第4話 裸

「……なぜそこまで最上位魔法に熱心なの?」

 目と目の間をほぐし、こった肩を手でもみながら二冊目の本に手を伸ばそうとした僕に、クリスティーナはそう聞いた。

「……私の腹違いの兄弟姉妹も熱心だけど、あなたほどじゃない。一番上の兄ならこれだけ勉強したら馬を走らせに行くだろうし、二番目の兄なら女の子にちょっかいをかけに行っている」

 話してもいいのものか。

 口を開く前に、考える。言ったら笑われないか、身の程知らずとののしられないか。

 でもクリスティーナは、出会ってまだ数日の僕に家の事情を話してくれた。なら、僕も包み隠さず話そう。

「アデラ様みたいに、なりたかったんだ」

 考えた末に出てきたのは、そんなシンプルな言葉。

「アデラ様っていうと、アデラ・フォン・アールディス辺境伯?」

 国王陛下の弟君を後継ぎとするアールディス家の分家で、蒼き山近くの領地を任されている。

十数年前に大噴火があったけれど最上位魔法に覚醒したアデラ様が領民と土地を守った。

 王国に数人しかいない最上位魔法の使い手。現在も蒼き山の近くに住み、大噴火の災厄に備えているという。

「子供のころにその話を聞いて、すごくかっこよくて、いつか彼女みたいになりたいなって」

「僕の実家は、王国の北の方の土地で。寒いから不作も多くて、土地も痩せていて。災厄の被害を受けることもあって」

「最上位魔法を使って、実家の領地を守りたいんだ。身の程知らずかもしれないけど」

 僕はそこで革表紙の本を閉じる。

 そこに記されていた魔法は、まだどれ一つとして僕には使えない。

「……なぜ、使えない魔法の本を読むの?」

「君も僕を、見下すのか」

「……そういう意味じゃない。あなたは土属性と聞いた。この書棚の本は水属性なのに」

 魔法にはいくつか原則や制限があるが、そのうちの一つが一人一属性という制限だ。

 城を吹き飛ばすほどの魔法を会得しても、数千の魔法を使用できるようになっても。

 一人に仕える魔法は一属性までで、最上位魔法の使い手ですら例外ではない。アデラ様も、使えるのは火属性だけだ。

「手がかりが少しでもほしいんだ」

 最上位魔法は、その名の通り最強の威力を持つ。

 だが使用条件や方法は、まだ明らかになっていない。わかっているのはそのすさまじい威力と、威力にふさわしい反作用だけだ。

「じゃあ、クリスティーナは最上位魔法について、どう思ってる?」

 僕の質問に本をめくっていた彼女の手が止まる。

「……絶対に、習得したい」

 だけど手が止まったのは一瞬のことで。再び本の世界に没頭していく。

「……私も、習得したい。貴族の知り合いに、家族に、目にもの見せてやりたい。それに」

 彼女はこれからいう言葉を強調するようにいったん言葉を切った。

「……私が最上位魔法を習得すれば、生みの親である母様の立場も変わるはず」

「……そろそろ、休憩にする?」

 クリスティーナは机に置いてあるベルを鳴らし、召使を呼びつけた。

「……出てくる」

 ドアを開けた召使はその一言で察したらしく、軽くうなずくと退出した。

「出るって、どこに?」

「……外に出て、昼ご飯を食べる」

 立ち上がり、僕から受け取った蔵書をしまいながら彼女は答える。

「屋敷で取らないの?」

「……昼は母様の家で摂ることにしてる」

 母様、というのは実の母さんか。そのことを語るとき、少しだけ彼女の声が弾んだ。

「それじゃ、僕はおいとまするね」

 できれば、もっとクリスティーナのことを知りたい。実の母親にも挨拶しておきたい。

 けれど、彼女が僕を誘わなかった。

 本を元あった場所にしまい、部屋の出口に一歩一歩、近づいていく。扉に手がかかっても水色の髪の少女が僕を呼び止めることはなかった。

「……待って」

 でも扉を開けた瞬間、後ろからクリスティーナの思いつめたような声が聞こえた。

「……あなたにも、母様を紹介したい」

 彼女が頬を赤らめながらもそう言ってくれたことに、胸のつかえが少しだけ下りる。

 僕に背を向けて部屋の一角にあるクローゼットを開けると、何回か深呼吸した。

 いったい何をするのだろうとみていると、裾に手をかけたクリスティーナがドレスをいきなり脱ぐ。隠されていた肩から下、くびれのある腰までが露わになり僕は慌てて目をそらした。

「な、なな、何してるの」

「……着替える。ドレスで外出する場所じゃない」

「僕がいるんだよ?」

「……見たければ、見ればいい。貴族は肌を見られても気にしないものと教わった。これが貴族の習慣なら、仕方ない」

 そう言いながらも、ミルク色の肌は白い布をかけた林檎のような色に染まっていた。目を閉じてもはっきりと聞こえる衣擦れの音も、どこか投げやりで。

 衣擦れの音が収まった後、彼女は茶を基調としたチュニックに同色のスカーフを頭に巻いていて。町で見かける平民のような服装になっていた。

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