名案
「おお、弾正忠。今川の軍勢を打ち破るとは見事。当家の宿願たる遠州奪還に近づいたか」
清須に戻り、先のいくさについての報告をすると武衛様はことのほか喜ばれた。それはそうだろう、先代から今川にはコテンパンにやられていたのだ。
先代の信秀様が那古野にあった今川の居館を策をもって奪い取ったことから信秀様の出世が始まったと言われている。
「はっ。武衛様の御威光によるものにございましょう」
「ふむ。ぞのようなものがあれば信友ごときに押し込められはせなんだがのう。まあよい」
禁術を使ってさらに敗れた今川の声望は地に落ち、織田家、ひいては斯波家の武名は大いに上がった。尾張国内の土豪はこぞって清須城の門前に集っている。
「天田、今回の褒美に軍馬50頭を与える」
「ははっ!」
軍馬は貴重な資源だ。何しろ生き物だから急に増やせない。商人に買い付けを依頼してもなかなか数が増えないのだ。
安祥の東で牧場を作り、そこに出資することで多少はうちにも回ってきているが、大多数は織田家に納められる。
「馬か……そうだ!」
「む? その顔は何やら面白そうなことを思いついたのではないか?」
「はっ、祭りをしましょう!」
「祭り?」
「はい。尾張一統を記念して、津島、熱田、清須にて」
「津島と熱田はわかる。清須で何をするのだ?」
「順に話します。津島では奉納の相撲を執り行いましょう」
「ほう、面白そうだな」
「同じく熱田では、草薙剣になぞらえて剣術、槍術、弓術の大会を」
「詳しく話せ」
「それぞれの部門において、対戦形式で競わせます。剣術、槍術の優勝者同士を戦わせ、勝者には相応の恩賞を。参加者は問いませぬ」
「ふむ、在野の人材を発掘するということだな?」
「はっ、また家中の鍛錬にもつながるでしょう」
「良い、すぐに実行せよ……清須では何をする?」
「はっ、馬揃えと競馬を」
「馬揃えは良い、競馬とは?」
「文字通り、馬術を競わせます」
「ほう」
「速駆け、障害、遠駆けで競わせてはいかがかと」
「続けよ」
「清須の街の郊外に馬場を作らせております。その周回できる道をいかに速く駆け抜けるか。また逆茂木を飛び越えて如何に早く回るかを競わせます」
「数人で走らせればよいか」
「はっ、遠駆けはそうですな……那古野までの往復でいかがでしょうか?」
「なるほどな。馬術の底上げにもなるか」
「そしてこれが胆なのですが……」
「うむ?」
「賭け札を売ります」
「……続けよ」
「各試合の勝者、優勝者に賭けさせます。1枚100文。当たれば倍返しで」
「うむむ」
「また商人にも協賛金を募りましょう。より多く金を出した者には利益を与えればよいかと」
「例えばどのような利を与える?」
「先ほどの掛札の販売権利などはいかがか?」
「おお!」
「最終的な儲けの半分を上納させます。儲けが出なかった場合は免除でよいでしょう」
「くくく、わはははははははははは!!」
「この策のもっとも大事なことは、当家が損をしないことですからな」
「ククク、天田。貴様も悪よのう」
「いえいえ、殿ほどではありませんて」
「「わはははははははははははははは!!!」」
ひとしきり笑ったあと、殿は何人かの家臣を呼び、いままとめた内容を布告するよう命じた。
「ふむ、これでよいか。また何かあったら人をやる。下がって休め」
「はっ!」
休めというのは社交辞令であるとよくわかった。一応ジーンを嫁にしたばかりの新婚であったはずが、毎日のように呼び出されて那古野と清須を往復する羽目になる。いっそのことと思い、ジーンを連れ歩くようにした。彼女は何なら俺よりも武力が高いからな。
「旦那様、いっそ清須に部屋を借りてはどうかな? 毎日行って戻っての時間がもったいない気がするぞ」
「それは俺も考えたんだよ。けどね……智がね」
「ああ……」
一度清須に泊まったことがあった。すると翌朝、智に起こされたのだ。にっこりを笑みを浮かべるが、一睡もしていないような様子で、仮に隣にだれか寝て射ようものなら……想像もしたくない。
「馬揃えのための具足とか衣装を大々的に注文したからな。これで景気が良くなってくれるといいんだがねえ」
「金貸したちも盛大に金をばらまいたそうだな」
「ああ、銭は使って回してなんぼだからなあ」
祭りに向けて商人は堺や京に人を送り、様々な物品の買い付けを行っている。また近隣の諸勢力にも招待状を送った。
美濃斎藤家、北伊勢の神戸、関、工藤、三河の鵜殿、奥平ついでに遠江の朝比奈などにも送りつけた。
さすがに朝比奈からは返答はなかったが三河の諸勢力は重臣を派遣してくるとの返答があり、相応の反応に殿はニヤリと笑みを浮かべる。
うわさを聞き付けたのか、信秀様と親交のあった山科卿などの公家も参加したいと使者が来た。
「良いか、此度の祭りは近隣諸国のみならず、公卿も参加することとなった。貴様らの武辺、期待しておるぞ!」
殿の号令に織田の武者どもが応える。
尾張は空前絶後の好景気に沸いていた。
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