第9話 露骨な溺愛の始まりです。
「今日、明日で合宿も終わりか」
健太はその日、朝食を食べながら呟いた。
「名残惜しい?」
朝から晩まで訓練をして、晩から深夜まで飲み会三昧。
さすがの静真もはやり男女の体力の差を見せつけられつつあり欠伸をしながら問いかける。
「静真は合宿後は入隊か?」
「いや。やりたいことがあって・・・。この国を離れる」
ちょっぴり意地悪な魁吏に惹かれ、恋をしている。
合宿が終われば本格的に”王太子妃候補”として働こうと決めていた。
だから、このまま男の”静真”は消える。
結婚は一人ではできない。
お会いてありきの事だけれど、静真は魁吏に惹かれている。
魁吏にも気持ちを伝えようと思うし・・・。
向日葵デートは顕著であったが、彼は女遊びをするタイプではなく他の婚約者候補にしないことを静真にしてくれている。
きっと私の恋愛は上手くいく。
うぬぼれだったら、それはそれでいいと思い少し微笑む静真とは反対に・・・。
「ちっ」
健太の舌打ちを聞き、思考を停止させどうしたのと尋ねようとした時だった。
「召集」
隊長の声に静真は聞きそびれ、健太と共にさっと動いた。
「今日は昼から国王陛下も見学に合宿場を訪れる。特に静真は午後からの剣のトーナメント戦でアピールするように」
隊長の声に静真は返事をせずに苦笑した。
***
「今から剣のトーナメント戦を行う」
隊長の声に静真竹刀を取ると、どうせ最終決戦は魁吏と戦うことになるだろうから誰とやっても同じだと周囲を見渡す。
「静真、やろうぜ」
何か思いつめたような。イライラした様子で健太は静真を誘う。
「なんだか機嫌が悪そうだけど?」
いつもの健太の様子とは違い尋ねた時だった。
「てめぇ。むかつくんだよ」
その瞬間、何の合図もなく健太は打ち込んで来た。
健太は190㎝近くあり大柄であるが静真は物怖じなどしない。
すっと踊るようにかわすと健太は足をひっかけてくるが、それも軽くジャンプをしてかわす。
「足を引っかけるのは、反則だ」
どうしたっと静真が尋ねようとした時だった。
「調子に乗るな」
健太は竹刀を放り投げると、静真の竹刀を掴み引っ張った。
「ちょ!」
とっさに手を放すが、腕の長さに随分と差がある。
静真は腕を掴まれ背負い投げで地面に叩きつけられた。
受け身は完璧で、上半身には硬いコルセットを巻いているので痛みはないが衝撃はある。
「ごほっっ」
衝撃にせき込む静真に健太は覆いかぶさった。
軍事訓練が始まり3週間と5日毎日一緒にいて、それ以前も友達だと思っていた。
―――なぜ。
仲良くしていたと思っていた友人の行動に静真は驚き反応が遅れた。
拳が振り上げられるのが目に入り、顔を腕で覆う。
この合宿が終われば、翌日には王太子妃候補の集まりがある。
詳細は聞かされていないが。
重大発表だと聞かされていた。
まともに健太の拳を食らえば、顔面骨折は免れない。
顔に傷を作るわけにはいかないと必死で目を閉じ庇った瞬間だった。
「やめろ」
隊長の声と共に、静真は痛みを感じず体が温かいモノに包まれるのが分かった。
それは確認するまでもない温もり。
―――魁吏だ。
「能力があるのに王宮騎士団に入らない奴がいるか!」
そんな健太の怒鳴り声に体が震え目を開ける事ができない。
魁吏に包まれていて、安全だと頭では分かっているのに。
心がついていかない。
―――怖い。
「大丈夫だ」
