第2話 女である事は隠しましょう。

―――訓練初日。

「静真様。こちらを向いてください」

「今後のご活躍を期待しておりますね!どうぞ、御贔屓に」

静真は女の子達から人気が高い。


「ありがとう。皆の笑顔で頑張れる。私は幸せ者だ」


魁吏は見目麗しい王太子妃候補達から取り囲まれて、キャーキャー言われることに心底うんざりしているが。静真は綺麗で可愛い女の子達から取り囲まれ、ちやほやされるのは好きだ。

見物にきていた少女達に笑顔で答えていた時だった。


「モテモテだな」

声を掛けてきたのは、35歳の王宮騎士団の隊長で気さくな人柄の藤堂寛人。

身長192㎝でがっしりした体格で、ひげを生やしており強面だけれど、とても話しやすい。

「“天は二物を与えず“ですからね」

「そうだな。顔と剣、銃の才を与えたが身長と体格は与えなかったようだけどな」

ニヤリと笑って答える静真に、笑いながら声を掛けてくるのは25歳の副隊長の佐藤晃。

彼は魁吏の幼馴染で、魁吏の護衛も務めており。

目を合わせてはいないものの何度も王太子妃候補の招集日に会っており、婚約者の一人だとばれるのではないかと心配していたが気が付いてはいない。

「チビはほっといてください」

静真は女性にしては167㎝と大きいほうもん。

心の中で反発をしていると、副隊長は周囲を見渡す。

「本家の長男は?」

「静流は逃げました」

そう。

1か月旅に出ます。

探さないでください。

僕は必ず1か月後に返ります。

という置き手紙をして昨晩、静流はいなくなったのだ。


「魁吏様。応援しておりますね」

「魁吏様。お疲れになられたら、私の所にお越しくださいませ。癒して差し上げますわ」

甘い声に視線を向けると9名の王太子妃候補が魁吏を取り囲んでいた。

彼女達は遠目からでも可愛い系、美しい系、お姉さん系、妖艶系と分かる程美しいのだが・・・。

両腕、腰に5名の婚約者が手を伸ばしへばりつく。

招集日以外は魁吏に会ったことが無かったので知らなかったが。

・・・あれだけ終始、付きまとわれれば不機嫌大魔王になるか。

彼女達も、あれだけ相手にされなければ他の高位な男性に乗り換えたらいいのに。

なんて思いつつ、眺めていると。

「魁吏殿下の婚約者集団は選り取り見取りの美人揃いだな。俺はあの茶髪の真っ白な肌の子が良いな」

副隊長は自分の好みを言う。

あの茶髪の子は確か、静岡公爵家の陽菜だったかしら?

