第5話 気になる少年が少女だと気づいた時。溺愛が始まる。

「飲むぞ!」

週の中日である水曜日。

静真は王宮騎士団の団員の寮の食堂でビールグラスを握りしめる。

「未成年。ほどほどにしろよ」

騎士団の飲み会に滅多に参加をすることのない魁吏だが、静真と接している時間が楽しく。静真が参加すれば、魁吏も時間を作って参加をしていた。


「静真。このまま入団してしまえよ。俺は入団することにしたぞ」

静真の右側に魁吏。左側に健太は腰を下ろし、静真に話しかける。

「そうだぞ。金、権力、名誉名声、未来の素晴らしい伴侶が手に入るぞ」

「金、権力、名声は興味ないですし。未来の伴侶は恋愛で見つけます」


王族、貴族は基本的には男女共に親の決めた相手と誓約結婚するが。

大学での淡い恋愛を静真は期待していた。

「理想の恋愛があるのか?」

副隊長の言葉に静真は考える。

「今の時期なら、ひまわり畑を暑い暑いと嘆きながら歩いて、ソフトクリームを食べて帰りたい」

「乙女かよ」

健太はそう言うと、静真はほっとけと言いビールをぐびぐび飲み。

副隊長は静真の肩に手を置く。

「静真は金、権力、名誉名声は自力で持てるだろうが。ヒョロヒョロだからなぁ。魁吏のように男前で、すらりとしているなら女は寄ってくるだろうが。可愛い顔でヒョロヒョロは需要ないぞ」


そういって副隊長は静真の腕を掴むと、筋肉があるものの細くでしなやかな腕を眺める。

魁吏は机に頬杖をついた。

静真は自分の好意を持つ静嬢と似ている。


「静嬢はどんな男が好みなのだろうか?」


自分の事を気に入ってくれているのだろうか?

そんな魁吏に静真はけらけらと笑う。

「静嬢も男前好きで、筋肉ゴリゴリなのに細身長身。魔王と呼ばれる意地悪王子だけど、気遣いも“やろうと思えば”できる殿下に恋心を抱いて性的欲求も抱いていますよ。心配ご無用です。男も女も顔と気遣いのできる人に惹かれますよ。人間なんて単純な生き物」

静嬢を馬鹿にしたような、1番の理解者であるかのようか妙な言い方だが。

静真に言われると魁吏はなんとなく、自身が持てる。

静嬢に好かれているのかなと思ってしまう。


「女は楽だよな。キンキン声で厚化粧をすればどんな女も綺麗に見える。静嬢の化粧を取って、素顔をさっさと知っておけよ」

副隊長はそう言うと、静真は眉間に少し皺を寄せる。

ドレスに似合うよう化粧は濃くしていたし。

電話の時が顕著だが、相手に好印象を与える為に女性は場面により声を気遣いからワントーン高くする。

女の密かな努力を馬鹿にしてと、ビールを一気に飲み干すと静真は次第に完全に酔っていき。


「王妃教育は覚える事が沢山あって。さっさと王妃教育を修了させ自分の時間を持てますが、そうでなければ常に勉強なのですよ?」

青春なんてあったものじゃない。

普段思っている事を言いだした。

「そうなのか?」

「そうです!365日、24時間、勉強三昧」


魁吏は静真の言葉に少し考える。

あの婚約者集団で興味を唯一抱けたのは静だけで、彼女は王妃教育を終えている。

あいつだけ残して全員を解放するか。

そう思った時だった。

「酒弱いな。顔真っ赤だぞ」

隊長は静真に声を掛けると、静は立ち上がった。

昨日、魁吏にトキメキ睡眠不足に加え訓練での疲労も溜まり完全に酔っ払っていた。


「全員!樽、枠、ざる。顔色一つ変えずガンガン飲んでいる皆がおかしい。化け物ですか?」


私が普通だといんばかりの静真に副隊長は静真の腕を掴む。

「強いのは口、剣、銃のみ。体がちっさいから、酒も腕力もからっきしだな。ほんとに女じゃないか?細すぎだろ」

そんな副隊長に健太も静真の腕を掴みだし。

「女と同じ細さだ。抱きしめていいか?」

そんな彼らに静真は新しいビールジョッキを手に取る。

「やかましい!私は女子ではない!男子だ」

おいおい。

完全に出来上がっている。

魁吏はそう思うと新しいビールジョッキを握る静真の手から奪う。

「お子様はこれで終わりだ」

「いーやーだ!ケチ!」

静真は当然拒否をすると、魁吏からビールジョッキを取り返そうと立ち上がり腕を伸ばすが。魁吏に頭を掴まれ、魁吏は腕を伸ばしてジョッキを遠ざけるので全く届かない。

うぅぅっと少し静真は唸ると、思いっきり魁吏の顔を引っ張った。


「おいっ!さすがにそれはマズい」

「魔王殿下の顔を引っ張るな」

「泥酔者でもそんな事はしないぞ」

誰もが止める中。

魁吏は静真の手を掴み、自身の顔から引き離すと、静真は態勢を崩し魁吏の膝に座る。


「抱っこも駄目だ!降りろ」

不可抗力とは言え、副隊長は静真を下ろそうとするが、静真は暴れる。

魁吏の首に顔をへばりつかせたときだった。


いい匂い。


凄く温かい。


夜会の時も思ったけれどいい匂いがする。

静流は小さいころから泣き虫で、静真に泣いて縋っていたので強くならなければと必死で勉強と武道に打ち込んできていた。

常に清く正しく美しく。

両親は静真に愛情を注いでくれていたが、抱っこされた記憶はない。

全身から力が抜けていく。


「酔っ払いめ」

魁吏は眠りに落ちる静真に呟くと時計を見た。

「終わらせたい仕事もある。俺は先に休む。・・・おい。寝るな」

膝の上で眠る静真の肩をゆするが、完全に眠っている。

起こすのも可哀想かと、華奢な体をひょいっと右肩に掛け魁吏は歩き出した。


王宮には部屋が沢山ある。

適当な貴賓室にでも転がしておけばいい。

王宮の長い廊下、肩から静真がずり落ちそうになり担ぎ直すと服が捲れ上がった。


なんだ?この筒。

こいつの体はロボットか何かか?


