第10話 少年と少女は同一人物ですが。

隊長達一行はドアの前で立ちすくんでいた。


「殿下は静真を抱きしめていたよな」


「あぁ」

副隊長の言葉に隊長は頷く。


「静真の額にキスもしていたよな?」


「見た事を言うんじゃない」

隊長は呟く副隊長に待ったをかける。

「今、殿下と静真の姿を見た者は口外をしないように!抱きしめていたのは落ち着かせるためだ。額に・・・キスは・・・。セラピーだ!」


廊下の会話に静真は身支度を整え、ドアを開ける。

「そう!セラピー!」

隊長!なんて素敵なフォローなの!

今のこの現状。

セラピー。それ以外にいいごまかし方はないわ。

静真は心の中で拍手喝采を隊長に送りそのアイディアに便乗する。

「そうだ。そうだ!大学時代は魁吏とはグラマラス美女達をはべらせ、キャバクラを20件梯子したんだ。殿下が好きなのは、巨乳だ」

副隊長は全くのデタラメであったが。

大声でいうと、周囲もそうだそうだと納得する。

一方で、静真は・・・。

美女をはべらせた?

キャバクラを梯子した?

そんな事をしていたのかと振り返るが。

信じたのか?嘘に決まっているだろうと魁吏の顔が魔王の顔になり訴えており。

「私は無傷だったので、続きをしましょう」

静真は隊長、副隊長の背を押しと歩きだした。


***

「今日は早めに休む」

静真は夕食を2,3口食べると小屋に戻る。

シャワーを浴びたいが、医務室でスペアキーを見てから。

ドアを開けられたらどうしようと思うと、落ち着いてシャワーを浴びる気にはならない。

けれども沢山汗をかいており、シャワーを浴びないという選択肢もない。

洋服を抱え悩みながら窓の外を見ると魁吏の小屋が見えた。

・・・あそこだ。

王子の部屋にスペアキーで入って来る者はいないだろう。

魁吏は少々お触りでエッチな所はあるが、静真は未成年であり王太子妃候補。

婚約者である静真を魁吏は絶対に襲ったりはしない。


襲うのであれば、以前に泥酔し、女だと気が付いた時に襲っている。

魁吏の部屋のドアを開けると、魁吏は夕飯を食べに食堂に行ったのか部屋の鍵は開いていた。

なんて、都合が良いんでしょう。

今のうちだわ。

小屋に鍵をかけ、浴室に入ると、静真の小屋とは違いシャワーだけではなく浴槽もあった。

「さすが王子」

静真はお湯を全力でためながら、服を脱ぐ。

きっと健太の事務手続きをして、夕飯を食べに食堂にでかけているはずだ。

1時間くらい返ってこないだろう。

「るんるんるん。生き返る」

鼻歌交じりに歌を歌いつつ長い髪の毛を洗い体を丁寧に磨き上げる。


鍵が掛かってる。

魁吏は静真が夕飯を食べれているか、食堂を見に行ったがいなかったので1,2分小屋の鍵を開けっぱなしで出かけていただけだった。

この1,2分で俺の部屋に入り、鍵をかけるとは誰だ?

部屋の中に鍵を開け入ると、シャワー音が聞こえ気配を消す。

こんなことをするのは、1人しかいない。


静真だ。


シャワーの音がしているので、脱衣所にはいないだろうとチラリとドアを除くと洋服を置く籠にはフリルのついた下着が見える。

何を考えているんだと思うが聞くことはできない。

脱衣所のドアをしめ、脱力しながらその場に座りこみ手を見ると鍵が目に入った。

あぁ。

なるほどな。

スペアキーの存在か。

誰かに入浴中に小屋に入られたらとか考えたんだな。


魁吏はそっと立ち上がると小屋を出てシッカリと鍵を掛けた。


「魁吏。どうした?」

何とも言えない顔をしながら、食堂にやって来た魁吏に副隊長の晃は声を掛ける。

まさか自分の部屋で、好意のある女がシャワーを浴びていてそれが気になるなどは言えない。

「例えばの話だが。ワンルームマンションに帰宅して、好きに女がシャワーを浴びていたら晃はどうする?」

「襲う」

端的な回答に魁吏は更に何とも言えない顔になる。


前々から魁吏は静真に優しく、付き纏うように側に寄って行っていたこと。

静真をどこからどうみても愛している魁吏の様子に晃は静真は女か?と疑惑を抱いていた。

そして、健太が静真を暴行した際のあの怒りかたから静真は女だという疑惑は確信に変わっていた。


「片想い中。付き合っていない未成年者なら部屋から逃げる」


カマをかけると、魁吏は深いため息をつく。

「なんだ?そう言うAVか何かを見たのか?」

流石に誰が聞いているか分からない食堂で、静真は女かとも聞けず。副隊長は茶化すのだが。

「はぁ」

不快ため息をつく魁吏に副隊長は魁吏の肩に手を置く。

魁吏が初心で手を出さない女の子となると、ふっと、婚約者の静嬢が頭に浮かんだのだ。

静と静真の背丈や体形は似ている。

魁吏の静真に向ける眼差しは、王太子妃候補の”静”と呼ばれる婚約者に向けていたものに似ているし。

感情的に怒り狂う姿を25年間。

幼馴染として側にいるが見た事がなかった。

静真は八嵜公爵家の分家の静真だと思っていたが・・・。

あれは八嵜静真公爵令嬢か。


「後半年だ」

「あぁ」

返事をする魁吏に副隊長はやはり、静真は静嬢かと納得すると拳を握った。

「頑張れ」

「あぁ」

魁吏は絶望に溢れた声で頷いた。



1時間ほどして、小屋の電気が消えたことを確認して魁吏は部屋に戻り浴室を除く。

浴室は水切りがされ、使用形跡はないのだが。

薔薇のシャンプーの香りが残っていた。

「詰めが甘いんだよ」

魁吏はそう呟くと壁に手を付き、不快ため息をついた。

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