森で遭難した

大西 詩乃

森で遭難した

「どこだここ……」


 森の中にユウトの声は弱々しく消えた。

 辺りはもうすでに暗くなって西の空が少し白むだけ。

 ユウトは全く知らない細い川を見つけた。大きな岩に腰を下ろす。スマホを付けようと電源ボタンを押すが画面は暗いままだ。

 ユウトはため息を吐いた。


「噂の真相を確かめたいだけなんだけどなぁ……」


 ユウトはオカルトオタクだった。

 今日も学校で流行っている噂を見に来たのだ。


「この川、町まで続いてるかな」


 ユウトは腰を上げ、川に沿って山道を下っていった。

 数分程歩いていると、細い川の中に白い何かが揺れていた。ユウトは固まった後、音を出さないように近付いた。

 山の白い影。学校で流行っている噂と同じだったのだ。

 ある程度近付くとはっきり見えてきた。それは服だった。人間が入っている。

 ユウトは急いで川の中にバシャバシャ入り、水で重くなった服ごと川から引きずり出した。


「大丈夫ですか?!」


 ユウトはその人の頬をぺちぺち叩いた。すぐに水が口から吐き出された。その人物は起き上がった。


「た、助かった~!ありがと~少年!」


 ユウトが助けた人はユウトの手を握りそう言った。

 その姿を見てユウトは気付いた。


「きゅ、吸血鬼……!」


 服装と同じ色の髪の毛、肌、尖った耳、赤い虹彩。それはユウトが本で読んだことのある吸血鬼の特徴だった。


「もう気づかれちゃった?!」


「少なくとも、人間ではない……」


 ユウトは吸血鬼と距離をとった。


「大丈夫、何もしないよ~。私ルーナ!貴方の名前は?」


「知らない人に名前は言いません」


「え~!教えてよ~」


 ユウトはそのまま逃げ出した。

 しかし、ルーナは追いかけてきた。そして、ユウトの背負っていたリュックを奪った。


「教えてくれなきゃこれ返さない!」


「ええーっそんなに知りたいですか?」


「知りたいよ。いいじゃん、名前くらい」


 ルーナは俯いたまま黙った。そして、ユウトのリュックを開けた。


「ちょっと待って!リュックの中見ないでよ!」


 中を弄ったルーナは、あっ!と言って何かを取り出した。


「もしかして……私のこと好き?」


 オカルト本だった。


「何でそうなる?!発想が飛躍しすぎだよ!」


「でもでもっこういうのが好きなら私のこと知りたいんじゃないの?」


 ぐっとユウトは押し黙った。確かに知りたい気持ちもある。


「……ト……」


「何?」


「僕の名前はユウト」


 ユウトが言うとルーナは嬉しそうな顔をした。


「ふむふむ、良い名前だね。それで取引なんだけど、色々教えてあげるから君の血をくれないかな?」


「いいよ」


「いいの?!」


「死なない程度なら。言っとくけど僕の血は高いからね。洗いざらい話してもらうくらいじゃ足りないよ!」


「でも、話す以外に何するの?」


「吸血鬼なんだから、飛べるよね?」


「飛ぶの?!」


「うん。町の辺りまで連れてってよ」


「いいけど……血、いっぱいいるよ?ふらふらになっちゃうよ?」


「そのときは君が背負ってよ」


 ユウトはルーナの前に座った。


「うーん。まあ、取引成立ということで」


「はい、どうぞ」


 ユウトは服をめくって首のあたりをむき出しにした。


「いただきまーす」


 そこにルーナが噛みついた。吸われる音が数秒続いた。

 ぷはっとルーナが離す。


「数ヶ月ぶりの食事……」


「血が無くても数ヶ月生きられるんだ……」


「どう?立てる?」


 ルーナが手を伸ばした。


「なんか寒気がするくらいかな」


 ユウトは手に掴まり、立ち上がろうとする。しかし、グルンと世界が回ったように感じた。とても立ってはいられない。しりもちを付いた。


「無理でした」


「だろうね。しょうがないからおんぶしてあげる」


 ルーナは軽そうにユウトを背負った。


「飛ぶよ~」


「うぅ……」


 ユウトの下から、つまりルーナの背中から黒い羽が生えてきた。


「ええ……キモ」


「言わないでよ、ちょっと気にしてるんだよ」


「はいはい」


 ふわり、と体が宙に浮く。そのままゆっくりと地面が遠くなっていく。


「ユウト君質問していいよ」


「何で川の中にいたの?水苦手でしょ?」


「いや~あれは飛んでたら木に引っかかって、川に落ちて流されたの」


「ただのドジか……」


「……他には?飛んでる間なら何でも答えるよ」


「じゃあ歳は?」


「あー……なんだったかなー」


「何でも答えるんでしょ」


「う、200くらい」


「へぇ思ったより若いね」


「本当っ?」


「本当本当」


 二人は緩やかに夜を渡っていく。ユウトがどんな質問をしようか悩んでいると。


「ねぇねぇ空見てみなよ」


「うわぁ……!」


 今日は快晴で、空を埋め尽くすほどの星が空に浮かんでいた。

 ユウトは質問のことを忘れて見入っていた。


「町が見えてきたよ」


 森の向こうに川を挟んで町が星のように輝いて見える。


「お家まで送ってってあげる」


 ユウトは住所の説明をした。町に入ると少し星が見えにくくなった。

 ルーナは家の前にゆっくりと降り立った。背負っているユウトに話しかける。


「そういえば、怒られちゃうんじゃない?」


「母さんには泊まりって言ってあるんだ」


「なら大丈夫か」


「もう歩けるから、降ろしてよ」


 ユウトはルーナから降りた。


「ありがとう。さよなら」


「うん。バイバイ、ユウト君」


 別れを告げて玄関の方を向く。

 しかし、後ろからルーナに肩をつかまれた。耳元で囁かれる。


「また来てね」


 ユウトが振り返ると、そこには誰も居なかった。

 だが後日、どこを探してもオカルト本は見つからなかった。

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森で遭難した 大西 詩乃 @Onishi709

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