第17話 結婚前の日常
「今日は籠瀬女学園の文化祭の警備の打ち合わせに行く。学園には”静真”を含める清らかな乙女たちが沢山いる。不用意に周囲を見渡したり、3秒以上は学園の生徒を見ないように!」
――――1週間前。
「人類はどうしてこうもひ弱なのかしら?」
泊まり以降、静真は1日1回。
国事のお手伝いで王宮を訪れ、魁吏の執務室に立ち寄っていた。
その日は魁吏の執務室で大臣達との話し合いあいが終わると、机にだらんっと上半身を伸ばす。
「どうした?」
「学園には20名人の警備員がいるのだけど、全員固まって襲ってきても私の方が勝つレベルのひ弱集団なのよ」
「静真が強すぎるだけだ。・・・学園の警備に問題か?」
「来月、文化祭があるのだけれど。毎年”私を含める”乙女を見ようと不法侵入未遂者が後を絶たなくて。常にいる20人の警備に加えて、臨時に40人雇うのだけど。その40名の中にも学園の乙女達を隠し撮りしようとする不埒な輩が紛れ込んでいて。男っていうのは清く正しく美しい娘が好きねぇ」
静真はため息交じりに言うと、魁吏は少し考える。
「王宮騎士団の明日の総合試合の10位入賞品にしよう」
奴らなら10人もいれば十分だろうし、下心は隠す。
籠瀬女学園は全世界の男の憧れの園だ。
魁吏とて、気持ちが分からないわけではない。
「5人でいいわ」
「数が多いほうが安心だろう」
静真が男装をして紛れ込んでいたことを知った後も、変な噂を流したり、態度を大きく変えたりしない奴らにも何か褒美をとは思っていた。
「明日、俺も放課後にざっと下見に行く」
「じゃあ。放課後に校門まで迎えに行くわ」
「俺が生徒達にモテないか監視か?」
「うちの生徒はそんな事はしないわ。・・・魁吏が彼女達を睨み付けでもしたら、泣き出して学園が大変な事になるから監視しに行くのよ」
ふーん。
そんなにひ弱集団なのか?
半信半疑で魁吏は翌日、放課後に学園に来たのだが。
―――遅いな。
授業終了後、静真の足の速さならば1,2分で教室から校門に来られると思っていたが。
校門に来たのは授業終了後、15分経った時だった。
「ごきげんよう。魁吏殿下。お待たせいたしました」
静真は魁吏を見ても決して、足を速めることなく歩いて近づいてくる。
「怪我でもしたのか?」
「いいえ」
「顔色は悪くないが、具合が悪いのか?」
「いいえ。私は”いつも”と何も変わりません」
そういうと、静真は魁吏の腕に手を沿える。
こんなふうに静真から手を添えてくるのは、夜会の時だけ。
「警備室を兼ねている生徒会室にご案内いたしますわ。魁吏殿下も"いつも"通り溢れんばかりの作り笑顔をお願いいたしますね」
静真はそう言うと魁吏は一歩足を踏み出すのだが、静真は体勢を崩した。
「魁吏殿下。そんなに早く歩くなんて、意地悪ですわ。私の事、お嫌いなのですか?」
「愛している」
なぜ、この程度で体勢を崩す。
驚愕したように答える魁吏に静真は魁吏の耳元に少し背伸びをする。
「スカートの裾は翻さず、靡かせるのも最小限に。わが校の裏の校訓。歩幅は通常の半分にしてくださいませ」
校訓は”清く正しく美しく”であるが。
初等部の頃から何度も何度も耳にタコができるほど、言われ続けるこの言葉を静真は裏の校訓だと思っていた。
「すまない」
魁吏は静真と優雅に歩き出す。
「生徒会室は2階でございます」
いつもなら階段でちゃっちゃっと上がるのだが。
今日はエレベーター。
しかも、他の生徒が気を回して2人だけにしてくれる。
「ここでのお嬢様の生活も、外での自由に伸び伸びしている生活もどっちも好きなの」
肩が詰まらないか?