他の王太子妃候補の足を踏みつけたり、すれ違いざまに足を引っかけたり。

美しいのは見かけだけで、とっても足癖の悪いお嬢さんよ。

見る目無いわねと静真は少し笑うと、副隊長はそんな静真に気が付く。


「なんだよ?笑いやがって。俺には美女がゲットできないと思っているのか?」

そんな副隊長に静真は肩を竦める。

「静真はどういう女が好みだ?」

隊長の言葉に静真は少し考える。


「150㎝代の小柄な子」

女性にしては高身長の静真は、無い物ねだりで小柄な女の子を見ると可愛いなと思ってしまう。

「静真はチビだから。小柄女子が好きなんだな」

声を掛けてきたのは、道場で何度も話をしている団員でもある健太。


「うるさい。皆が“無駄”にでかいだけ」


本日2回目のチビ発言だわと思いつつ静真は両手を隊長、副隊長、健太の頭に向かって掲げる。

「隊長は192㎝、副隊長は183㎝、健太も189㎝くらいか?」

「正解だ」

健太はうなずくと、静真は腰に腕を当てる。

「同じ人間だとは思えない。何を食べたらそんなに大きくなる?」


「肉」


低く素っ気ない声に静真は振り返ると目を見開いた。

魁吏が立っていた。

「肉を付けろよ」

静真の背中をぽんっと副隊長は叩き、完全に気を抜いていた静真の体が大きくよろけた。

体勢を立て直そうとお腹に力を入れるが、衝撃の方が強く床に無様に倒れる事を覚悟したときだった。

がしっと魁吏に頭を掴んで支えられ、大勢を戻される。

王太子妃候補達は頻繁に魁吏に世話を焼いてもらいたくて、魁吏の周辺でよく転んだりしているが魁吏は1度も手を貸したことなどなかった。


わざとでなければ、助けるのかしら?

今まで目にしたことの無い魁吏に静真はそう思うのもつかぬ間。

「ガキに対する力配分。気を付けろ」

素っ気なく副隊長に魁吏は言うと隊長に目で始めろと合図した。


「軍事強化の訓練を開始する。平日は鍛え抜き、土日はしっかり休み遊ぶように!訓練は女人禁制。連れ込みが発覚次第、男女共に着ぐるみ剥いで叩きだす」


その言葉に静真は姿勢を更にビシッと直した。

―――女人禁制。

これは、絶対にばれるわけにはいかない。


初日は42.195キロのフルマラソンから開始。

「無理をする必要はない。人間には長所と短所がある」

10キロ地点でゼイゼイと息を切らせ、よろよろと今にも倒れそうに走る最年少の10歳。

修に静真は声をかけた。

「で、でも」

「大丈夫。修はまだまだ、これからうんと大きくなる。真っ青な顔をしている。休憩しよう」

「大きくなるかなぁ?」

「絶対になる」

静真は修を抱き上げる。

体型補正のコルセットで、胸が当たりばれる事はない。

熱中症にかかりかけているわね。

テントに連れて行くと水分を補給させ、氷を額に当てた。

「気配り、助かる。筋肉馬鹿共は鍛える事以外には興味がないからな。貴様が女々しくて助かった」

意地悪な声に静真は顔をあげると、魁吏が仁王立ちしていた。

「さっきから、女みたい女みたいと。そんなに一本取られたことを根に持っているんですか?殿下の方がよほど女々しい」

「あぁ?女々しい?あの時は・・・」

怪我をしていただけだと言いかけるが、負けは負けだ。

今ならば包帯もとれていて、勝つ自信があるのだが。

言い訳はしたくはないし。

あぁ?と魁吏が唸り、静真はびくりと反応をしていた。

口が経つのに自分に怯えるのは面白い。

「年齢、能力に応じて基礎訓練も変えるべきでは?特に小さな子供は自分の体調管理は自分で出来ませんよ」

「そうだな。隊長、副隊長と話してみる」

この人、人の言う事を聞くのね。

静真はまた少し驚いた。


***

「静真。飯食って帰ろうぜ」

初日の訓練が終わると、前々から道場で話をしていた団員もおり直ぐに打ち解ける。

騎士団の寮でご飯を食べて帰宅するのが毎日の日課だった。


「今日の肉」


魁吏はA5ランクの美味しい国産牛を必ず2日に1度はご飯に参加しては、静真の皿に乗せるのだが。

「貴様はチビ、ガリ、女々しいからな」

「チビ、デブ、禿。禿呼ばわりしたのをまだ怒ってるんですか?根に持つ男は嫌われ・・・」


あぁ?本日2度目で睨みつけられて、静真はプルプルと震える。

「ぶっ。貴様はからかいがいがある。大きな口を叩くのに、肝が小さい」

魁吏は楽しげに言うと、副隊長がやってきた。

「魁吏がこんなに人に興味を持つのって珍しいな」

副隊長は魁吏と幼馴染で”殿下”ではなく魁吏と呼んでいた。


「幼気な”少年”をからかわないでください」


「からかわせるようなことをするのが悪い」

魁吏は静真を日に一度はからかいだした。


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