第11話 溺愛対象が甘えてきました。

―――眠れない。


時計の針は24時。

自分の寝ているこの小屋は鍵がかかり。

安全で、誰も襲ってなど来ないと頭ではわかっているが怖い。


―――眠れない。


ベッドを抜け出し、食堂使用は24時までとなっているのでダメ元で食堂を除くが、飲み会は既に終わり誰もいない。

だからといって、どこかのテントで男共と雑魚寝をするわけにもいかず。

どうしようかなと、あたりを見渡すと魁吏の小屋の明かりが目にはいた。

静真はなんとなく吸い寄せられるように小屋に行くと、ノックをする。


「誰だ」

その声は執事の花房のもので身を翻すが、ドアの前にいた隊長がすぐにドアを開く。

「静真。ピンポンダッシュならぬトントンダッシュか?」

名指しで声をかけられれば立ち去れない。

「・・・いえ」

そういうつもりではと静真は口籠る。


「誰に何のようだ」


部屋の中には隊長、花房、副隊長、魁吏が見える。

一介の強化訓練生がなんとなく魁吏を訪問したとも言えず。

だからと言って、隊長にも副隊長にも用事はない。そして、何の言い訳も思い浮かばず。

なんの用事もなく。ただ来ただけだった。

強いて用事を無理矢理に考えるのであれば、顔を見に来ただけ。

「魁吏に用事だろ?」


副隊長はドアを大きく開けて中に招き入れる。

8月だというのに半ズボンに長袖でダボダボのウインドブレーカーという不自然な格好に隊長と顔を出した魁吏の執事の花房は暑く無いのか?と不思議に思うが。

副隊長は、2人が問いかける前に中に入ろうか悩む静真の背に手を回して半場強引に中に招き入れる。

「後、10分ほどで打ち合わせは終わる。お茶、淹れてくれるか?」

魁吏は静真をちらりと見ると。

静真が王太子妃候補、魁吏の婚約者として魁吏の誕生日に毎年贈っているカモミールやローズなど心を落ち着かせ眠ることを目的としたハーブのブレントティーの茶葉の瓶を取りだす。

「はい」

これは静真自身も実家で夜に良く飲んでいるもの。

慣れた手つきでお茶を人数分、濃く入れてから氷で薄めてアイスティーを作ると静真は机に置く。


「良い匂いですな。オリジナルですか?」


隊長は香りの良いハーブティーに言うと、魁吏もハーブティーに口を付ける。

「あぁ。寝る前にこれを飲むと安眠できる」

魁吏はそう言うと、副隊長はハーブの入ったガラス瓶を見る。

「残り少ないけど、俺達も貰って良かったのか?」

「これを送ってくれる奴と最近、仲良くなって。頼むから構わない」

“命令”ではなく“頼む”という言葉に副隊長は静真からのプレゼントだと察した時。


「・・・地方の学力格差は顕著だけれど。特に北西最南端のここは、読み書きが67%、足し算引き算ができる物が52%。軍事力云々よりも基礎学力が問題だと思う」

机の上に置かれていたのは軍事力の脆弱の分布図表を静真はみながら、口を開いた。

「なるほどな」

魁吏は頷くと、他の3人も確認する中。

副隊長は誰かが口を開く前に書類をごそっとかき集めた。

「確かに読み書きができないと指示書が通らない。だから、弱いのか。王宮にかえって教育大臣とも打ち合わせだな。だから、今日は寝よう!日付が変わった。明日も7時起きだ」

眠りたいのも本当だったが。

静真と魁吏を早く2人きりにしてあげたかった。

「賛成だ。原因が分かったが、それについてはここでは解決案はでない」

副隊長に隊長も頷くと欠伸をする。

3人は書類をまとめ、出て行く準備を始めるのだが。


「公爵家の分家の子息が夜な夜な殿下に何の用だ?ことと次第によっては、不遜に値するが?」


花房は王太子妃候補として会う時、柔和なイメージが強かったのだが。

少年の静真には手厳しい。

静真はそんな花房に困りはてる。

何をどう考えても、思考を巡らせても。


“魁吏の顔を見に来た”


