イベントをこなすとチャンスがあるものだ
津島で茶屋の商隊と別れた。
「旦那さんによろしく」
「こちらこそお世話になりました」
「とりあえず尾張に縁が無かったらまたお世話になるかもしれません」
「良いご縁があることを祈っておりますよ」
こんな感じであっさりしたものだ。士官と言っても簡単にできない。そもそもその土地の殿様に挨拶に行こうにも俺はただの素浪人だ。
何らかの評判などがあればいいが、京の街でわずかな武名があったとしても尾張では通用しないだろう。
しばらくは市を見て回る。旅籠もあるようだし外から人が入ってくることを考えて作られている町割りだ。人々の表情は明るく、活気があった。
何かいくさでもあれば陣借りなどで名を上げる機会もあるかなと思いつつ歩いていると……。
「さあさあ! よってらしゃい見てらっしゃい。この木綿針、そんじょそこらの針じゃありませんぜ!」
一人の少年が威勢よく口上を述べる。その顔はくしゃりとゆがめられておりなかなか愛嬌のある表情だった。
「尾張鍛冶の腕利きが打ったこの針は曲がらず欠けず、長もちだ! さあさあ、御立合い! これをこうして……姉ちゃん!」
「はいよ! そーれそれそれー!」
少年の姉と思われる少女が糸を通した針を続けざまに布地に通す。木綿は目の詰まった生地で確かに質の良い針に見えた。
「よっしゃ、ひとつくれ!」
「はい、ありがとうございます! ひとつ10文です」
「ほほう、いい値付けじゃねえか」
「へい、でも高くはありませんよ」
「ああ、わかってるよ」
「まいどありい!」
口上を述べる少年とは別に、もう一人いた。にこりと笑みを浮かべて商品を渡し、ぺこりとお辞儀をする。
「ほう、おれにもひとつだ!」
「あたしも買って行こうかねえ。旦那の服がだいぶほつれててねえ」
「だったらこっちの糸がおすすめだ!」
少年が糸を持ってぎゅっと引っ張ってもピンと張りつめるがちぎれたりしない。
「へえ、丈夫じゃないか」
「姉ちゃんが丹精込めて撚ったんだ。あたりまえさ!」
「よし、針と糸も頂戴な」
「まいどありー!」
ゴザの上に並べられていた縫い針は見る見るうちに売れていく。そこにガラの悪い素浪人がやってきた。
「おう。そこの品は俺が全部もらうぞ」
いかにも金など持っていなさそうな風情である。
「いいけど、お代はあるのかい、おっちゃん」
「ふん、そんなもんは出世払いじゃ。わしが侍大将になったらお前らを小者にしてつかわすで。ほう、そこの娘は側女だな。ちょうどよいのう」
そういうとその男は少女の腕をつかみ連れ去ろうとする。周囲を歩いていた人々は遠巻きにするばかりで動きがない。警備の兵とかおいてないのか?
とふと閃いた。これってなんかイベントかな。だったら参加しない理由はないよな!
「まて!」
声を出して狼藉を止めようとした。
相手は無言で刀を抜き、斬りつけてくる。
『心眼システム起動』
システムメッセージが流れ、世界の動きが止まる。
「一騎打ちモード起動」
『承諾』
視界の隅に俺と素浪人の体力ゲージが出る。
『MISSION:素浪人を倒し、兄弟を助けよ』
システムメッセージを見てやはりイベントかと納得する。
抜き打ちで放った横薙ぎの斬撃は顔を狙ってきていたので上体をそらして避ける。
武力は……45か。雑魚だな。ただ勝っても面白くない。大和に出向いて習得した組み打ちの技を披露しようか。
「ぬう、ちょこまかと!」
ブンブンと振り回す刀をことごとく避ける。
「当り前だ。当たったら痛いだろうが」
俺のすっとぼけた答えに周囲から失笑が漏れる。
「ぬう、なめとるのか!」
「だれがうぬのような小汚い素浪人を舐めるか。そもそも臭くてならんわ」
その一言に頭から湯気でも噴きだしそうな勢いで顔が赤く染まる。
「死ねえええええええええええええええええい!」
唐竹割の大振りだ。身体を横に捌き、一歩踏み込む。手の甲に突きを繰り出し、バチンと痛そうな音が響く。そのまま裏拳を鼻面に叩き込み、同時に足を払った。
「ほげええええええええええ!」
くるんと半回転した素浪人はそのままごすんと後頭部を地面に打ち付ける。
「成敗!」
そのまま勝ち名乗りをあげたところ……周囲から拍手が降ってきた。
「ありがとうございます、お侍様!」
「すげえ、すげええええ!」
腕に先ほどの娘がすがりついてきて、両脇から少年がしがみついてきた。弟と思われる少年は目に涙を浮かべている。
「すげえぞ!」「よくやったなあ!」「スカッとしたぞ!」
おひねりでも飛んでこないかなーと思っていると……唐突に人垣が割れた。
「狼藉者はどこじゃ!」
鐘馗のようなひげを生やし、槍を構えた大男がなだれ込んでくる。
「お、おう?」
その目線の先には、狼藉を受けていた兄弟にしがみつかれる俺と、のされて泡を噴く素浪人がいた。
『MISSION COMPLETE!』
武名が5上がりました。
名声(尾張)が5上がりました。
織田家との友好度が10上がりました。
「よくやってくれた!」
ガハハと豪傑っぽい笑いでバシバシと俺の肩を叩く身なりの良い武将。
「え、ええ。あれを見過ごすのは武士として、ねえ」
「良き心根じゃ! 気に入ったぞ!」
そこにさらに身なりの良い中年くらいの侍がやってきた。
「おう、権六よ。なかなかの武辺者じゃ。お主の配下にしてはどうじゃ」
「おお、これは殿。周りの町民らの話によりますと、刀を抜くことなくこの狼藉者を叩き伏せたとのことで」
「それは見事じゃ。……権六よ。この者の名を聞こうか」
なにやら俺を置き去りにして話がどんどん進んで行く。そして二人の目が俺の方を向いた。護衛と思われる侍たちの殺気と共に。
「天田士朗と申す。京より天王寺屋の護衛としてまいりましてござる」
ボケようと一瞬頭をよぎったが、さすがにそれはまずいと思いそれっぽく対応する。もちろん日本人たる俺はお辞儀も忘れない。
「ほう、京より参ったか。権六、古渡に戻る。供をせよ。天田殿と申したか。貴殿もよろしければ参られい」
よろしければって雰囲気じゃない。有無を言わせぬ雰囲気に無言でうなずく。そのまま護衛の侍たちに取り囲まれるように俺は権六さんとその殿さまの後についていくのだった。
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