戦闘チュートリアルと修行の日々
「さて、と」
ログインして周囲を見渡す。
時代は1546年。シナリオセレクトで一番早いのを選んだ。タイトルは「信長元服」。
戦国の風雲児がついに解き放たれた、という煽り文句だが……この時の織田家は守護の斯波家の家臣のさらに部下という弱小勢力に過ぎない。
織田家の勃興については今後また語ることもあるだろう。
さて、現在地は京の都、身分は牢人だ。まずはいろんなスキルを身に付けないといけない。
京の都は寺院や商家、道場などでスキルを鍛え、能力を向上させることができる。いきなり仕官してもいいが、そうなるとスキル向上の時間が取りにくくなる。
先にある程度能力を上げておけば出世もうまく行く、そういうことだ。
「たのもう!」
道場に入る。道場破りではないが、ここで勝つと武芸の経験と武名を高める効果がある。
ネームドの武芸者に弟子入りすると流派を名乗ることもできる。
「む、何者か?」
「わが名は天田士朗と申す。一手ご教授願いたい」
「よかろう。弟子よ、行けい!」
道場主がモブ剣士に命じると、すぐに木刀を手に数人が向かってきた。同時に木刀が投げ渡される。このあたりゲームなのかフェアだ。
『心眼システムについて説明しますか?』
「ああ」
前作などで経験はあるが念のため説明を聞いておく。
『では、心眼ビューモードに切り替えます』
画面の端に自分を模したキャラと、敵役のキャラが表示される。
武芸者の弟子と表示される彼らの武力は50。高くも低くもない。
中段に構え、こちらに向かってくる。
『相手が狙っている場所が赤く光ります。ガードか回避をしてください』
中段に構えていた木刀を振り上げ、こちらに振り下ろされる。
「回避」
身体を開いてかわす。『回避成功。カウンターチャンスです』
システムメッセージに従ってがら空きになった胴に横薙ぎの一撃を喰らわす。
「ぐわっ!」
カウンター成功でクリティカルヒット!
一撃で最初の敵が倒れる。
「よくも!」
二人目が飛び込んでくるが、こちらも大振りでカウンターが決まる。
すると3人目は足を止め、じわじわと歩を進めてきた。
「うぬぬ……」
構えたまま動きが止まる。お互いスキの探り合いになった。
『相手がスキを見せたところは青く光ります』
ゆらりと木刀の先が揺らぎ、中段にスキが見えた。
「はっ!」
籠手を狙い木刀を振る。これは防がれた。相手の攻撃を防ぎ、数度の攻防が繰り返される。
『アタックチャンス。強攻撃を仕掛けてください』
上段に青い光が点滅する。そこに気合を乗せて大振りの攻撃を仕掛けた。
「ぐうっ!?」
ガードはされたが相手の姿勢が揺らぐ。中段に見えたスキのマークが再び点滅した。
「でやー!」
中段に再び強攻をかける。何とかガードされたが、再び姿勢が揺らいだ……上段に星マークが光る。
「そこだ!」
上段に突きを放つと、見事にヒットして一撃で倒すことができた。
「うむ、見事!」
道場主より紹介状を書いてもらうことができた。これによってネームドの剣士がいる道場に行くことができる。京だと吉岡道場とかだな。
それからは商家でそろばんを習い、寺院で漢籍から兵法を、和書から教養を身に着ける。時々は酒場で用心棒のまねごとをして金を稼いだ。
こうして算術スキル、武術スキル、用兵スキル、教養、弁舌などの基礎を身につけることができたとき、ゲーム内で1年が経過していた。
そして都の商家茶屋に出入りする程度の信用を得ていた。荷運びや護衛などの仕事をする替わり、各地の産物や商家の情報、相場などを学んでいた。
「ああ、天田さん。ちと頼みがあるんや」
「ああ、旦那。どういう用件で?」
「三河に向けて商隊をだそうと思うとるんやけど、腕利きがおらへんねん。すまんけど護衛、頼めへんか?」
「三河、そういえば先日織田家といくさがあったとか」
「ええ、小豆坂で七本鑓とやらがえらい暴れたそうで、それで松平の殿も織田に降られたそうや」
史実では最初優勢だったのが太原雪斎の策にはまって負けたはずだが、ここまで距離があると正確な情報が伝わりにくいのかな?
