第8話 肝試しで距離を縮めたい溺愛王子

今夜は肝試し。

「大人になってから、肝試しなんかしないから新鮮だな」

健太は役割分担のくじを引きながら呟くと、静真もそうだなと相槌を打ちながらクジをひいた時だった。


「池の貞子さん」


静真が引き当てたのは、肝試しの”怖がらせ役”だったのだが。

その役割が”池の貞子さん”

トイレの花子さんなら聞いたことがあるけれど。

池の貞子さんなんて聞いたことがないわ。

貞子さんって、井戸に生息していなかったかしら?

池に生息しているお化けは何かあったかしら?河童?人魚?彼らは妖怪でお化けではない?

静真はそう思いながらも、役柄に合わせて配布されるバシバシの黒髪のかつらと化粧道具を眺める。


やるからには全力でやるかと食堂の隅の椅子に座りメイクをはじめる。

「お前、心身ともに虚弱に見えるが、暗い所とお化けは?」

魁吏はメイクをする静真の元にやって来る。

「両方とも平気ですよ」

「ほう。予想外だ」

なんともまぁ、嫌味な言い方だが。

本当にこの人は、こういう気遣いは惚れてしまう。苦手だと答えればなんだかんだ、ついてくるつもりだったのだろう。

静真は素っ気無く答えると、かつらの上からかつらを被るわけにもいかず。

困ったわねとあたりを見渡す。

魁吏はそんな静真の様子に静真の真後ろ立つ。


「さっさとしろ」


華奢な静真の体など、簡単に魁吏の体で隠れてしまう。

「ありがとうございます」

そういって、静真はかつらを取り換える。

「チビだからな」

「そんな事ありません」

女性にしては背が高いほうよ。

本当に、意地悪を言わなければ完全に惚れ切ってしまうわ。

一言余計よと思いつつ静真はかつらを取り換えると、魁吏はそんな静真の隣の椅子に腰かけた。



真っ赤な大きな唇を口紅で描き、黒のアイメイクを施していくと明るい部屋の中で見ても怖い出来栄えになっていき。

「うわっ!凄い破壊力。お化けメイク慣れているのか?」

健太はそんな静真に声をあげた。

「見様見真似」

化粧の取り扱いに慣れはいるが。

お化けのメイクはしたことはない。

そんな静真は顔を動かすと魁吏と目が合うのだが。


・・・気味が悪いな。

魁吏は静真を愛しているので、この世の者とは思えないほど恐ろしい顔に今なっている静真でも愛は揺らがないが、気味が悪いのは間違いない。


「こちらを見るな。化け物」

魁吏はそういうと静真の頭を掴んで前を向かせる。


「ひどっ!祟ってやる。取り憑いてやる」


静真はそう言うと、魁吏はニヤリと笑った。

「ほう。有言実行しろよ?お前、取り憑けよ」

「・・・え」

勢いに任せて行っただけで、取り憑くのは・・・。

取り憑くという事は、側にいる。近くにいるという事だよね?

こんな眉目秀麗な男の側にずっといたら、ただでさえ男性の免疫がない私はきっと干からびて昇天してしまう。

「おい。返事」

魁吏は静真の肩をがしっと掴み静真はプルプル震えあがる。


「お化けが魔王に負けてどうする」

副隊長はそういって、けらけら笑うと近づいてくる。


「魁吏は怖がり役?怖がらせ役?」

「不参加。仕事が書類が溜まっていてな」

不参加なんてあるなら、傍観者がよかった。

静真はそう思いつつ、化粧を完成させて立ち上がった。

「魁吏殿下。私も多少は仕事のお役に立てると思いますので、必要あれば教えてくださいね。では、失礼します」


世にも恐ろしい顔で食堂を出る。

「静真っ」

追いかけて来る副隊長に静真は振り返る。

「はい」

「あー。俺は魁吏と幼馴染で仲が良いからさ」

「はい」

「・・・王子って孤独な商売だからさ。魁吏も静真を気に入ってるみたいだし、友人として助けてやってくれ」

そんな副隊長に静真は少しだけ困ったような顔をする。

友人か。

静真は私が友人になることは望まない。

私が望むのは・・・・。



***

「うぅぅぅぅぅ」


静真は池の前でくるくる回っていた。

蚊などの虫の羽の音、茂みが揺れる音が苦手だった。

目に見えるものは怖くないが、目に見えないものが怖い。

音の原因が分かれば怖くないのだが。

草木が動くカサカサという音。

どこからともなく聞こえてくるヒューヒューという音は静真を震え上がらせる。


「うぅぅぅぅぅ」


唸りを上げる静真の声は脅かす演出だと思い。

下手なお化けメイクであれば、周囲も「下手糞」と団員も話しかけられるのだが。

特殊メイクの腕前は上々で、静真に通り掛かる団員はびくっとするとそそくさと通り過ぎる。


そして幸か不幸か。

虫よけスプレーは振っているが、それでも蚊に刺されるのを警戒して青く光る虫よけライトが更に静真のお化け装束を引き立たせていた。

カサカサという音に静真は自分自身の肩を抱き寄せた時だった。


「何に怯えている」


「出たっっ!」

思わず魁吏の声だと分かっていても悲鳴を上げる静真に魁吏は苦笑する。

「お化けが驚いてどうする。馬鹿か?」

呆れるように魁吏は言うと、静真は声の主が魁吏と分かりえへへっと少し笑う。

しかしその顔は特殊メイクで笑えば笑うほど君が悪い仕上がりになる。

「何を唸っている。暗い所もお化けも平気なんだろう?これだけ虫よけライトを付けていたら、虫の方が嫌がって寄ってこない」

女の子の怖がるものといえば、暗い所。お化け。そして、虫だが。

合宿で静真を見ていたが彼女はいかなる虫も平気そうだった。


「音」

「は?」


「ですから、得体の知れない茂みの音とか、虫の羽音が嫌なんです。風邪や動物が音を立てているのだろうし、虫の羽音も蚊だのカナブンだの正体が分かれば怖くはないのですが」