いつも元気いっぱいな静真しか見ていなかったので、そう思うが。
静真が気に入っているのならばそれでいい。
生徒会室に入ると、10名の生徒会役員の乙女達が待っており。
10名の婚約者を思い出し。
群がって来るかと思えば・・・。
「魁吏殿下。お会いできてうれしゅうございます。父や兄以外、婚約者以外の男性と接するのが初めてで、ご無礼あればお許しください」
彼女達は全員が箱入り娘集団。
挨拶を恥ずかしそうに1歩下がる様子に魁吏は作り笑顔を浮かべた。
「こちらこそ。よろしく」
そう言えば、静真も王太子妃候補の時は誰よりも静かに影を消していた。
こういう集団の中にいれば、そうなるか。
魁吏はそう思うと静真が気配を決して、王太子妃候補の招集日に気配を消していたのを思い出した。
そんなこんなで、王宮騎士団のトップ10人は籠瀬学園にやって来たのだ。
「静真が世界一の乙女の園に通っているなんて。想像できねぇ」
「ほんとだぜ。俺達よりも強いのにな。絶対に一人だけ浮いてるぜ」
門をくぐるまでそんな事を話していたのだが。
一歩、学園に足を踏み入れると薔薇や蘭など花の良い匂いがして。
「皆さま。お待ちしておりました」
門の前に静真は立っており団員は言葉を失った。
どの生徒も美しく、優雅でいて守ってあげたくなるような静真に見とれてしまう。
「本当に乙女の園の女子高生だったんだな」
「えぇ。大酒飲みの女子高生。法律、道徳的観念に触れている奴とは思わない」
そんな団員に静真は口元に手をあてるとふふふっと笑う。
「生徒会役員を紹介いたしますわ」
校舎の前に立つ5名の生徒を手でし移動するのだが。
「スカートの裾は翻さず、スカートの裾を靡かせるのは最小限に。ここの学園の裏の校訓ですの。歩くスピードが遅くてごめんなさいね」
そういって歩く静真に団員達は顔を合わせた。
茶化す事が出来ない。
からかう事の出来ない生粋のお嬢様だ。
誰もがそう思った。
「生徒会長の碧さん。副会長の瑠璃さん。書記の3人です」
そう言って説明をすると、少女立は180㎝を超える高身長の集団に両手を繋ぎ固まる。
「団員の皆様、見かけはゴリラに似て逞しくいらっしゃるけれど。とてもいい人達なので安心してくださいね」
ふふふっという静真に彼女達は顔を見合わせると恐る恐る離れた。
「私と会長の碧さんで学園の良く侵入されやすい外壁をいくつかご案内いたしますね」
静真はそう言うと、生徒会長と一緒に歩き出す。
「春休みに殿下が外壁の増築工事を行ってくださるそうですが。本当に今年は困っていたので、助かりました」
いつもなら。
”外壁低すぎ。ザルな防御。ほんと、もっと早く工事しなさいようね”と言い捨てそうなのに。
今日の静真はそんな事は言わない。
上品な言行は別人だった。
そして、そんな時。
「静お姉様」
一人の生徒が静真に駆け寄って来た。
「瑠璃さん。スカートの裾が乱れていますわ」
「もうしわけございません。静お姉様」
瑠璃は詫びると、静真はどうしたのっと尋ねる。
「理事長室に魁吏殿下がいらっしゃって」
「そう。ありがとう」
静真はそう言うと、隊長の手を取り体を近づける。
「手でも繋いでいたら、監視カメラですっ飛んでくるから手を貸してくださいませ」
女性モードの静真に隊長は思わずドキッとすると、校舎の窓が開いた。
「静真」
その声に静真は返事はせず、胸の前で校舎を見上げて小さく手をする。
「凄い監視能力でしょう?ストーカーになったら、きっと、最優秀賞を貰えるわ」
クスクス静真は団員に向かって笑う。
「では、魁吏殿下も到着されたので警備室も兼ねた生徒会室にご案内しますね」
静真はエレベーターで生徒会室のある2階に移動すると、エレベーターの前には魁吏が仁王立ちしていた。
「ごきげんよう。魁吏殿下」
「静真。会いたかった」
「#私__わたくし__#もですわ」
「嬉しいよ。今度は会いたいと思う前に来る」
いつもの魁吏ではなく。
超絶紳士的な魁吏と、お嬢様の静真に団員は目を丸くする。
