援軍編成

 鳴海城を攻める敵勢を文字通り全滅させた後は城将の佐久間信盛殿が半数の兵を率いて安祥の後詰に回ることになった。

 

「天田殿、救援かたじけなし。して、そちらの御仁は……?」

 ジーンとジルの二人はよほど目立っていたのだろう。ジルなんかは2メートル近い巨躯で、こっちの人間からしたら鬼にでも見えていてもおかしくないか。


「ええ、ここに来る途中参陣してくれたのです。なにやらあやかしや死人を滅ぼす術を持つそうで、彼らの力は先ほどの戦いで見たままです」

「なんと! いやあ、それはすごい!」

「ええ、彼らがいなければ俺もここまでたどり着けませんでしたよ」

 死人を何とかできるという情報は即座に鳴海の城兵に伝わる。そうして指揮を盛り上げておかないと、そもそも出陣自体ができないほどに士気は低下していた。


「……正直なところ、儂もあいつらの仲間入りをするのかと絶望しておりましたからなあ」

 佐久間殿の話を聞くと、死人に討たれた兵がそのまま立ち上がって攻め寄せてきたという、なんとも怖気のくる話をしてくれた。ゾンビパニック映画そのままの状況だ。

「お、おう。それは……」

「死して終わりならそれはそれでよいが、死んだのち敵に操られ殿に仇なすなど考えただけで……」

「死んだ後に汚名を残すなど耐えられませんな」

 佐久間殿とその家臣たちはぶるりと身を震わせた。怯懦とは程遠い尾張の精兵をすら震え上がらせる。

 これが何度も繰り返されれば実にまずいことになる。


「安祥に物見を出し、1日兵を休ませる」

 実際のところ、かなり強行軍をして来た自覚はある。また鳴海の城兵も絶望感から解放されて士気は持ち直しているが、果てしないストレスにさらされて疲労はたまっているだろう。

 交代で見張りを立て、休息を命じるとそこかしこで倒れ込むように眠りだした。なにより佐久間殿も「すまぬ」と一言告げたのみで柱にもたれて寝息を立てはじめたのだ。精神的な疲労は相当だったのだろう。


「して、安祥方面の情勢はどうだった?」

「は、鳴海に向かった軍が敗れたと知り、攻囲をいったん下げました。主力は死人兵ながら、本隊として1000ほどの旗本がいる様子。旗幟は雪斎坊主のものでした」

「おそらく先ほどの敵将が持っていたブレスレットを破壊したことでなにがしかの反動があったのだろう」

 そういう術とかはよくわからんが専門家であるジーンが推測を述べている。

「そういうものなのか」

「一つの大きな術を行使して、その術の力を何かの呪具に分けて持たせる。それが破壊されれば反動は分けた者の方に還るというわけだ」

「なるほど」

 取りあえず分かったことにしておいた。


 安祥付近の敵軍は死人が7000、生きている兵が1000の合わせて8000ほどということが分かった。


 そうこうしているうちにまずは那古野の兵2000が到着した。死人兵の恐ろしさを知らないリスクはあるが、疲労の少ない兵が増えて戦力は上がる。


「おお、天田殿。出撃の用意は整うたぞ」

 佐久間殿の方が本来格上なのだが、今回の異常な事態に合わせてなぜか俺が主導権を持っている。下手に我を張って負ければ責任を取らされるということかもしれない。というか責任を押し付けないでほしいと切に思う。


「はっ、では出陣しましょう」

 鳴海を出てしばらく歩くと北の方角に砂煙が見えた。


「ん……?」

「五つ木瓜と永楽銭の旗は」

「殿か」

 100ほどの騎馬武者を率いて駆けてきたようだ。

「おう、半介。加勢ご苦労、天田も見事なる働きをしておるようだな」

 全身汗まみれになり、なんなら具足も着ていない殿であった。

 小姓が具足箱を担いで追いついてくる。というか、自身も武装してもう一人分の装備をもってさらに走るとかどんだけ!?

「おう、犬千代。大儀」

 あー、そういうことか。

「ぜえ、ぜえ。殿、せめて具足は着てからにしてくだされ……」

「ふん、貴様らがおってさらに我に迫ることができるような武者は日の本におらぬわ」

「殿……」

 誉め言葉として取るなら最上級である。しかしながらそれでも用心しないといけない身分だろう。


「そうだ。古渡の蔵から出てきたなにやら重代の刀だそうじゃ」

 殿が腰に佩いている太刀に何やら違和感を感じて目をやると、目ざとくそう答えてきた。


「オオ!」

 珍しくジルが声を上げる。こいつ雄たけびくらいしか出せないと思ってたよ。

「む? 南蛮人の家臣を持ったか。傾いておるのう」

「え、ええ。のちにお目通りを願おうと思っておりましたが。こやつらはジルとその嫁のジーンと申します」

「ほう。見事なる体つきよな」

「は、既にご報告が行っているかと思いますが」

「続けよ」

「雪斎が禁術を用い、死人の軍勢を差し向けてまいりました。今川領では飢饉の上に疫病が流行り大量の死人が出たようで」

「であるか」

「おそらくですが、雪斎を討てば死人の兵は出てこぬと思われます」

「治部であっても使えよう?」

 治部とは今川義元のことである。

「ですがそれは今川家の滅亡を意味しましょう。雪斎ならばまだ言い訳ができます」

「ふむ、であるな。さればこのまま進み安祥に入るとしようか」

「殿の本陣を安祥に置かれませ」

 佐久間殿の進言に小姓衆が一斉に頷く。何なら少数の兵で敵陣に斬り込むくらいはやりかねないのだ。

「信広兄といったん合流したのちはそのまま進まねばならん。我が後方の城に居るとなれば兵の士気も上がるまい」

 正論であるが、陣代として信広様を立ててもいいのだ。

「それにな。この刀は当主にしか扱えぬようでのう。勘十郎では鞘から抜けなんだ」

「はい!?」

「退魔刀と銘打たれておる。おそらくこの刀であれば雪斎の術を破れよう」

 隣に目をやるとジーンがこくこくと頷いている。

「あんな高位のアーティファクト、初めて見ました。バチカンにも同じ程度のものがあるくらいでしょう」

「まじか……」

「うむ、この刀が素晴らしいと言うておるのか。南蛮人が刀の良しあしを分かるとは殊勝なることだの」

 その時はじめて気づいた……ジーンが日本語を話していないことに。

 取りあえずこの二人は俺の側に置くしかない。その上で、扱いを決めないといけないが、禁術が今川のものだけではないだろう。もっと厄介なものがあるかもしれない。その時にこの二人は切り札になるだろうことは容易に分かった。


「ではいざ行かん。安祥へ進軍!」

 殿が能天気に刀を振りかざして告げた。

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