第5話 タケ

 タケは岡山県の収容所で働いている。ここは、JBが1歳の健康診断で正常と見なされなかった子どもが連れてこられる施設である。タケは看護師としてここで働くことになって半年が経つ。タケのチームには2歳年上の先輩看護師のユウがいる。ユウはここで2年以上働いている無口な男で、何か質問しても「ああ。」「違う。」等一言しか返さない。どこか人生を諦めているようなところがある。家族のことも一切話さない。


「ユウ先輩23号室の子どもが亡くなりました。」


「ああ。」


「私が霊安室に運んどきましょうか。」


「ああ。」


「しかし、この収容所は子どもがよく亡くなりますね。西日本の病弱なJBが集められているとは言え不自然ですよ。呪われてますよね。」


「ああ。」


 ユウは前歯がなく、滅多に笑わない。何を言っても無愛想である。

 タケは23号室の白い布がかぶせてある赤ん坊をストレッチャーに乗せた。部屋の名札にはSP2421号と書いてある。


 名前もないのだろうか。どの子にもアルファベットと番号を組み合わせた名札がかかっている。タケはエレベーターで死骸を運びながら呟いた。


 何かがおかしい。先日も体調には何の問題もない脳性麻痺の子どもが突然亡くなった。担当医師はそれっぽい死因をカルテに書き込んでいた。


「この子も昨日まで元気にしていたのに。」


 毎日のように子どもが亡くなる。それも、担当医師が夜の回診を終えた翌朝に、子ども達は眠るように息を引き取っている。担当医師に、残念だ、悲しいという表情は全く見られない。

 タケは霊安室に並べられているいくつもの死骸の横にその子の死骸を置いて、霊安室を出た。


「ユウ先輩は何も感じないのだろうか。」


 この病院に就職するのはとても難しかった。倍率も高く何度も面接を受けた。なぜなら給料が他の病院の倍近くと破格であったからである。岡山の山奥で隔離されたこの仕事場を、真面目なタケは少しでも患者のためになるならと決心してここに来たのだが、面倒を見るのは1歳そこそこの幼児ばかりでどんどん死んでゆく。やりきれなさを感じ辞表を机の中に忍ばせていた。

 この病院は無表情の医師・看護師が多い。勤務中の雑談はほとんどない。だから休みの日には街に出かけて行き、友人と酒を飲み羽目を外す。


「お前に俺の辛さが分かるかー。」


 先週もカラオケ店でくだを巻いた。しかし、収容所内のことを話すことは禁じられているので、それ以上のことは言わなかった。

 タケには同級生の恋人がいた。広島に住んでいる葵である。葵だけには何でも話せた。


「俺の働いている収容所はどこかおかしいんだ。国が作った病弱なJB用の施設なんだけど、毎日のように子どもが死んでいくんだ。」


「そんなことあるの。」


「ああ、昨日も2人亡くなった。俺が思うにね・・・いやいや何でもない。」


「何よ。思うことがあるのならちゃんと言ってよ。」


「うーん想像なんだけどね。うちに来た子ども達は、障害があったり、病弱であったり支援しなきゃならない子どもなわけよ。」


「だから亡くなりやすいのね。」


「でもね、数が半端じゃないんだ。それに俺が赴任してから2歳を迎える子どもがいないんだ。変でしょ。」


「確かに変ね。」


「だろー。俺は医師が安楽死させてるんじゃないかと思うんだ。」


「えーまさか。」


「まさかねー、そんなことねーか。犯罪だもんね。」


 葵に話してはいけない収容所のことを酔いにまかせて話してしまった。


 ある日、ユウ先輩が自殺した。部屋で首を吊ったと収容所ででは事務的に告げられ、葬儀の連絡はなかった。

 タケは同じ階の病室担当だったので、先輩の部屋の整理を所長に依頼された。

 マンションの3階の部屋に荷物はあった。誰かが事前に部屋に入ったようである。書類等が散らばり、盗人に荒らされたような部屋の様子であった。タケはゴミ処理を頼まれたようだ。タケは部屋に落ちている書類や紙くずをゴミ袋に詰める作業を黙々とこなした。

 ユウ先輩は無口であったが、コーヒー好きであった。この部屋でタケは何度かコーヒーをごちそうになったことがある。何も言わずにコーヒーを入れて私にカップを渡し、黙ったまま二人で飲んだ。そのひとときのユウ先輩の表情は何とも言えない安らぎを見せていた。

 コーヒー豆の入った缶があった。先輩の気に入っていたコロンボコーヒー豆が入っている。タケはその缶を手に取った。そして、空けてみると、コーヒー豆に埋まった封筒を見つけた。宛名はタケとなっていた。タケは封を開け手紙を読んだ。


  タケへ 

 俺は口下手でお前とはほとんど話してなかったが、一緒にコーヒーを飲んでくれてありがとう。

 俺はこの仕事に疑問を感じながら2年以上働いたが、もう我慢がならない。限界だ。子ども達は毎日のように死んでいき、その処理ばかりをする仕事には嫌気がさした。お前も気づいているだろう。この施設はJBとして不適格と判断された子どもの墓場である。担当医は時期を見て子ども達を安楽死させている。

 俺は見たんだ。担当医が夜中に赤ん坊に薬物を注射をしている所を。その薬は安楽死に使われるものだと調べて分かった。医師が死亡診断書を書くのだから何とでも書ける。また、その子達の死を不審に思う親がいない。産んですぐに国に預けられているのだから。JBは将来の日本のための子どもである。だから不適格な子どもは処分されている。


 その後に、できるだけこの収容所から離れた方か良い。自分は近々辞めて遠くに行く予定だ、という内容が書かれていた。

 タケは恐ろしくなって、震える手で手紙をしまい、ゴミを片付けて部屋を出た。


「やはりそうだったのか。先輩の自殺も怪しいもんだ。」


 タケはその晩葵に電話し、呼び出した。岡山の個室の飲食店でユウ先輩の手紙の内容について話した。葵はとても驚いた。そしてこのことは誰にも言ってはいけないと口止めをした。


「わかったわ。」


 葵も危険を察知し、妄りにこのことを話してはならないと思った。タケは明日にでも辞表を出すと言った。葵は広島の収容所で働く親友のユミと週末に会うことにしていた。ユミにこのことを話すかどうか悩んだが、ユミだけには知らせなければならないと思った。

 次の日タケは辞表を提出した。所長は思いとどまるよう説得したが、タケの意思は固かった。所長はタケが部屋を出ると電話をかけた。


「タケが辞表を出しました。監視チームをお願いします。」


 部屋にはAstrud Gilberto曲が響いていた。


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