第8話 ヒロ2

 ヒロは東京行きの新幹線の中にいた。収容所にはしばらく休暇を取るのであとは頼むと告げていた。ユミには東京で調べてくると言い残していた。ヒロが向かっているのは、厚生労働省で勤める同期の芦田の所である。芦田も金沢大学出身で、宮内庁等の中央官庁を廻って農林水産省で勤め、昨年厚生労働省に配属されたキャリアである。東大や関東の大学出身の多い省庁で、金沢大学出身者は珍しい。二人は学生時代から気が合い、よく飲みに行った。明朗で快活な芦田と真面目なヒロは性格で衝突することがなく、芦田がよくしゃべり、ヒロが聞き役になることが多かった。二人には共通の夢があった。日本を世界一暮らしやすい国にすることである。経済格差が広がってきた現代社会において、地方の活性化と少子化を止めることが最も重要課題だと認識していた。「日本人はみんな米を食えばいいんだ。」と芦田は言っていた。「戦後アメリカから無理矢理小麦を買わされパンを食べるようになった。これを元に戻すだけでも地方は救われる。」とも言っていた。芦田が農林水産省にいた時「米を食おうキャンペーン」を大々的に行った。そのせいか、ほんの数パーセントであるが、米の消費量が増えた。ヒロも少子化対策のJBの収容所で働くということは、若い頃の夢の達成に近づいていたと言える。

 新幹線が東京駅に着いた。待ち合わせ場所である「銀の鈴」へと急いだ。

 芦田とは2年前の婚式以来の再会である。奥さんの料理のせいか太っていた。


「おう、久しぶり。」


「やあ、元気そうで、恰幅がよくなったな。」


「まあ、そうかな。幸せ太りということにしといてくれ。」


二人は肩をたたき合い、芦田の知っている近くの店に入ろうとした。


「ちょっと、相談したいことがあるんだが、個室のある店をよろしく頼む。」


「そうか、それならちょっと歩くけど。」


 と言って少し高めのイタリアンレストランにヒロを連れて行った。東京はとにかく人が多い。夕刻前なのに老若男女を問わず人でごったがえしている。ヒロは都会には人が多すぎる。人口を分散させることが、日本には必要だと改めて思った。


「急に呼び出すなんて、よっぽどのことだな。いよいよ結婚か。」


 芦田はワインを一口飲み、にやにやしながら言った。


「いやあ、そうではないんだ。まず食おうか。」


 ヒロもワインを一口のみ、前菜に手を伸ばした。


「じゃあ、あれか、金のことか。いやそんなはずはないな。病気にでもなったか。まさか宗教の勧誘じゃないだろうな。」


 二人は互いの近況や他愛もないことを話し、ワインを1本空けた。


「実はな、調べてほしいことがあるんだ。」


 ヒロは小声で、JBが1歳になる頃に健康診断があり、病気や障害のある子どもがどこかに移され、収容所には「移送」としか連絡がないこと。そして、ある収容所で子どもが安楽死させられていて、そのことを聞こうとしていたカップルが死亡していたことを話した。

 芦田は話しを聞いて、腕組みをしてしばらく考え込んだ。そしてゆっくりと口を開いた。


「もしもだよ。そのカップルの言うことが本当だとしたら、大変なことだよ。とてつもない大事件で、日本中がひっくりかえり、大騒ぎになるぞ。」


 ヒロは頷いた。


「よし、分かった、調べてみるよ、こっそりと。JB関係の局長は一宮だな。腹心の下田が全てを知っていそうだ。」


「ありがとう。でも、気をつけてくれよ。例のカップルの件もあるし。細心の注意を払って行動してくれ。」


「まかせとけ。お前は2日ほど東京見物でもしてな。」


 間違ったことの大嫌いな芦田は、他ならぬヒロの頼みである。なんとかしてやろう、いや、これは絶対調べなければならないことだと思った。


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