それ以外には何の言葉も見つからないのだ。

「何でもいいだろ。今日はもう休もう」

副隊長は二人の腕を掴むと強引に部屋から出た。



魁吏と二人になると異性として、好意を持っている男性として静真は魁吏を意識してしまう。

視線を逸らしている静真に魁吏は腕を組んだ。

今、静真は精神的に弱っている。

弱った人間ほど、付け入るには簡単なものはない。

甘い言葉を囁き、優しく接すれば俺に落ちるだろうか?

俺無しでいられないようになってくれるのだろうか?

そう思うが、魁吏は紳士だった。


「おねしょでもして、ベッドが使えなくなったか?」


「違う!」

魁吏はからかうと、静真は顔を膨らませて否定。

ようやく視線を合わせる静真の頭を撫でる。

「どうした?」

優しく尋ねられ、静真は再び目を伏せた。

この人は意地悪だ。

私の心を弄ぶ。

「眠れなくて」

そう言って欠伸をする静真に魁吏は苦笑するとベッドに行き5つ置かれている枕の一つをとる。

「静真はベッドで眠れ。俺は椅子で寝る」

王宮の私室と違って、ソファーはない。

ぽんっと魁吏は枕を椅子に投げる。

「駄目」

「じゃあ。床」

「駄目」

「外で見張りでもしていてやろうか?」

「だったら、私も外で見張る」

今日はあんなことがあった。

男しかいない合宿だ。

魁吏は安心させようと案を出すが全て却下される。

「誰も部屋にいなければ、何から何を見張るんだ」

苦笑する魁吏の元に静真は移動すると、魁吏の着ているシャツを手を伸ばして少しだけ引っ張る。

「変な事しないよね?」


何が変な事かな?


そうからかう事もできるが、今はやめておこう。

「あぁ。指一本触れない」

優しく言い魁吏は何もしない。

「・・・一緒にいかがでしょう?」

小さな声で言う静真に魁吏は苦笑した。

「分かった」

魁吏は頷くと、ベッドの毛布を捲った。

「俺は風呂に入って来る。先に眠っておけ」

「はい」

魁吏は動かない静真をベッドに横になるよう促すと、浴室に向かった。

指一本触れないと約束したからには。絶対に触れない。

再びベッドに戻ると、ウインドブレーカーとかつらを枕元に置き静真は背を向けて寝転んでいた。

おいおい。

嘘だろ。

完全に女じゃ無いか。

いや、女なのだが。

魁吏は全ての感情を消し去ると隣に座る。

静真は箱入り娘だ。男と添い寝の経験はないだろう。

聞かずとも緊張が伝わって来る。


「寝たか?」

「寝た」

魁吏はそんな返事に静真に手を伸ばすが、手を引いた。今日は、指一本触れないと約束をした。

「安心して眠れ。もう二度と、昼間のようなことは起きない」

そんな魁吏に静真は深い眠りについた。


***

魁吏は手に温もりを感じ目を覚ます。

ちらりと時計を見ると時計の針は6時半をさしていた。

魁吏は目覚ましが鳴るまで起きることは基本的にないのだが。

右腕に柔らかくて、温かい感触がしたのだ。

ちらりと見ると、右腕に静真の上半身がぎゅっと抱きついていた。

ウインドブレーカーの下はキャミソールだったようで、下着もつけておらず腕にはダイレクトに温もりを感じる。

静真の寝顔は幸せそうでまるで天使が眠っているようで煩悩が渦巻くのを必死でおさえるのだが。

短パンを着ている静真の美しい足が自分の右足に絡みついてきた。


この状況は間違いなく幸せなのだが。

おいおいおい。

俺は25歳の健全な男だぞ?

