第5話 初心
黒い
13歳でジルケから新しい稽古を言いつけられて以降、内容は違えど、アルマはひたすらに地道な反復練習と、
そんな肉体面でも精神面でも厳しい稽古を支えていたのは、自らに恐怖を植え付けたケモノという存在を倒してみたい、或いは己の力がどこまで通用するのかという好奇心。
「そろそろだね。アルマ、明日はケモノを狩りに行くよ。実地訓練だ」
それ故に、
「狩りに行く前に、ケモノのことを説明しておこう」
「はい。よろしくお願いします」
「さて、お前さんは獣というと何を思い浮かべる? あっちではなくて普通の獣だ」
「獣? 兎、犬、豚、猪、羊、鹿、熊、あとは狼です」
「ま、そんなところだろうね。あっちのケモノもヒトのイメージによるものなのか、ほとんどその姿で現れる」
「兎だけじゃなかったのね」
「あのときは運が良かっただけさ。……何が出てきても私が守れたけどね。そのあっちのケモノだが、力が強い個体は、体のサイズが大きくなるんだ。より強そうな別の姿になるものもいれば、そのまま大きくなるものもいる」
「
「もちろん。珍しいものだと熊よりも大きい鼠型のケモノも討滅例がある。ともかく大きければそれだけ強力だと覚えておけばいい」
「ええ、分かったわ」
「そしてケモノの姿についてもう一つ」
「はい」
「獣としてイメージされないようなものも、ケモノとして現れることがあるんだ。今までだと、ヒト、ドラゴン、悪魔。この3つの目撃例がある」
「ドラゴンとか悪魔って、あのお
「そうだ。あのお
「そうね。確かにそうだったわ。目だけがはっきりと……、ん?
「その通りだよ。恐い思いをしたのによく覚えてたね。いや、
そして一夜明け、見慣れたいつもの屋敷の裏庭で準備をする二人には、春の柔らかい
一通り、革の鎧や予備の細剣、各種ナイフ、食料などの準備が終わったところで、ジルケが真剣な
「今日の実地訓練だけど、私の感覚だとこの辺りには1匹しかケモノがいない。天気が良いから仕方ないね。だから、それを倒したら終了だ。まずは目を閉じてオイレン・アウゲンを開き、そいつを見つけてみな。見つけたら今度は目を開けて探して、お前さんの
ジルケのような達人が言う簡単は、往々にして簡単ではないのだ。アルマにもそう思う節はあるのだが、そんなことは
「いい返事だ。何かあったら私が手を貸すからね、それまでは一人で頑張るんだよ。では、オイレン・アウゲンで見つけるところからやってごらん」
首肯するとアルマは目を閉じ、一度深呼吸をした。彼女の頭の中に広がる真っ白な平原には見覚えのある
50メートル、背中の方に沢山の
100メートル、200メートル、ケモノの反応はない。
300、400、500メートル、小さな
600メートル……、ふいにはっきりとした黒い丸が浮かび上がる。
「
アルマは目を瞑りながらも、初めて見つけた感覚に興奮気味に声を出した。
「見つけたかい? どっちの方角にいる?」
「ここから北西、……いえ、やっぱり北北西。ここから600メートルくらい離れたところにいます!」
「上出来だ。それじゃ、目を開けてその方向に進むとしようか」
「はい! ところで
「喋ってないで集中しな! オイレン・アウゲンが維持出来なくなっちまうよ」
「ご、ごめんなさい」
「ふん。さっきの質問の答えだが、どういうわけだが奴らは暗い方が発生しやすい。晴れより曇り、曇りより雨、
アルマは無言で
「……もうそろそろだね。アルマ、
アルマは一層、真剣な表情で
「響け! ドナ・フルーゲ!」
「貫け。ハーツアウスシュタール」
ジルケも続けて顕現させる。
そして獲物はオイレン・アウゲンの情報通りに、アルマの目の前に現れた。
目だけがヒトの黒い異形の狼。
否。狼を模したケモノ。存在をとっくに気付いていたかのように二人を見据え、ゆっくりと立ち上がる。大きさは普通の狼と同じだ。そしてケモノは、生気のない目でアルマのスモーキークォーツの瞳をじっと見る。けれど、目の前のヒトはケモノの
ケモノがあと3歩で間合いに入る、そんな距離になったときアルマは前に出た。大きく、力強く、右手の剣を前に突き出しながら。しかし、ケモノはひらりと身を
大きい……とだけ、アルマは思った。なぜなら、次の瞬間には横薙ぎに振るった剣によって、
あっけない幕切れに心を閉ざしていたことも手伝って、こんなものかと思ったアルマであったが、
「アルマ! 警戒しな! 次だ!」
終わったと思い込み、閉じてしまったオイレン・アウゲンを再び開くと、そこには――
「一つ、二つ、三つ……。ふむ、15はいるね。しかも私の近くに沢山出るとは、なかなか分かってるじゃないか。……アルマ! 9はこっちで持つ! 5はお前さんに任せた! 奥のデカブツは動く気配が無いから後回しだ!」
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