第10話 逃走

 芦田から報告の電話を受けたヒロは、はとバスに乗って東京見物をすることにした。関東に住んでいた頃には東京見物をしたことがなかった。東京タワーやゴールデンゲートブリッジを2階建てバスから見る景色はまた違う東京の一面を見ることができた。

 夕飯を新宿で食べ、明日の約束の時間と場所を決めようと芦田に連絡をした。しかし、何度電話をしても繋がらない。不審に思い、年賀状に記されていた下北沢の芦田の新居を訪ねた。呼び鈴を押したが返答がない。不審に思っているところに芦田の電話からの着信があった。しかし、電話口での声は芦田の妻であった。涙声でこう話した。


「ヒロさん、芦田は今日心臓発作で突然亡くなりました。」


 ヒロは背筋が凍るのを感じた。そして、俄に振り返った。すると遠くの電柱に隠れる人影が見えた。否や急いで駆けだした。大通りまでは200メートル。とにかくここを離れなければならない。命の危険を感じたヒロは大通りまで全力疾走し、タクシーを拾い、運転手に告げた。


「どこでもいい、とにかくここを猛スピードで離れてくれ。」


 必死の形相のヒロを見たタクシーの運転手は、ぎこちなく頷き、環7を南に向かって車を走らせた。


「料金は倍払う。赤信号も突っ切ってくれ。」


 運転手はクラクションを鳴らし左右を確認し、勢いよくアクセルを踏んだ。運転手は思った。数年に一度はこんな映画みたいなことに出くわす。アドレナリンが吹き出るのを感じた。

 何度か細い路地を通って千葉県に入った辺りで付けてくる車がいないことを確認しヒロに言った。


「お客さん、なんとか追跡者から逃げられたと思いますよ。」


 ヒロは駅前で降ろしてくれと言い、約束通り倍以上の料金を払った。

 とにかくここを離れようと電車に飛び乗った。行けるところまでと着いた所は佐倉と言う駅であった。駅前のビジネスホテルに飛び込んだ。7階の部屋の鍵を受け取り、部屋に入り鍵をかけた。芦田が殺されたということはユミにも危険が及ぶかも知れない。ユミに電話をしようとしたとき、ドアをノックする音が聞こえた。ヒロは恐怖を感じた。返事をしないでいると、鍵を壊す音が聞こえた。ヒロは窓際に近づき外を見たが、窓からは出られそうにない。幾ばくもなくドアが開けられ2人のサングラスをかけた男が入ってきた。抵抗を試みたが、あっという間に取り押さえられ、羽交い締めにされた。ヒロはクロロホルムを嗅がされ、意識が遠のいていった。

 気がつくとヒロは倉庫のようなところで椅子に縛り付けられて、口にはガムテープが貼られていた。何人かの処理班の男達に囲まれている。一人がヒロに自白剤の注射をした。ヒロは目の前がゆがんで見え、酔っぱらったような状態になった。浅田は、ヒロの知っていることを聞き出し、収容所のユミの名前も確認した。その後ヒロの意識は次第に薄れていった。

 次の日、ヒロの死骸が横浜港に浮いていた。

 数日後、ユミは失踪した。

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