自分を包む温もりの#主__ぬし__#に優しく囁かれ、ゆっくり氷が解凍さるように静真は腕を下ろすと目を開ける。
全身の力が抜け魁吏にもたれ、健太に視線をやると健太は隊長と副隊長によって取り押さえ付けられていた。
あぁ。そうか。
そうだよな。
「やりたいことがあるから、王宮騎士団には入らない。大学に行って、勉強してやりたいことをやる。一生懸命、王宮騎士団に入りたいから努力していた健太からしたら腹が立つ・・・」
「お人好し」
魁吏は静真の口を手で塞ぐ。
「どこで何をするかはそいつが決めることだ。能力、才能があれどそれを使うかもそいつ次第だ。自分の気に食わないからと言って、暴力を振るうことは許されない」
静真を抱きしめる魁吏の腕には力が入った。
「”ソレ”を王宮地下牢にぶち込め」
魁吏は敵意を露わにし、低い声で唸るように言うと隊長は魁吏をまじまじと見る。
「乱闘で・・・」
王宮地下牢は国家の重罪犯罪者を投獄する。
たかだか、乱闘で投獄するところではと思うが魁吏は怒り狂っており。
「静真に害をなすものは許さん」
全身から覇気どころか。
どす黒い邪気を漂わせ、怒りを隠すことなく放出する魁吏はまさに戦場で見せる魔王そのもの。
誰もが呼吸をすることも、瞬きをすることも忘れ隊長も意を唱えず従った。
「平気です」
お姫様抱っこで静真を抱き上げる魁吏にの腕から、降りようとするのだが。
「その口、塞ぐぞ」
心底心配するような。
悲しそうな、後悔に押しつぶされそうな声で言われ静真は押し黙った。
魁吏は食堂の隣にある医務室に入ると鍵を掛ける。
ベッドに下ろされ、静真は立ち上がると両手を広げて一回転する。
「心配ありがとうございます。けれど、この通り平気です」
まだ恐怖で体は震えているが、受け身が完璧で、コルセットで体が保護されている事は魁吏は知っている。
静真自身、骨折や内臓打撲をしている感覚もない。
「黙れ」
魁吏は冷たく一括すると、静真のTシャツを掴む。
「軍医に見せるか。俺に確認させるか。選べ」
王宮騎士団の軍医は男だ。箱入り娘である静真は肌を医者であれど男性に見せたことはないし。
軍医に見せれば、たちまち女である事を知られ、八嵜公爵家は最悪の場合、お取りつぶしになるかもしれない。
そうなったら魁吏に女の武器である涙を最大限に活用し、泣いて懇願して阻止するが・・・。
心配そうな魁吏の瞳に静真はシャツに手を掛けた。
「脱ぎます」
Tシャツを脱ぐと上半身を頑丈な体形補正コルセットが覆う。
この下には何も身につけていない。
魁吏に背を向け、コルセットをとると胸を覆う。
緊張と恥ずかしさで全身が熱くなる。
「赤くなっているだけだな」
魁吏は真剣に少し赤くなった背を見ると背骨に手をあてる。
「骨も大丈夫そうだ」
これは、診察。
ただの診察よ。
軍医に見せるのと何も変わらない。
魁吏は心配しているだけで、いやらしい事なんて考えていないわ。それにこの人、医学知識も半端じゃなく持っている。
「はい」
震える声で頷く静真に魁吏は毛布で静真の体を包み込んだ。
「守ってやると言ったのに。すまない」
そんな魁吏に静真は首を振る。
「私が不注意だったの。心配かけてごめんなさい」
首を振り否定をする静真の首に魁吏は自分の顔を押し付ける。
何もなくて本当に良かった。
「恥ずかしい想いをさせたな。今度、肌を見せろと要求するときは俺が脱がすから」
そ、それはどういう意味ですか!
