第一章  気になるあの子と、気になる少年は男装した婚約者。

第1話 気になる少女と少年の誕生。

八嵜静真侯爵令嬢は金髪の長い髪に、真っ白の肌、そしてブルーの瞳が有名な絶世の美女であり。

この籠瀬王国の圧倒的な統率力、自身の戦力の高さ、整った顔立ちに185セントと長身でその体は筋肉で覆われているにも関わらず眉目秀麗なさまから魔王と呼ばれる籠瀬魁吏王子の10人の王子の婚約者。


「静お嬢様。今日こそは、殿下のお心を射止めてくださいね」

「お断りしますわ。終始カリカリしている人は好みではないの。だって、あんなにカリカリしていたら将来は絶対にバーコード禿。しかも、健気に残った髪の毛を伸ばして禿を隠すタイプ。お断りですわ」


今日は王太子候補の招集日。

静真は王宮の門から、お茶会の開かれる部屋に歩きながらメイドに言ったときだった。


「ほう。面白い」


奈落の底から聞こえるような声に静真は顔を引き攣らせ、振り返る。

「で、殿下」

「貴重な意見だ」

なぜ王子が廊下を歩いているのって、そりゃ。

自分の家でもある王宮の廊下くらい歩くか。

―――殺される。

そのお腰につけた剣で殺される。

どうする?


