馬揃え

 清須の城下には溢れんばかりの人が詰めかけていた。殿をはじめとする重臣や馬廻りはこの日のために注文していた、傾いた……いわゆるド派手な装束に身を包んでいる。

 清須の広場には主だった武士しか入れていないが、一部の招待客は席を用意され、そろいの具足に身を包んだ武者たちを見て顔色を変えていた。

 

「織田様の景気が良いとは聞いておりましたが、まさかこれほどとは……」

 商人たちは準備段階でかなりの銭を受け取り注文の品をそろえるべく走り回っている。中でも京や堺の大店に渡りをつけ、手数料をガッツリ稼いだ茶屋の主はホクホクとした顔で招待席に座っていた。

 また近隣の諸豪族はさすがに城内には入れなかったが、門の外で待機する騎馬武者たちを見て震えあがっている。


 南蛮胴具足に身を包んだ殿が壇上に上がり挨拶を始めた。この鎧はジルの遺品をもとに鍛冶師が苦労して作り上げた、いわゆるプレートアーマーのレプリカである。


「今日の良き日に馬揃えができること、まことに重畳である。武衛様の御威光が尾張の隅々まで行き渡り、また先日今川と戦い、勝ちをおさめた。実に幸先の良きことである」

 美濃斎藤家からは先代、すなわちマムシの道三殿が貴賓席でくつろいでおられる。周囲にいるのは西美濃三人衆であろうか。織田軍の威勢を見て顔を引きつらせていた。

「さて、今後であるが、乱れた京を立て直すべく、禁裏へは銭を上納させていただく所存である。内裏の築地は破れ主上が心を痛めておる時に、手を差し伸べぬは不忠であり、父より受け継いだ勤王の志を天下に示す」

 いざとなったら上洛も含め検討だな。殿の言葉に貴賓席の山科卿をはじめとした公卿たちが快哉をあげている。


「尾張郊外に馬場を設けてある。これより街中を進み、そちらへと向かう。されば……出陣!」

 殿の声に、一斉に武者たちが応えた。尾張の弱兵と侮られがちだが、つわものはいるんだよな。

 具足をまとったままでひらりと馬にまたがり、馬廻りを率いて先頭に立って馬を歩かせる。殿の最も側に控えるのは領主から差し出された次男三男らを中心とする小姓衆だった。その中でもまだ幼い風貌であるが六尺近い巨躯で馬を進める前田の三男坊が目を引いていた。柄を朱に塗り上げた手槍の穂先がギラリと日の光を跳ね返す。鋭い眼光で周囲を見渡すさまは、魏武の側にいる虎痴のごとくであった。


 信広様や信光様をはじめとする連枝衆がそれに続く。筆頭家老の林殿が騎馬15騎を率いて続くと、佐久間、柴田、内藤、そして……うちだ。


「殿、わしゃあ震えが止まらんで。まさかこんな沢山人が集まるとは」

 藤吉郎はガタガタと身を震わせている。横で小一郎がため息をついていた。

「胸を張れ。お前はすでにいくつも手柄を立てているから大丈夫だ」

「は、はは!」

 バシッと背中を叩く。震えは徐々に収まって行った。


「よし、天田衆出る!」

「「おおう!!」」

 この日のために木下兄弟は必死に馬の稽古をしていた。同じく甚兵衛や竜一らのモブ武者たちも馬術スキル0から1になり、ビシッと背筋を伸ばして馬を歩かせることができるようになっている。

 殿から拝領の名馬は道行く人々を見ていななきをあげた。


 2時間ほど歩いて郊外の練兵場につく。ここも実は突貫作業で仕上げた新しい施設だ。馬術競技もここで行われる予定である。


「備えを組め!」

 殿の号令に従い、中央に柴田、右に佐久間、左に天田、後ろに林と殿を中心とした陣列を組む。本来はそこに足軽がいるが、今回は騎馬武者だけの布陣だ。


「かかれい!」

 殿が采を振るうと一斉に騎馬武者が走り出す。千を超える馬蹄が地響きと共に砂塵を巻き上げ疾駆する姿は、間違いなく壮観だ。

 敵陣を模した藁人形の束をなぎ倒し、そのまま緩やかに旋回して元の場所に戻る。藁人形は一つとして立っているものはなかった。


「うう、ぺっぺ」

 口の中がじゃりじゃりする。派手な装束も砂煙を浴びてまだら模様になっていた。

 周囲の見物客からの歓声がすごいことになっている。町民や農民であってもいくさに出たことがないものはそれほどいない。

 あとはこれほどの騎馬をまとめて運用すること自体が少ない。逆にこれだけの騎兵を編成できる経済力が凄まじいのだ。

 騎馬隊に休めの指示が出て、それぞれ下馬して馬の世話をする。手綱をしっかり持つように命令が出た。ということは……あれか。


「鉄砲足軽、前へ!」

 練兵場の外延部で待機していた足軽衆が駆け込んできて整列する。これもそろいの胴丸に陣笠、太刀や脇差も同じ拵えとなっていた。

 彼らは手に種子島と呼ばれる火縄銃を持っている。


「火縄付け!」

「おう!」

「弾込め!」

「おう!」

 火薬を筒先から流し込み、弾丸を同じく流し込む。そのままカルカで銃身内部を突き、弾丸と火薬を固める。

 彼らの前では黒鍬衆と呼ばれる工兵たちが再び藁人形を立てて回っていた。ご丁寧に中古の胴丸を着せてある。


「構え!」

 前列は膝立ち、その間に立ち撃ちの兵が並び、200の筒先が同じ方向を向く。火蓋には発射用の火薬が盛られ、発射のときを待ちわびる。

 じりじりと火縄が焦げて煙を立ち昇らせ、焦げた臭いが鼻を突いた。

 見物人たちは緊張感に飲まれ、しわぶき一つ上げることなく事態を見守っている。


「うてええええええええええい!」

 大音声で告げられた殿の命に従い、鉄砲足軽たちは引き金を引く。

 火蓋の上に落とされた火縄は火薬に引火し、銃身内部の火薬を燃やす。一丁ならば乾いた炸裂音がするだけだが、200の鉄砲は見事不発を出すことなく轟音を響かせた。200の弾丸は目の前の藁人形に向けて飛来し、胴丸を貫き藁人形を打ち砕く。

 これが生身の兵であったならば……見物人はそう想像して悪寒に体を震わせた。同じように考えたであろう三河の国人たちはもはや紙のように真っ白な顔色をしている。北伊勢の諸豪族も同じであった。


「恐るべき手際よな」

 道三のつぶやきに稲葉、安藤、氏家の三人がうなずく。彼らほどの身代になれば鉄砲の一つも入手している。その運用が果てしなくデリケートであることも含めてだ。

 火薬の調合や弾丸の取り扱いに失敗すれば場合によっては暴発し、鉄砲は破損する。またそうなれば扱うべき射手も負傷するし、死んでもおかしくはない。

 鉄砲は扱う上でも命がけなのだ。


「……新九郎様には見たままを報告いたす」

 稲葉の言葉に安藤、氏家も力ない顔でうなずく。多数の騎馬武者に練度の高い鉄砲隊。その背後に見える織田の国力に三人衆は心から震え上がっていた。

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