第6話 婚約者の希望は叶えましょう。

その日。

魁吏は練習場に顔をのぞかせると、静真がいないことにすぐに気が付いた。

「あの女の予定は?」

魁吏は執務室に戻り、花房に問いかける。

「あの女?静嬢ですか?彼女は・・・。本日は聖籠瀬女学園高等部の登校日ですね。14時には下校予定です」

「そうか」

魁吏は頷くと、携帯であることを調べた。


―――13時半。

籠瀬女学園高等部の校門前。

炎天下の下、魁吏は車を降りるとサングラスを掛け車に持たれて腕を組む。

「車内で待たれても」

花房は止めるのだが。

「構わん」

いつ出て来るのかと待っているもの楽しい。

30分ほど待っていると予定通り授業を終えた少女達が続々と学校を出て来る。


「静様。殿下ではないですか?」

ふわふわの金の髪の毛をなびかせ。

淡い水色のひざ丈のワンピース、黒の鞄を持った静真が2,3人の友人と雑談をしながら出てくる。

静真の隣にいた少女は言うと、静真は魁吏を驚いたように見て口元に手を当てる。

「静真」

魁吏は名前を呼びながら、手を上げる。


いつも静真は呼べば直ぐにやってくるが今日の静真は駆け寄って来ない。

優雅にのんびり歩いてくる。

「さすがですわ。静様。スカートの裾は乱さす、靡かせるのも最小限に。私ならば、婚約者様がお迎えにいらしたら嬉しくなって速足になってしまう」

「本当に。静様には憧れてしまいますわ」

そんな少女たちのうっとりした声に魁吏は駆け寄らず。優雅にやって来る静真を凝視する。

まるで天使が降臨しているようだ。


「ご機嫌よう。魁吏殿下」

近くにやって来ると静真は丁寧に挨拶をする。

「家の迎えを断ったが、構わないか?」

「はい」

婚約段階であれば、男が迎えに来ても貴族の使用人達は帰ったりはしないだろうが。

相手は一国の王子だ。

王子に言われれば帰らざるを得ない。

「この後の予定は?静真の時間を俺にくれないか?」

「喜んで」

何の用事だろう?

そう思いながらも頷く静真に魁吏は車のドアを開け、静真を助手席に乗せた。


「王妃教育、騎士団の強化訓練と忙しいだろう。少し歩くが疲れたり、具合が悪ければすぐに言え」

「・・・やはり、気づかれましたか」

魁吏の車の後ろには3台の車が控えてはいるが、車内は密室。

静真は苦笑しながら言うが、魁吏は何も言わないので静真も何も言わない。


車が到着したのは向日葵畑だった。

「歩こう」

酔っ払った時に言った理想のデートを実行する気なのだろうか?

少し嬉しくなりつつ、静真は車を降りて魁吏と歩き出す。

「満開ですね」

「あぁ。近場がちょうど、見頃で静真の負担が少なく助かった」

魁吏はそこそこ多忙な静真を気にかけるが、魁吏の方が忙しい。

気遣いににやけつつ、静真は建物を指さした。

建物の隣には、ソフトクリームの旗が上がっていた。


「ソフトクリーム食べましょう」

「あぁ」

嬉しそうに指を刺す静真に魁吏はふわりと笑う。

「魁吏殿下は甘いものは食べますか?」

「好んでは食べないが、食べないこともない」

なにせ30分間、炎天下の下で静真を待っていたこともあり冷たいものは嬉しい。

「ソフトクリーム2つ」

カウンターで嬉しそうに注文をする魁吏に静真はクスクス笑う。

「なんだ?」

「仕事をしているか、鍛えているか、カリカリしているかしかイメージのない魁吏殿下がソフトクリームを持っているのが面白くて」

「それを言うなら。静真もだろう」

男装をして訓練に参加をして鍛えているか、男として飲み会に参加ているか、”静嬢”として美しく立ち振る舞っているかで無邪気な様子は初めて見る。


2人はソフトクリームを食べながら、ベンチに腰掛ける。

「頬にクリームがついているぞ」

魁吏はそう言うと静真は頬を手で拭う。

訓練で汚れがついたり、飲み会で食べ物が付けば魁吏は拭いてくれることが多く。

指摘だけされることに違和感を覚える。

「魁吏殿下」

「何だ?」

「何かありましたか?」

「何もない」

「では、心当たりがないのですが。何か不快なことをしてごめんなさい」

「何も不快なことをされていない。どうした?」


「・・・普段と接し方が違うので」


いつも、無駄に接近して触れてくるのに。

「女子高生とのデートだからな。大人として、振る舞っているだけだが。普段通りがいいか?」

その問いに静真は首を縦にすると、魁吏は静真が頬のクリームを取った手を掴んだ。

そして、そのまま自分の口に持っていくとなんの躊躇もなくクリームのついた手を掴まれ舐めとられた。


「なっ!」

これは普段通り以上ですと静真は硬直する。

「甘い」

「ソフトクリームですから」

「ソフトクリームより甘い。静真の手についたら甘いが増した」

そう言って魁吏はクリームが綺麗に無くなった手をもう一度舐める。

「・・・もうついてません」

「知っている」

魁吏は頷くと、静真の手を自分の顔に当てる。

「合宿、参加するのか?」

「魁吏殿下が望むならやめます」


「参加したければ、参加すればいい。何があっても守る」

「ありがとうございます」

静真がそう答えた時だった。


「殿下。静嬢」

花房は控えていたのだが。

今まで女など一切近づけなかった魁吏が静真を明らかにデートに連れて来たかと思えば、女子高生の指を舐めたのだ。

しかも、向日葵畑は見頃。

数人の一般は向日葵よりも、2人をチラチラと見る。


未成年に手を出させるわけにはいかないと保冷剤を無理やりソフトクリーム店からとってくると差し入れた。

「ありがとうございます」

静真はにっこり笑うと、保冷剤を首筋に当てた。

「気持ちいい」

「冷やしすぎるなよ」

魁吏はそう言うと、ソフトクリームを再び食べだした。



「今日はありがとう。家まで送る。・・・冷やしすぎたか?」

首筋に手を当てる静真に魁吏は車内で尋ねると、はいっと静真は苦笑をする。

忠告をされていたのに冷たいのが気持ちよくて冷やしすぎた。

「真っ赤だな」

魁吏は静真の手をつかみ、確認すると、そのままうなじに吸い付いた。


「ひゃっ」

驚き小さな悲鳴を上げる静真だったが、直ぐに体が反応をして温かくなる。

「温まったか?」

び、びっくりした。

心臓に悪いわ。

「荒療治すぎます」

これは温めただけ。

温めただけであって。

そういう男女のなんちゃら的ないやらしい何かではないわ。

静真は自分自身に言い聞かせるが首元はほてっていた。


「すまない。初心な反応を見るのが楽しくてない」

「意地悪ですね」

「意地悪か。最高級の褒め言葉だ」

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