第4話 ヒロ

 ヒロは38歳。広島の魚住島の収容所の所長をしている。ここの所長として2年が過ぎようとしていた。

 この収容所は全国で初めてできたJBの収容所である。最初の年はわずか30数名の子どもと10名の管理者で出発した。現在は約400名の1歳から5歳の幼児が集められており、全国に同様の施設がいくつも作られている。

 ヒロは金沢大学を卒業し、国家公務員一般職の試験を受験し現役で合格した。省庁の地方支部局を数年ずつで転勤してきた。そして、二年前ノンキャリであるのに異例の抜擢でこの施設の所長として赴任したのである。

 転勤の辞令を渡されたときは流石に驚いた。神奈川から広島、それも離れ島での仕事である。更に所長という現場の責任者という待遇であるからだ。

 独身のヒロには彼女がいなかった。若い頃軽くつきあった女性は何人かいたが、これまでが多忙であったためか、なかなかこれという女性に巡り会わなかった。

 まあ、独り身でもあるし、新たな職場に出会いと希望を持って島にやってきた。

 施設のスタッフは40人以上おり、あたたかいムードで迎え入れてくれた。若い所長に丁寧に仕事を説明し、気分良く仕事ができた。休日には島を出て、賑やかな町で遊ぶこともできた。安らかに楽しく仕事をし、過ごしているうちに2年が過ぎた。

 ベテランの看護師のユミはこの施設の古株でしっかり者である。35歳であるが、かわいらしく、若く見える。気遣いのできる優しい人物である。

 ヒロはユミを気に入っていた。彼女と結婚してもいいなと思うようになっていた。

 ある日、ユミが所長室にやってきた。


「失礼します。」


「どうした。」


「所長、私気になっていることがあるんです。」


「何かな。」


「ここに来たJBたちは1歳になる頃に健康診断を受けますよね。」


「ああそうなっているようだね。」


「その診断の後に数人の子ども達が他の施設に移されますよね。」

 

「そうだな。」


「あの子達はどうしているのでしょうか。」


「そりゃ病弱な子は療養に適した別の施設に移されるのだろう。」


「そうですかね。私は妙な噂を聞いたことがあるんです。以前広島の実家に帰ったとき、学生時代の友人から。」


「どんな噂。」


「JBは1歳になると選別されるって。」


「選別。」


「正常な子どもとそうでない子どもに分けられるということです。」


「そりゃ病気を抱えている子は治療に適した場所に移されて当然だろう。」


「それが・・・選別後に不適格者は安楽死させるということらしいのです。」


「まさか・・・」


「私も最初そう思いました。けれど、今までの子ども達を見てください。1歳の健康診断の後、病弱な子、障害がある子達は帰ってきません。また、どこに移されたのかを知らされません。」


「そういやー私の所に残る書類にも『移送』としか記されずに、どこの施設という記述はなかったな。今まで気に留めたことはなかったが。」


「私もその子達はふさわしい所で治療や支援を受けて暮らしているのだと思っていました。ところが友人が言うのはこうなんです。」


 ヒロは必死に話すユミの顔をじっと見て、つばを飲み込んだ。


「日本国は将来の働き手となり税金を納めてくれる子ども達を国費で育てています。病気や障害を持った子ども達はお金がかかるばかりなので、早いうちに処分しているのではということです。」


「まさか、そんな犯罪みたいなこと、国がするはずないじゃないか。どんな子どもにも人権はある。」


「そうでしょうか。JBは現在40万人を超えたらしいです。この子達は数年後社会に出て働き、税金を納め、日本の国を支えていきます。そうではない人材にお金をかけて育て続けるでしょうか。いなくなっても誰も困らない子どもを。」


「それは友人の想像だろ。」


「私も彼女の想像だろうと思いました。ところが不思議なことがあります。状況証拠としては、政府の出したJBの統計では障害者がほとんどいないこと。この施設のような所から毎年何人もの療養施設に移されているにもかかわらずですよ。また、医療施設が公表されていないことも疑わしいです。

 そして何より、彼女がお付き合いしている男性の証言があるのです。自分は安楽死にかかわっていたと。」


「本当なのか。作り話ではないのか。」


 ヒロは信じられないという顔をした。しかし彼女の言うことには一理あり、責任者の私にも移送先が知らされないのは不自然である。ユミの友人の話の真偽は不明であるが、作り話にしては、誰も得する者がいない。


「わかった。私の方でも調べてみるよ。それから、もし良かったら君の友人とその彼氏に会えないか話してみてくれないか。」


 ユミは頷いて言った。


「私、この話を聞いたのは数ヶ月前です。ずっと心の隅に残っていて悶々と悩んでいて、なかなか言い出せませんでした。けれど赴任から2年が経ち、所長の人柄を拝見してきて、この人なら真剣に話しを聞いてくれるだろうと思って今日話しました。」


「ありがとう。そう言ってくれて。」


「こちらこそありがとうございます。私は彼女に電話してみますね。」


 ユミは明るい顔になり部屋を出て行った。ヒロは混乱していて、まさかそんなことはないだろうと思おうとしたが、確かめなければという正義感とサンクチュアリーに入ってしまうのではないだろうかという恐怖感を覚えた。

 国家的犯罪。これが事実であるならば、少人数の人物によるものではない。組織として行われていることになる。ナチス等が行ったあの悪事に似たようなことが戦後100年も経った現在に行われているなんて考えたくもなかった。

 好意を持っているユミが悩み抜いた依頼である。ヒロはしっかり確かめようと思った。しかし、慎重にやらなければならない。なぜなら、もし国家的犯罪であるなら、それを暴露しようとすれば消されてしまう可能性があるからである。秘密裏に行動しなければとユミに伝えなければ、とヒロは思った。

 その日の夕方ユミが青い顔をして所長室に入ってきた。


「所長、葵と電話が繋がらないのです。LINEの既読がつかないし、メールも返信がありません。」


 葵とはその話をした友人である。ヒロは嫌な予感がした。


「ここで葵の実家に電話していいですか。」


「うん。」


 ユミは実家に電話をかけた。しばらくして葵の母が電話に出た。


「もしもし、葵の友人のユミですけど、葵に何度電話しても出ないのです。何かありましたか。」


「あーユミちゃんか。久しぶりじゃあねえ。実は葵は死んでしもうたんじゃ。先月彼氏とドライブに行き、車ごと海へ落ちてしもうたんじゃ。」


 不吉な予感は的中した。証言のできる人物は亡くなっていた。



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