思いっきり目を見開く静真の頭を魁吏は優しく撫ぜる。
まるで小さな怯える子供をなだめるような優しい手。優しい瞳。
―――ほっとする。
男と女の力の差を自覚はしていたが。
こんなに感じたことはなかった。
静真は魁吏の肩に頭を付ける。
「体の震えが止まるまで、このままでいてくれますか?」
「あぁ。静真が要らないといっても離れない」
二人の間に甘い空気が流れ始めた時。
「殿下っ!軍医が来ました」
医務室のドアがスペアキーで開けられる。
「ちっ」
あからさまに魁吏は舌打ちをすると、コルセットを蹴り飛ばしドアの外にいる男達に見えないように静真を胸に抱き込み自身の顔だけを向けた。
「軍医は必要ない。俺が確認した」
魁吏は宣言をすると、ドアの前の一同はいつまでたっても魁吏が静真を放さないので静真の怪我よりもそちらの方が気になりだす。
どこからどう見ても25歳の高身長の美青年が17歳の小柄な少年を溺愛し、いちゃついているようにしか見えない。
全員がそう思う中、魁吏の体からもそもそと動き顔を覗かせる。
「心配かけてごめん。大丈夫だ」
けれども心配を掛けまいと、明るく一堂に言う静真の体は未だ震えていた。
そんな強がる静真の頭を魁吏はより一層、愛おしそうに撫ぜる。
「殿下。いつまで抱き合っていらっしゃるのですか?」
隊長は棒読みでいうと、魁吏は腕の中の静真を大切そうに見下ろす。
まるで宝物を宝箱から出して、誰にもとられまいと、見せまいと大事に大事にするように。
手荒に扱えば壊れてしまうガラス細工か何かを振れているように大切に静真に触れる。さっき健太に向けた殺気立ち、邪気を放った人物とは同一人物には見えない優しい顔と眼差し。
「しばらくだ」
魁吏はそう言うと、静真の額にキスを落とす。
笑みすら浮かべる明るい毅然とした表情の静真の体の震えが伝わり。
本当に堪らなく愛おしい。
「お邪魔しました!」
見てはいけないものを見てしまった。
誰もがそう思うと隊長はドアを閉め、ご丁寧に外から鍵まで掛ける。
魁吏は頭、頬とまるで捨てられた子猫を拾い。
安全だと慣れさすように魁吏は静真を撫ぜ、抱きしめる。
静真はそのおかげで体の震えが治ると思考回路は安定していき。
「絶対に誤解されましたよ。殿下が17歳の少年といちゃついていると思われていますよ。訂正をしておいた方がいいのでは?」
訂正と言っても、限りなく女であることは伝えれないので苦しい言い訳になるだろうが。
きちんと少年好きだという誤解を解いておいた方がいい。
焦る静真なのだが。
「静真」
名前を呼ばれ、魁吏をまっすぐ見上げる。
「愛している」
真っ直ぐ向けられるその瞳は真剣で再び静真の思考回路はストップした。
「凄く心配した」
「ごめんなさい」
「守ると言ったのにすまない」
「違う!」
違う。
守ってくれた。
謝ることなんてない。
そんな静真の頬に魁吏は左手で強く抱きしめ、右手を優しくあてる。
「優しい所、お節介な所、料理上手な所、賢い所。全て好きだ。無事でよかった」
囁かれる愛の言葉。
「魁吏殿下」
それは、静真が望んでいる言葉。
合宿後に静真も伝えたかった言葉。
意地悪なところ、優しいところ、気遣いをしてくれるところ、頼りになるところ。
"全てが好き"
「名前だけで呼んでくれ」
「それは・・・」
切なそうな魁吏に静真は目を瞑る。
“殿下は孤独”
それは王妃教育からも、魁吏の幼馴染である副隊長の晃からも、この合宿でも学んでいた。
やはり魁吏は一目置かれ、副隊長は友人のようだが他の同世代の者とは距離があるようだった。
「魁吏」
魁吏は名前を呼ばれたことに嬉しそうに微笑むと、静真の唇にそっと自分の唇を重ねた。
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