1章 旅立ち

1話 紋章の少女

アースに生きる者達は共に助け合いながら生きていた。だが例外も存在する。害を為すクリーチャー、意思疎通が不可能な虫達。そして、人の成れの果てである異形達。

彼らは森や洞窟といった俗世とは離れた場所に住み着き、迷い込んできた者を喰らう。過去に友好を結ぼうと学者達が赴いたが、誰一人として帰る事は無かった。

戦が始まり、人間やエルフやドラゴンの戦火は彼らが住む森にも影響し、住処を奪われた彼らは戦争に赴く事となった。

そんな中、戦争の影響を受けない程遠い地に住むある一人の異形がいた。彼、又は彼女の名はリン。かつての記憶など存在せず、それを取り戻そうとも考えはしなかった。

リンが住む場所には海が広がっており、砂浜に流れ着いたゴミを拾って作ったボロ家がリンの住処だ。リンは目的も無く、ただ生き続けていた。海の水で渇きを満たし、海の中に潜って魚を取っては、それを生で丸ごと飲み込んで飢えを満たす。

ただ一つ、満たされぬ物があった。孤独・・・リンは異形でありながらも、人の心が僅かに残っていた。病や怪我に悩む事は無い異形だが、心が残っていたリンはどうしようもない寂しさに、日々悲しみ、星空を映す夜の海を見ては泣き叫んだ。

誰でもいい・・・老人でも、異形でもいい。誰か一緒にいてくれ!それがリンの願いだった。


ある日、いつものように海で魚を取ろうと家から出ると、海の上に浮かぶ箱が目についた。リンは箱の方へ泳いで行き、箱を浜まで引っ張っていく。砂浜にまで引っ張ってきた箱をもう一度見ると、それは人間が死んだ時に入れる棺桶という物であった。

箱の蓋は頑丈に施錠されていたが、リンは簡単に蓋をこじ開ける。蓋を開けた瞬間、風が通りすぎ、棺桶の中に敷き詰められていた白い花が空を舞い、花が少なくなってくると、美しい少女の顔が現れた。

リンはその少女を棺桶から抱き起こし、少女の頬に手を当てる。冷たい・・・やはり当然ながら、この少女は亡くなっている。勝手に棺桶から出した事に罪悪感を覚えたリンは少女を再び棺桶の中に戻し、自身の髪に引っかかっていた花を少女の髪に添えた。


「・・・ん。」


少女が反応した。幻聴だと思ったリンだったが、念のために少女の胸に耳を当てる・・・鼓動の音が聴こえた。


「生きてる・・・!」


もう一度少女の頬に手を当てると、温かさが戻っていた。リンは思わず涙を流した。少女が生き返った事に対してではなく、ようやくこの孤独な生活から抜け出せると嬉しくなったからだ。

リンの涙は少女の顔に落ちていき、その一滴が口に流れていくと、少女はその涙を舐めとった。


「・・・しょっぱい。」


苦い顔をしたまま少女は目を覚ます。少女の視界はぼやけていたが、やがて慣れていき、目の前で涙を流すリンの姿に微笑んだ。


「綺麗・・・。」


そう呟くと、少女は再び眠りについた。


「綺麗?・・・あー、確かに。今日はやけに青空が綺麗に見える。」


リンは少女を一旦家に運ぼうと抱き起こすと、少女が着ている背中が開いているドレスの背に奇妙な紋章と思わしきものが目についた。奇妙なものだと思いつつも、リンは少女を抱えて家の中へと運んでいった。

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