それともゲームだから史実通りに勝ち負けするわけじゃないかもしれない。
「どんな情勢なんですか?」
「なにやら戦奉行の弾正忠様が雪斎和尚の策を見抜いて勝ったそうで、岡崎が織田に付いたとかなんとか」
「へえ、そりゃすごい。俺も仕官してみようかな」
「……当家としても天田さんには助けられておったからなあ。おらんなられるとちょいとじゃなく困るんやけど」
「ははっ、じゃあ偉くなったら織田家とのつなぎになるよ」
「ええ、その時はよろしくお頼みますわ」
諸国は乱れ、室町幕府の威令はすでに途絶えた。
各地で大名のみでなく寺社、土豪らが互いに相争い、主上(天皇陛下)」すら満足に食事を確保できない。そこに暮らす民は何をかいわんやという有様である。
1年にわたる京の暮らしで思ったことは、この乱世を何とかしたい。俺はそう思うようになった。まさに大望(アンビシャス)というわけだ。
さて、商隊を率いている番頭さんに挨拶をする。
「やあ、よろしく頼みますよ」
「ああ、こちらこそ」
逢坂の関を越え、瀬田の橋を渡る。眼下に琵琶湖の湖面が広がり、跳ね返る日の光に目を細める。
「六角様にはお話が通っておりますでな」
「なら大丈夫ですね」
荷車を引く駄馬がいななく。荷を狙って賊が現れることも実際にあり得るので、警戒は怠らない。
近江は無事通過し、不破の関を越えて美濃に入る。美濃では斎藤家の内紛の情報が入ってきた。今のところはまだ平穏だが水面下で対立が激化しているそうだ。
大垣から南下し、長良川を渡る。川を渡るときには川並衆という河川を縄張りとしている野武士集団とつなぎをつけていた。
「船賃は確かに頂いた。この蜂須賀小六に任せておくがいい」
「ああ、頼んだよ」
番頭さんと川並衆の頭が話していた。無事商談は成立したようだ。俺は護衛の兵たちを取りまとめて休息の指示を出していた。
頭役で、先ほど蜂須賀と名乗った若者が俺の方に近づいてくる。
「あんた商人かい?」
「いや、牢人暮らしでな。用心棒のまねごとをしているのさ」
「なるほどなあ。織田家に仕官するつもりかい?」
「この国の守護は斯波様だろう?」
「ああ、しかし下克上の世でなあ。上下の守護代が相争っておるで」
「どこも織田家だろう? ちなみに小六殿から見て一番よさげなのはどこだい?」
「戦奉行の弾正忠様だな。曲がりなりにも尾張一国をまとめて美濃に攻め寄せたからな」
「先ほど今川と戦って松平を下したと聞いたが」
「もともと松平が寝返っておったのよ。それを見抜いた雪斎坊主が松平の背後に兵をおいていたのだがその策を読んで、さらにそこに伏兵を置いたらしい」
「なんともすさまじいね。俺みたいな素浪人でも雇ってもらえるのかね?」
「そこはそうだな。先駆けの柴田様の目に留まればあとは手柄次第、じゃないか?」
「なるほど、ではせいぜい励んでみるさ」
「頑張ってくれ。ああ、名を教えてくれんかね?」
「天田士朗だ。偉くなったら小六殿につなぎを付けに来るよ」
「ははは、楽しみにしてるぜ」
荷を預け川舟に乗る。そのまま長良川を下る。しばらくすると風に乗って人々のさざめきが聞こえてくる。
織田弾正忠家の銭袋、津島神社の門前市はかつてない賑わいを見せていた。
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