目覚まし代わりの汽笛の音が合宿場に鳴り響くまで30分ある。


「もぉ~・・・・。魁吏」

幸せそうな自分の名前を呼ぶのは寝言だという事は分かっているが。

全身が反応してしまう。


魁吏は静真に指一本触れないと誓ったが。

静真は魁吏に誓ってはいない。

右手を動かすと、静真の太ももだろうか?張りがあるが柔らかい何かに触れる。

これは不可抗力だ。俺は悪くない。

魁吏は直立不動で固まっていると。

するっと静真の腕が自分の上半身の上を通り、まさかと思うと、魁吏の上に静真が覆いかぶさるように移動する。


そして、静真は魁吏の真上で眠り続ける。

キャミソールに短パンというダイレクトに体温だのなんだのが伝わる格好でズボンだけ履き寝ていた魁吏の上に覆いかぶさり眠り続ける。


「動か・・・ないの」


静真は微動だにしない魁吏に口を開く。

それは夢の中での魁吏に対してで、現実での起きている魁吏にではなく夢の中の魁吏に対して。


俺は動いていない。

寝言に反応はするべきか?せざるべきか?

愛する女性が自分の上に乗っている。

これは、朝から心理戦だ。

拷問だ。

魁吏は呼吸を深くすると、目を見開いた、

自分は石像だ。

自分は抱き枕だ。

このまま、その体に本能に従い抱きしめ・・・。

考えない。

考えてはいけない。

敵は自分だ!



残酷なまでに、時間はいつも均一に過ぎる。

葛藤すること30分。


ピーピーピー。


合宿に目覚まし代わりの笛が鳴り響く。

もう少しこのままでいたかったという気持ちと、よくぞ鳴ってくれたという気持ちが錯綜する中。

「魁吏が下にいる」

静真はすっと起き上がると魁吏のお腹の上に座り、下から見上げている魁吏を不思議そうに見る。

「きゃっ・・・」

思いっきり悲鳴を上げかけた静真の口を魁吏は枕を押し付け塞いだ。

もし、万が一悲鳴をあげ誰かが飛び込んできたら。静真のキャミソール一枚という霰もない格好を見られるし、俺が美女に襲われているようにも見られる。


「俺は指一本触れなかったぞ」


「分かっています。分っていますとも。そんな事は分かっています」

静真は顔を真っ赤にすると起き上がり出て行こうとするのだが。

「いつから露出狂になった?」

おいおい。その恰好で出て行くのはマズいだろう。

魁吏は腕を掴むと引き寄せる。

ロングヘアにキャミソールと短パン。

流石に小屋から出すわけにはいかない。

「露出狂は殿下です!私は布を身に纏っています」

上半身に何も身に着けていない魁吏に静真はそう言うと、大慌てでウインドブレーカーとかつらを被り小屋を出た。



―――はぁ。


魁吏は自分の体に残る静真の温もりにため息をつくと身支度を整えるのだが。

静真を抱きしめたくて仕方が無い。

もっと隣にいたい。もっと声が聞きたい。もっと温もりを感じたい。

欲望があふれ出した。


「えっと・・・・」

静真は朝食を食べに訪れた魁吏の隣に座る。

「なんでもできる言葉あれば、手伝わせてくれる?」

「あぁ。馬車馬のように働かせてやる」


ちくしょう。

なんて可愛い事を言いやがる。

今すぐ、手籠めにしていいか?

部屋に行こうと言えず。


「馬車馬はパワハラです。競走馬くらいにしてください」


「男に二言はないはずだが?」

男じゃないもんっと思うのだが。

今は男装をしていて。少年にしか見えない。


「なぁ?少年?」


「うぅ。は、働きます」


静真はなぜ、この人はこうも高圧的で意地悪なのかしらと思い。

口を尖らせ。


静真が18歳になり成人になり、結婚した暁には。

心身共に可愛がってやると、魁吏は心に誓った。


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