬にどこか陰のある容貌は、男子からの視線をひきつけてやまず、女子も多くが羨望の視線を向けていた。

 自分の許嫁が評価されて嬉しいと思う反面、もやもやした気持ちもある。

「はいはい、しつもーん」

 調子良さそうな男子が挙手し、勝手に話始める。

「どんな男子がタイプですかー?」

 男子の視線が一斉に席に着いたクリスティーナに注がれた。好奇心、けん制、ライバル心。様々な感情が渦巻いて、たった一人の対象に注がれる。

 クリスティーナはもう一度立ち上がって、さっきより大きめの声で宣言した。

「……ヴォルトみたいな人。というか、許嫁。予約済み」

 えー、うそー、まじかー、とクラス中が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。やがてそれらが収まり、自己紹介が続いたが彼女は頬杖ついて窓の外を見上げ、我関せずを貫いた。

 やがて炎が生徒たちの間から立ち昇り、ざわめきがぴたりと静まる。

「アンジェリカ・フォン・アールディスと申します。公爵家で、現国王の姪ですわ。属性は火魔法。以後、お見知りおきを」

 燃える炎のような深紅の髪をポニーテールにしたアンジェリカは、軽くカーテシーの礼法を取った。

 容姿端麗で礼儀正しい彼女に、クリスティーナ以上の熱い視線が注がれる。

「ほかに何か、ありますか? 例えば、最上位魔法への意気込みとか……」

 自己紹介をずっと黙って聞いていた先生は、期待を込めた目でそうつないだ。

アンジェリカは先生から視線をそらしながら、ためらいがちにつぶやく。

「そうですね…… わたくしはアデラ叔母様のようになりたいと思いますわ」

 それから、どこかで見たような狐目の少女が自己紹介をする。

「クリア・フォン・クスケですわあ。このわたしと同じクラスになれたこと、ありがたく思いなさいなあ」

 あの子と同じクラスか…… 苦虫をかみつぶしたような表情になるのを感じながら、隣の席のクリスティーナに僕は小声で尋ねる。

「アンジェリカの後であの挨拶って…… よっぽどすごい家柄なの?」

「……いや、侯爵家だからマギカ・パブリックスクールでも中の上くらい」

「魔法がよっぼどすごいとか?」

「……以前魔法で喧嘩したら、私の圧勝だった」

「それであの態度って…… 単なる考えなし?」

クリスティーナは厳しい顔つきで首を横に振った。


「……確かに、魔法の威力は私が上。しかしクリアは特別な魔法を使う」


 クラス最後の自己紹介となった。

 最後に壇上に立ったのは、茶色の髪をひと房緩い三つ編みにして、セミロングの髪の中に垂らした小柄な少女。僕らをさっき注意した子だ。

 でもアンジェリカといった大貴族を前にしても、動じる様子がなく体躯の小ささを感じさせなかった。

「カーラ・フォン・カルダーと申します。属性は風魔法。子爵家の長女です」

 楚々として頭を下げると、胸元のロザリオが揺れた。

 常に微笑を浮かべているため細められた目とえくぼが印象的に映る。

「最上位魔法ですが、全能の神たる主が授けたともいわれる魔法ですから、習得したいとは思います。しかし私のような卑賎の身には過ぎた力かと思います」

 そう謙遜して、長々とした自己紹介を締めくくる。教室が静まり返り、彼女が椅子を引く音がいやに大きく聞こえた。

「……イっちゃってない?」

「でも結構カワイイじゃん」


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