一番初めに魁吏が思ったのはソレだった。胸からお腹にかけ男でもある凹凸が一つもない。

足を止め、お姫様抱っこに切り替え時に静真のお腹がちらりと見えになるのだが。


「これは・・・。くびれか・・・」

魁吏は固まった。


くびれ、この華奢な体。

剣や銃の腕は誰にも負けないが、側近戦の腕力勝負になると誰よりも弱い。

合宿での雑魚寝。大風呂の拒否。

全てが女であることを物語っていた。


「面白い」


魁吏は不敵に笑うと、自室に到着しベッドに寝かせる。

その寝顔は恋心を抱いた婚約者の顔に似ている。

・・・髪の毛、歪んでないか?

静真の頭に手をあてると、かつらであることも分かる。

「静真・・・。八嵜静真。やざきしずま。しず。」

あの娘はみんなから、静様と呼ばれていた。だから静が名前だと思っていたが。


パソコンを引き寄せ、八嵜家の家系図を見る。

八嵜公爵本家。長女 八嵜静真。

八嵜公爵分家。長男 八嵜静真。


分家の静真を調べると、怪我により入院していることが分かった。

俺は同じ人物に興味を持っていたのか。

訓練でも静真が気になって仕方が無くて終始。

静真につきまとっている自覚はあった。

魁吏は不敵な笑みを浮かべると静真を見つめた。

事情も察しがつく。

面白い。

少年の静真、少女の静真。

両方、可愛がってやろう。


----眩しい。

気持ちいいベッド。ふわふわだわ。

良い匂いがする。

起き上がると目の前のソファーで眠る魁吏が目に入った。

あぁ、そうか。

昨日は酔っ払って・・・。

どうしたんだろう?

衣服は乱れた様子はないし、女だと言うことはバレていないか。

かつらが少しずれているので慣れた手つきで直すとそっとベッドから抜け出した。


目を瞑っていて正解だな。

かつらを直す所を目撃したら、あいつの男装に言及せざる得なかった。


魁吏は静真が起きる前に起きていたのだが、狸寝入りをしていたのだ。

静真はそんなことなどつゆ知らず魁吏の前に行くと、その顔を覗き込む。

本当に整った顔だわ。

まつ毛長い。お化粧をしていないのに毛穴もないわ。

筋肉ゴリゴリじゃなければ、女装したら世の男共を虜にできるわ。

観察をしているときだった。

魁吏は目を開ける。


「男に襲われる趣味はないが?」


「ぎゃ!」

思いっきり身をのけぞる静真に魁吏はソファーに座る。


「無様、滑稽」

くすりと笑いながら魁吏は静真の手を引いて、隣に座らせる。

悪くない反応だ。


「泥酔した奴を襲うほど俺は飢えていない」

その言葉に静真は無自覚に胸元の服を掴む。


「俺は男だ!」

間髪入れずにいう静真を魁吏は、愉快そうにみる。

「誰もお前が女だとも、男だとも言っていない」

"泥酔した奴を襲うほど"と言ったのにな。

初心な反応に笑いそうになるのを堪え、心底興味なさそうに魁吏は言うとタオルを手に取った。

「俺は風呂に行ってくる。お前も家に帰り、強化訓練に遅れないようにしろよ」

魁吏はそう言うと部屋を出た。


***

「お前、昨日はどこで寝たんだ?」

その質問は昼下がり。

健太の問いに静真は一瞬、銃の手入れをしていた手を止めるがすぐに続きを行う。

「王宮の部屋」

そんな曖昧な回答をする静真に。


「俺の部屋」

魁吏はニヤリと笑いながら正面にやってきた。

なんてことを言うのと静真は目を見開くのだが。


「男を男の部屋に泊めても何かあったと思う人間はいない。例え、お前が襲われたと言えど。俺は“静真嬢”にしか興味がないと言い切る。”品行方正”な俺に疑いの目を向ける奴はいない」


静真嬢。


耳元で囁かれ、静真は目を見開く。

この人、私が男装している事に気が付いた。

どうして?昨日、泥酔した時に裸を・・・。

「悪魔っ」

「呼んだか?」

「ケダモノ変態大魔王っ」

「悪魔から、大魔王か。昇格ありがとう」


魁吏を罵る静真を全員がハラハラと見ており。

楽しそうに魁吏は言うと、周囲を見ろと辺りを指す。

「注目を集めているぞ」

「誰のせいだと?」

「誰のせいだろうな?俺は酔っ払ってくれなんて頼んだ記憶も、そうなるように差し向けたこともない」

そう言われると、返す言葉もない。

「抱っこして、連れ出してやろうか?」

「いりません」

拒否をする静真の頭を魁吏は撫ぜると立ち去った。


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