「お詫び申し上げます!思っている事ではなく、思っていないことを堂々と言ってしまいました」

静真は15歳で王妃教育を終えた才女だ。

常に清く正しく美しく行動し、間違いなど17歳の今まで1度たりとも犯したことがなかった。

気が動転し、思ってもいないことを口走り更に墓穴を掘る。


「名前は?」


「し、静でございます」

「墓場までその名前。覚えておこう」

墓場まで!いや、この場で忘れてください。

そう叫びそうになる静間に不敵な笑みを浮かべる王子は静真を追い越していった。


***

殺されなくて良かったわ。

そんな事を思いつつ、公爵邸に帰宅した時だった。

「総合格闘場になんて行きたくない。強くなんてなりたくない。僕は女に生まれたかったんだ」

八嵜公爵家の玄関でわんわん泣く兄を静真は冷たく見る。

「今度の行われる王宮騎士団の軍事強化訓練には、貴族は最低1人は男児を参加義務がある。良い成績で訓練を終了とは、思わないが。多少はできるようになれ」

明日から王国の軍事強化訓練が1カ月間開催され、貴族は一家につき1人の男児を参加させる義務があった。


「ただいま戻りました。お父様、訓練には静真君が参加するのでは?」

静真は尋ねると、父親はため息をつく。

「静真君は足を骨折、入院中だ」

分家に八嵜静真という、本家の娘である静真と同名・同年齢の男の子がいた。

なるほど。

静真は納得すると静流は更に激しく泣き出す。

「お願いだよ。静ぅ。僕の代わりに強化訓練に参加をしておくれ!男装したら絶対にばれない!静の事は、皆、静真君だと思う!」

確かに分家の静真と本家の静真の顔は似ており。

分家の静真は黒髪の短髪、黒い瞳。

本家の静真が黒髪短髪のかつら、黒のカラーコンタクトを本人達しか見分けがつかないほどだった。


「駄目だ。静は確かに剣と銃の腕前はこの世界の誰にも負けないが、王太子妃候補の婚約者だ。軍事強化訓練の大半には、殿下も参加される」

「確かに婚約者ですが。王子とは今朝、17年間婚約者をしていて初めて口を聞いたレベル。

気づかれませんわ」


生まれた時から、婚約者であるが常に魁吏には入れ替わり立ち代わり婚約者がおり。

今日のお茶会でも、静真以外の女性が魁吏の腕、背にまとわりつき。


「失せろ」


魁吏がいつも通り開始数分でぶちぎれ。

その声に迫力に一人の婚約者が持っていた紅茶のポットを漫画かよと突っ込みたくなるほど綺麗に魁吏の頭に放置投げ。

魁吏は持ち前の反射神経で、右手でそれを阻止。

軽く火傷をしてお開きとなった。

静真は“最高の淑女となるべく王妃教育を無料で受けられてラッキー”程度で考え。

今朝は人生で初めて目立ってしまったが。

男装をすれば気づかれない自信があった。


***

「とにかく道場に行きましょう。今日は剣の定期試合の日。私も行きますわ」

さっと家に入ると、黒髪短髪のかつら、黒のカラーコンタクト、体系補正コルセットを装着するとどこからどう見ても分家の静真にしか見えない格好で現れ。

「背負い投げ」

静流の首根っこを掴み、車の中に投げ飛ばすと強制的に出発した。


「静真は剣と銃の腕は最高だな」

「間違いない。接近戦はからっきしだが、剣と銃の腕前は誰にも負けない」

小学校までは腕力でも負けていなかったが。

中学に上がった頃から、腕力を必要とする接近戦は女性である静真はからっきしだった。

合気道の要領で、相手の力を利用して攻撃は防ぐことはできても、鍛え抜いている男性に素手では勝つことはできない。

定期試合で次々に王宮騎士団にも所属する男達を打ち負かすと、静真は声を掛けられニヤリと笑う。


「女の子達からの人気も誰にも負けない」

私は女だ。

女の気持ちは誰よりも分かる。

何をどう言われたいか、誰にも聞かれずとも分かる。

「皆、応援ありがとう。可愛い皆の応援が、力になる」

静真は微笑み、見学している女の子に手を挙げると悲鳴が沸き起こった。


「静真。強化訓練の名簿をみたら、八嵜家からは静流ってなっていたが。これ、間違いだよな?」

「いいや。間違えではない」

強化訓練の期間は全ての学生達の休みである8月に1か月。

初めの3週間は平日、王宮敷地内の王宮騎士団の敷地で実施だが。

最後の1週間は雑魚寝、大風呂の合宿生活。

確実に女であることが知られ、参加は不可能だ。


「静流よりも、静真の方がいいって。俺、推薦してやろうか?」

団員でもある友人の佐々木健太が言った時だった。


「お前が八嵜静真だな」


振り返ると、魁吏が立っていた。

八嵜静真。

名前は当たって入るが、きっと分家の静真君だと私の事を思っている。

今朝の殿下がいるとは知らず罵倒した県もあり、静真はその場に膝を付き頭を下げる。


「軍事力強化訓練に参加してほしい」

「殿下直々の申し出・・・」

「来るか。来ないか」

鋭く覇気のある声は静真の言葉を遮る。

静真は剣と銃の腕は一流だ。今も定期試合で何人も王宮騎士団の兵士を倒している。

参加したい。

けれど・・・。

最後の1週間の合宿は雑魚寝、大浴場が必須だ。

「八嵜家からはこの静流が代表で参加します」


「お願いだよ。代わって参加しておくれ。こんな筋肉の塊の奴らと僕は練習したら死んでしまうよ。スカウト訓練生は未成年でも参加できるし、殿下の要望を断るなんて、貴族たるものありえない。今度の家の出世にも関わるし、お取りつぶしになっても文句はいえないんだよ。お願いだよ」

静流はこれ見よがしに言うと、静真はため息をついた。


「飲み会は良くても。雑魚寝。大浴場の団体生活は無理」

そういって静流の口を塞ぐと、魁吏は「ほぅ」と呟き静真の前にしゃがむ。

「未成年の飲酒はこの国では許可していない」

「それは・・・。返す言葉もございません」

この国での飲酒は18歳から認められているが。

総合格闘場のメンバーは16歳から頻繁に宴会を開き、アルコールを飲んでいた。


「雑魚寝、大浴場を避けるとなると合宿は小屋で生活。つまり俺、隊長、副隊長のようにトップ階級の待遇だ」

その言葉に隊長は剣を抜く。

「私から一本、取れればというのはいかがでしょう?」

隊長は提案するのだが。

「いいや。今朝、俺を愚弄してきた女に似ている。当てつけに俺が相手をしよう」

その言葉に周囲はざわめいた。

「魔王と静真が勝負?」

「大丈夫なのか?静真は強いが、相手は魔王殿下だぞ」


当てつけ!

なんて女々しい!

多少の愚弄でも、罵倒でも許しなさいよ。

女々しいわねっと思いつつ。

今日のお茶会で魁吏は利き手である右手を負傷し、今は包帯を巻かれて戦闘能力は低下している。

17年間。

王太子妃候補の召集会で度々顔を合わせ、挨拶をしたとしても不機嫌に返され。

しつこくまとわりつく女性達にも呆れていたが、1人の女性に定めず誰ともうんざりした様子で向き合わない魁吏に腹を立てていた。

今日なら、勝てる。


「実践的な不意打ちはありですか?」

「あぁ。戦いはどんな手段でも生き抜き、勝てばいい」

“生き抜く”

それは好きな言葉だ。

「では、勝たせていただきます」


竹刀を握った瞬間、静真はさっと身を屈め魁吏の懐に走り寄る。

勿論、かわされ。

剣を叩き落とされるが、これは想定内だ。

剣をぶつけ合い跳ね返すことなど初めから想定していない。

鍛え上げている成人男性と17歳の女の自分では力には圧倒的な差がある。

静真は短剣をポケットから取り出すと、魁吏の負傷した手を掴み魁吏の首に突きつけた。


「ね?殿下。宣言通りでしょう?」


本当はここで。

日頃のモヤモヤ晴らさでおくべきかと、少し傷でも負わせたいところだが。

観衆が多すぎる。

「条件は飲もう」

魁吏は面白そうに頷くと剣を下ろし、背を向け歩きだした。


見事な剣の腕前、反射神経、身のこなしにも感心するが。

右手の事をあいつは分かっていた。

面白い。

魁吏は静真に興味を持った。

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