第6話 ルリの子ども

 ルリは広島港から船を乗り継ぎ、魚住島に行こうとした。ところが、魚住島には定期船が出ておらず、似(にの)島(しま)の漁師にお金を渡し、島まで送ってもらうことにした。


「あそこは行ったらあかんとこじゃけんちと値段が高いとよ。」


 普通の船賃にかなり色をつけて、漁師に渡し、魚住島に到着した。


 明日の同じ時刻に迎えに来ると言い残し船は戻っていった。

 この島には収容所以外の住民はほとんどいない。丘の上の収容所を見つけるのは簡単で、歩いてそちらに向かった。曲がりくねった坂を上った上に収容所はあった。受付らしいものはなく、外からの開いている出入り口はなかった。仕方なくルリは建物の周囲を廻った。そのとき偶然散歩に出たヒロと出くわした。


「どちら様ですか。」


「少しお聞きしたいことが・・・」


「この島には許可なく入れないことになっています。」


「どうしても確かめたいことがあり、ここまで来ました。お願いです。この施設の責任者の方と会わせてください。」


「・・・責任者は私ですが・・・」


 ルリは所長があまりにも若いので驚いた。


「とにかくお帰りください。規則では島外の人と話すことは禁じられています。」


「私の子どものことです。」


「それでもダメです。」


「そこを何とか・・・」


 ヒロはユミの話の後のことであるので無下には断れない気がした。きっと似島の漁師に無理を言って送ってもらったのだろう。帰る船もなく、この島には収容所以外に泊まれるところはない。


「うーん、仕方ないです。分かりました。お話だけはお伺いしましょう。中にお入りください。」


 ヒロは多分JBとして預けた子どものことが知りたいのだろうと思った。誰の子であったかは、言えないし、どうせ分からない。ヒロはルリを所長室に招き入れた。

 ルリは予想通り15年前に預けた赤ん坊のことが知りたいと言った。ヒロは教えることはできないと答えた。名前のない子どもを見つけ出すのは困難である。しかし、15年前のJBはわずか30数名である。現在の子どもは特定できないが、当時の子どもなら預けた月が分かるだけでかなり絞られる。ヒロは教えられないと言いながら預けた月を聞き出した。5月の末のことらしい。ということは5~6月にこの収容所に来た子であろう。涙にむせぶルリを部屋に置き、ヒロは資料室に入った。そして15年前の資料に目を通した。そこには5・6月に入所した2名の子どもの記録が書かれていた。確か女の子と言っていたのでA013と書かれたこの子に間違いはないであろう。しかしその子は1年後に死亡と記されていた。古い記録のせいか、それだけしか書かれていない。ヒロは所長室に戻り、ルリに言った。


「これは言ってはいけないことなんですが、この子は入所1年後に死亡となっています。それ以外の記録はありません。」


 ルリは呆然とした。そして、泣き崩れた。どこかで元気で暮らしていてほしいと思っていた希望がみごとに砕け散った。ヒロは一晩この施設に泊まり、明日帰るよう告げた。そして、入所1年後に死亡していることに引っかかりを覚えた。


「まさか・・・」


 ヒロは健康診断について調べてみようと強く思った。

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