「では、魁吏殿下も到着されたので警備室も兼ねた生徒会室にご案内しますね」
静真はエレベーターで生徒会室のある2階に移動すると、エレベーターの前には魁吏が仁王立ちしていた。
「ごきげんよう。魁吏殿下」
「静真。会いたかった」
「私もですわ」
「嬉しいよ。今度は会いたいと思う前にやって来る」
いつものさっさと俺に会いに来い。
“のろま”と言い切るような魁吏ではなく。
超絶紳士的な魁吏と、お嬢様の静真に団員は目を丸くする。
―――お前ら。誰だよ。
誰もがそのやり取りに心の中で突っ込むが口には出せない。
学園は広いが警備自体は簡単なもので、侵入者も並みの人間には厄介だが。
王宮騎士団のスペシャリスト達にとっては、悪さをする子供を捻りつぶすようなもの。
生徒会室で学園の図面を確認する中。
生徒会長、副隊長、書記、会計の役職持ちの4人と静真は応接セットに座っていた。
「静様。今月の星占い。静様、ラッキーカラーが紫でしたわ」
副会長の瑠璃の言葉に静真は頬に手をあてる。
「まぁ。そうなのですか?紫の物は持っていないわ。困ったわね」
静真はそう言うと、瑠璃は小さないい匂いの袋を取り出した。
「これ。静様に」
「香り袋?いい香りだわ、それにとっても可愛い袋ですわね」
「ええ。父と付き合いのある方がたくさん送ってくださって。皆さんの占いの色でお持ちしたんですの」
「嬉しい。瑠璃さん、ありがとう。宝物にするわね」
静真は香り袋を掌に乗せ、匂いを香ると微笑む。
可愛い。
そう思った団員は1人や2人ではない。
見るな。
魁吏はそう思うが、声には出せない。
“見るな”なんて低い声で唸れば・・・。
“怖いですわ”“魁吏殿下がお怒りになっていらっしゃる”なんて彼女達は言いながら泣かれかねないし。
静真には“怯えさせないでくださいませ”と怒られる。
静真達は瑠璃の持って来た雑誌を覗き込む。
「静さんは今月は特に恋愛運がいいですわね。恋人と距離がぎゅっと縮まるらしいわ」
「まぁ。恥ずかしいわ。魁吏殿下の前で言わないでくださいな。照れてしますわ」
照れるのは本当の事で、会話を聞いている団員は手を止める。
いつもの静真なら。
“うるさい”“やかましい”“恥ずかしいでしょ!”と一括するだろうに。
この会話ができて。
この会話に乗れる感性を持っているので・・・。
今までの魁吏に対しても過剰に初心な反応をし、魁吏も魁吏でそんな静真に紳士的に接していたことに誰もが納得をした。
「碧さんも恋愛運がいいわ。恋人とお出かけすると、より関係が深まるそうよ。どちらかに行かれてみてはどうかしら?」
「そうなのですね。私の婚約者様はとてもお優しいから、誘ってみますわ」
碧は真っ赤になりながら言うと、静真はそんな碧の手を取る。
「応援をしてますわ。お誘いするのはとても勇気があるけれど、その後に待っているのは楽しい事ばかり」
俺は誘われたことなんてないぞ?
誘ったことしかないぞ?
おい。何か誘って来いと魁吏は思うが、静真にはまだレベルが高いかと聞いていないふりを続けるのだが。
「忍耐だな」
副隊長はそう言うと、団員の誰もが頷いた。
「真美さんは二人で同じ飲み物を飲めば、揺るぎない愛が更に強くなるですって」
碧は書記か、会計か。一人の少女にそういうと静真は鞄から紅茶を取り出す。
それは、魁吏に渡そうと思っていた自家栽培の紅茶なのだが。
「お譲りしますわ。風味豊かな一品ですの」
「まぁ。ありがとうございます。静お姉様が下さるお紅茶は大好きですの。魁吏殿下にお渡しする予定ではないのですか?」
そんな問いに瑠璃はふふふっと笑う。
「お家に一度帰って、王宮をおたずねにならないとですね。静様ったら積極的でいらっしゃる」
そんな瑠璃に静真は頬を赤く染める。
「メイドをお使いに出しますわ」
「静真が来てくれ」
魁吏はそんな静真に声を掛けると、少女達からは甘い悲鳴が上がった。
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