「ピンポイントだな」

やっぱり来てよかったか。

魁吏は手事な大きさの岩を見つけ、通りかかる団員の視界に入らないよう腰かける。

「熊なら熊で素手でも撃退できますし。何が音を立てていても、物理的には大丈夫ですが。正体不明な音は本当に苦手」

熊なら素手で撃退か。

逞しいな。

魁吏はそう思いながら、池を眺める。

「耳に砂でも詰めとけ」

「そんな事をしたら、音は防げてもその後が大変でしょ」

もう。

なんて意地悪なのかしらと静真は思うが、来てくれたことはありがたい。

魔王と呼ばれるほど、戦闘能力に優れた魁吏が側にいるだけで安心できる。


「・・・魁吏殿下。仕事は?」

「溜まっている」

「・・・何分ここにいますか?」

「10秒」

「けちっ!」

思いっきりケチと言われ。

魁吏は苦笑しながら、静真を眺める。

わざわざ溜まっている仕事をおいてやって来て、こうして岩陰に座っているんだ。

こんなに怯えている愛する人を置いて、10秒で買えるはずがないだろうと思っていると、魁吏はここに来たもう一つの目的を果たす。

それは・・・。

「明日は遠泳があるが。お前、泳げるのか?」


「遠泳?永遠?」


「ボケているのか?真剣なのか?」

籠瀬女学園にはプールなどなく、平民であれば海やプールに行くだろうが。

静真は公爵令嬢だ。

人生において水泳というものをしたことがないだろうと思い明日、溺れでもしたらと思い事前に聞きに来たのだった。


「泳ぐって。下着によく似たビキニなる高尚な物を着て水の中を移動する行為ですよね?」

・・・だいぶ偏った知識だな。

魁吏は苦笑すると、静真は少し考える。

「だいたいは当たっている。海辺から小島まで20キロ泳ぐのだが泳げるか?」

静真は少し考えると何を思ったのか、池に入っていく。

「冷たい」

「そりゃそうだろう」

白い浴衣を着た静真はあっという間に白い浴衣は濡れて行き。

「泳いだことがないので。今から試しに泳いでみます」

は?

着衣水泳か?

こいつ、服が水分を含むと重くなり泳ぐどころではないことを分っていないのか?

下着、体系補正コルセット、白の浴衣を今、静真は着用している。

しれっと、死ぬ気なのか?

王妃教育を最少年で終わらせた才女だよな?

魁吏が止める間もなく。

静真はあっという間に手足をバタバタさせながら、沈みだした。


「天才と馬鹿は紙一重か」


魁吏は呆れたように言うと、水の中にあっという間に沈む静真の腕を掴んで救い上げる。

引き上げた静真のかつらは乱れ、地毛の金髪まで見えており。

化粧はドロドロに崩れていた。

気味の悪さが増したな。

これは・・・。

俺が今まで見てきたホラー映画の中のキャラクターよりも気味が悪いと思った時だった。



「次は池の通過だな」

「池の担当は静真だっけ?クオリティが凄いらしいぞ」

団員の声が聞こえ。

少し肩で息をしている静真を岸に置くと魁吏は岩に隠れる。


「静真?溺れたのか?」

魁吏が隠れた瞬間、団員が現れ。

岸の前で横向きに座り込む静真に団員は声を掛ける。

「そぉ~」

”そうだ”と答えようと、静真はそのまま顔を上げた瞬間だった。


「ひぃやぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

二人の団員は悲鳴を上げ。

走り出した。

どのような事に対しても心を乱される事がない魁吏が怖いと思うほどの静真の今の装い。

並みの人間よりは騎士団のメンタルは強いが鋼ではない。

そんな団員の悲鳴にどうした?っと他の団員も走り寄ってくると・・・。


「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!出たぁぁぁぁぁ」」」


団員も悲鳴を上げ一目差に逃げ出した。

「どうした?」

「敵襲か?」

次々にその悲鳴をきっかけに団員は悲鳴に池に集まってくるのだが。

かつらが半分とれ、黒と金の髪が混じり。

メイクが崩れ、この世の者と思えないほど迫力があり。

ずぶ濡れの女に誰も静真だとは思わないほどの破壊力。


「「「「うわぁぁぁぁぁ」」」」


悲鳴を上げると誰もが一目差に逃げ出した。


・・・さすがに怖い。

どんな姿の静真でも愛そうと決めていたが。

さすがにこれは怖い。

全員が走り去ると魁吏は静真の黒のかつらをとり、自分のシャツを脱き静真の顔を拭く。

すると美しい本来の静真。しかも水で濡れた少し色っぽい静真。

これはこれで。

怖いな。

魁吏は静真を見下げる。

17歳でこの色っぽさ。

これからさき、どうなっていくのやら。


***

「池には本当に妖怪がいる」

「人間に恨みを持った人魚がいる。黒髪金髪の化け物が住んでいる」

それは100年先まで伝えられる合宿場の七不思議の1つとなった。

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